ふ、と壁に掛けられた時計を見る。
もうすぐふたつの針は一番てっぺん、午前十二時になろうとしている。連絡はまだない、そろそろ心配になってきた。
こうなるのは何となく予想していた。だから行って欲しくなんかなかったし、行くなら送り迎えだってすると言った。都は「恥ずかしいから大丈夫です!」なんて断っていたけれど。
確か、今日は高校の同窓会だとかなんて言っていた気がする。
当たり前だけど、都と俺は高校が違うため参加はできない。だから代わりに同じクラスだったという不二に頼んでおいた。
同じ幼馴染だし、不二だからまあ安心だろう。お酒、特段強い訳でもないのに飲むのが好きだしたまにペースがおかしいから心配だ。
じーっと見ていても時計の針の進みは遅い。時計とにらめっこをしていればぴろん、なんてスマホが鳴って思わず飛びついてしまう。
『今都のこと送ってるよ。面白いからコレ見てよ』
不二からそんな連絡が来たと思えば数秒経ってから何やら動画が送られてくる。そこに映っているのは顔を真っ赤にして道を歩いている都のようだ。
『ねえ都、最近佐伯とはどうなの?』
『ん〜? 別に普通だけど…なに?』
『佐伯のどこが好きなの?』
『さえの? えー…ふふ、やっぱり顔でしょー? あと、私のこといっぱい好きなとこ。ちょっと違う男の話するとすぐ怒るのはめんどうだけど、そんなとこも可愛くてすき。あー、さえに会いたい!』
まだまだ延々と続きそうな感じだけど、最後に不二の笑い声が入りそこで動画は終わっていた。
……迎えに行かなきゃ、今すぐに。
『今どの辺にいるの?』
『佐伯んちの最寄り駅だよ』
『すぐ行く』
それだけ連絡を入れて上着だけ掴んで家を飛び出す。
まだ相手が不二だったから良かったものの、あんだけふにゃふにゃになってどうして俺に連絡を入れないのか。……いや、いくら不二でもあんな姿を見せて欲しくはない。
走って最寄り駅まで向かえば座り込んだ都とそんな都を立たせようとする不二の姿があった。
「ごめん、遅くなったね」
「大丈夫だよ。それにしても酔うと面倒だね、都」
「んぇ、さえじゃーん!」
人の気も知らずにニコニコと笑って手を振る都に思わず深い溜息が出てしまう。
「ありがとう不二。あとは何とかするから大丈夫だよ」
「わかった、それじゃあ」
「また」
不二には帰ってもらったし、次は都だ。
もう既にうつらうつらとしているが早く連れて帰らなければ風邪も引いてしまうし、どうしたものか。
「都、ほら立って。帰ろう」
「ん、ぐ……かえる〜、抱っこして」
「俺はいいけど、都は恥ずかしくないの?」
「じゃあおんぶ」
「はいはい、ほら」
しゃがんで背を向ければモゾモゾと動き出した都は素直に背中に乗る。
落とさないように気を付けて帰らなければ。駅から家がまあまあ近くて助かった。
「さえー、おむかえありがとねぇ」
「……不二から送られてきた動画見たけど、俺のこと凄く好きみたいだね」
「なんの?どうが? え、でもね、だいすき。こうやって心配してむかえにきてくれるとこもすきだし、おんぶしてくれるのもすき」
いつもこれだけ素直なら分かりやすいのに、なんて思っても仕方がない。
耳元で嬉しそうに笑い「すき」なんて言ってくれるだけで心配も怒りも全て吹き飛んでしまうから、俺はきっと都に甘すぎるのだろう。
「うー、飲みすぎた……」
「はい、お水飲んで。ほら…まだ寝ちゃダメ。せめてメイクは落とさないと」
「ぜんぶして」
「全く世話が焼けるなぁ」
家に着いてから少し酔いから醒めたのか頭を抱えている都。
差し出した水を飲み干して目を閉じてしまった彼女の顔をメイク落としで拭いていく。出来ればクレンジングでちゃんと顔を洗って欲しいんだけど、もうふにゃふにゃで立ち上がれないみたいだし仕方がないか。
「はい、終わったよ。着替えは?」
「んー、ぬぐぅ。ぬがせて…?」
「……はいはい」
「ぬがせて?」だなんて一度も言われたことないないのに、こんな場面で言われるとは思っておらず少し動揺してしまう。
だけど酔っ払いに手を出すほど自分は落ちぶれていない。心を無にして一枚ずつ服を脱がせていけばすぐに下着姿になってしまう。
ぼんやりとした目が俺を捉えてふにゃりと笑い、思わず喉が上下する。いや、ダメだ。
「ほら、服着なきゃ」
「……しないの?」
「なっ、!」
「ねぇ、こじろう。据え膳食わぬは、」
少し舌足らずな声が俺の名前を呼び、何かを期待するような熱っぽい眼差しに頭がクラクラしてくる。
都の言う通り、据え膳食わぬは男の恥…だ。
────
普段なら、絶対にこんなことしないはずなのに。
全部酔っ払っちゃったせいにしてもいいだろうか。今は自分が気持ちよくなる為だけに、サエの上に乗って必死に動く。
「都、気持ち良い?」
「んっ、はぁ…きもち、」
「ふふ、良かった」
余裕そうに笑うこの男の余裕がなくなってしまうところが見たい、なんて思ってしまったのが今回の敗因かもしれない。
……まあ実際、余裕が無いのは私の方なのだけど。腰を支えてくれているサエの腕を握りながらもう無理だ嫌だと首を振ることしか出来ない。
「も、むり…っ…、やめるっ…!」
「もうやめちゃうの?」
がっしりと腰に回された手は離れる様子もなく唸る私をにこにこしながら眺めている。ぎゅうぎゅうのお腹はもはや気持ち良いのか苦しいのか分からない。
「いや、いや」と声を上げようが首を振ろうがサエは余裕そうに微笑むだけだ。
「おねがい、もうむりっ…!しんじゃう、」
「でもこれをやり始めたのは都だよ?」
「ごめん、ごめんなさい!調子っ…乗りました!」
「仕方ないなあ」
腰を掴む手は離れてやっと解放される。
ベッドの上に転がり込み小さく方で息をする。もう絶対にこんなことしない、そうぼんやりとした頭で誓う。
「煽ったのは都だけど、もう終わりとか言わないよね?」
「や、あ…の……」
「俺はね、今日はするつもり無かったんだよ。我慢してたんだ。でも都がしないの?って言ったの、覚えてる?」
「お、ぼえてます……」
「なら良かった」と私の上に覆い被さりながらにこりと笑ったサエ。ひゅっと喉が鳴るけれどサエはお構い無しで。
煽った自分が悪い、もう諦めてギュッと目を瞑ることしか出来ない。嗚呼、明日休みで良かった…。そんな事をぼんやりと思いながら彼を受け入れるのだった。
────
「ほんとバカ」
「ごめんって」
「嫌いになりそう」
「都に嫌われちゃったら、俺生きていけないよ?」
もしかして今脅されてるのかな、私。ガンガンと痛む頭と腰、あと股関節も痛い。
布団にくるまって心配そうに声を掛けてくるサエを無視する。確かに煽ったのは私だけど反省して欲しい。
「もっかい寝る!」なんて叫んで目を閉じた。
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