寝室をそっと覗けば布団の上でグズグズと鼻を鳴らしながら目を真っ赤にして唸る彼女の姿。
 一年に一度あるかないかの事だけど、これを見るのは何度目になるだろうか。

「ただいま。……都、なんで泣いてるの?何かあった?」

 本当は理由なんて何となく分かっているけど、彼女の口から聞きたくて質問してみる。
 俺の姿を認識した瞬間、泣き腫らした瞳からはまた大粒の涙が溢れ出し頬を伝う。更に声を上げて泣き出してしまい収拾がつかなくなってきた。
 落ち着かせようと近付いて隣に座ってみれば嫌だ嫌だと駄々を捏ねるように首を振る。

「そんなに拒絶されると傷付くなぁ」
「うっ、ひぅ……さ、え……」
「うん、どうしたの?」

 素直に伝えてくれれば良いのに。
 まあ……それが出来ないのが都だから、そんな彼女のことを分かっているからその言葉は敢えて口には出さない。
 「おいで」と手を広げ都を抱き締める。それも嫌だと泣きながら首を振るけど、それでも大人しく腕の中に収まってしがみつきながら、縋るみたいに俺の服を握る所がとっても可愛い。

 ポンポンと背中を軽く叩いて未だに泣き続ける都をあやす。数分経った頃、幾らか落ち着いてきたようでわんわんと子供みたいに泣いていたのが啜り泣き程度までに落ち着いた。

「どうして泣いてるの?」
「…っ、わた、し。また可愛げのないことばっかいって、さえにひどいこと……いった」
「俺は気にしてないよ」
「でも、わたし、さえに嫌われたら、う…やだ……!さえぇ……やだぁ…」

 多分、今回のきっかけは俺が帰ってくる少し前のLINEのやり取りだろう。
 俺自身はいつも通りツンツンとした都の物言いに可愛いなあなんて思っていたけれど、彼女はそれを見返して自己嫌悪に陥ってしまったようで。
 相変わらずだ。自分の言ってしまったことを思い返して反省して、自己嫌悪までの流れが染み付いてしまっている。
 それが溜まりに溜まってこの結果だ。

「俺は都のこと何があっても嫌いにならないよ?」
「でも、そんなに好きでいてくれる……理由がわかんない、わたし可愛くないし、素直じゃないしばかだからすぐに、さえのこと傷つけるようなこと言って、いって……」
「うん……それで?」
「いつも、あとからやっちゃったって、おもって。でもそのたんびに、さえ、やさしいから、許してくれるから、わたし……」

 ポロポロと涙を流しながら都は必死に続ける。

「サエに似合うかわいい子になりたいのになれないの、素直になれない……。サエのこと好きだからこそ、もっとかわいい子と一緒に幸せになってほしいの。でも、サエが他の子と一緒にいるの想像するだけでいやなきもちになる……」
「俺は都といることが一番の幸せなんだよ。都以上に可愛いと思える子なんていないし、素直じゃない都も含めて全部俺は大好きなんだよ。だからそんなこと考えないで、ね?」

 そうやって諭すよう抱き寄せれば「ゔ〜…」なんて唸りながらもぐりぐりと俺の胸元に額を擦り付ける。
 着ているシャツは都の涙でびちゃびちゃになってしまった。

「都が俺を見つけてくれた時から、俺はずっと都のことが好きだよ。ずっと……もちろんこれからもね」
「……こーくんのことはみやが見つけるのはなし?」
「ふふ、覚えてた?そうだよ、俺の事見てるって言ったのは都なんだから」
「そんな風にいってないけど……」
「俺にはそう聞こえたんだよ」

 ぎゅうと強く抱き締めればそれに応えるようにピッタリとくっついて抱き締め返してくれる。
 こうやって弱っている時とかは案外素直に甘えてくれるけど、これだけ自分の気持ちや考えを話してくれたのは初めてかもしれない。
 ここ最近は全然平気そうにしていたけどその分が溜まりに溜まっていたようだ。

「俺のこと好き?」
「……好き、大好き」
「ありがとう、俺も大好きだよ。難しい事なんて考えなくていいからさ、ずっと俺の傍に居てくれたら嬉しいな」

 こくこくと必死に頷いてから俺と目を合わせてにへらと笑った都。そうだ、都には泣き顔より笑っている顔の方が似合う。

「ほら、顔洗っておいで?俺もお風呂入ったらすぐ布団行くからいい子で待ってて」
「そする…鼻、かみすぎて痛くなっちゃった」
「あはは、目も真っ赤だ。冷たいタオル作って冷やさないとね」

 立ち上がらせてあげて洗面所に連れて行ってあげる。身体を預けてくれる都、こうやっていつまでもずっとずっとお世話させてくれたらいいのにな。
 ついでに自分の服を洗濯機に放り込みお風呂に入る。
 早く出てあの子が寂しくなってしまう前に抱き締めてあげたい、そんな一心だ。

────

「おまたせ」
「ふ、早いね。烏の行水だ」
「都が寂しいかなと思って」
「……うん。寂しかったから、うれしい」

 思わず目を丸くしてしまう。
 いつもなら泣き止めばすぐ「そんなことないし」なんてツンとした態度なのに。
 熱でも、なんて思ったけれどそんなことを心配すればすぐにツンツンとした態度に戻ってしまうかもしれない。今はこの甘えたがりの素直な都を堪能しようかな、なんて。

「おいで、一緒に寝よう?」
「いつも一緒に寝てるじゃん」

 クスクスと笑いながら寝転がった俺の横にいつものように寄ってきて、腕枕をしてやれば胸元に顔を寄せる。脚同士を絡ませれば都はまた小さく笑う。

「サエの心臓の音する」
「生きてる?」
「生きてないかも」
「えぇ、それは困るな。生きてないと都と一緒にいれなくなっちゃうじゃないか」
「嘘、生きてる。だからずっと一緒にいてね」

 流石に恥ずかしくなったのかモゾモゾと動いて胸元に顔を埋めたまま動かなくなってしまった。
 こんな殺し文句、どこで覚えてきてしまったのだろうか。思わず強く抱き締めてしまう。これ、キュートアグレッションとか言ったっけ。

「いたたた」
「あっ、ごめん。わざとじゃなくて」
「ふふふ、いいよ。サエに潰されるなら本望」
「流石に潰しなんてしないさ」

 ポカポカと暖かい都。そろそろ眠たくなってきたのか瞬きがゆっくりになってきた。
 トントンと軽く背中を叩いてやればそのまま目を閉じて寝に入ってしまう。

「おやすみ、いい夢見てね」
「ん……」

 腕に乗せられた頭のてっぺんに軽くキスして自分も目を閉じる。
 明日にはいつもの都に戻っているかもしれないけど、どんな都でも俺の大好きな都だから深く考えないで欲しいな。そんなことをぼんやりと思いながら意識を手放した。

────

「……っ、あれ…みや、こ」

 昨晩は腕にあった重さが無くなっている。手探りで彼女を探せば居たはずの場所は少し冷えている。
 薄らと目を開ければ、何時もならまだ横ですやすやと眠っている筈の都が居ない。

「っ、都!」
「わっ、なに?」

 思わず飛び起きればちょうど部屋に戻ってきた都が目をまん丸にしてこちらを見ている。
 ほっと胸を撫で下ろせば不思議そうな顔をした都はこっちに近付いてベッドサイドに座る。

「どしたの?」
「起きたらいなくてびっくりした」
「ごめんね、トイレ行ってた」

 控えめに伸びた手が俺の頭をゆっくりと撫でる。珍しい行動にピタリと固まっていれば都は照れたように笑って腕を引っ込める。

「抱き締めたい」
「……いいよ」

 膝を跨いで俺の上に乗っかってぎゅうっと抱き締めてくれる都。さらに頬に擦り寄られまた固まってしまう。
 どうしたんだ、一体。今日も素直だし甘えたいのかな。

「やけに素直だね」
「……ダメかな、素直に…なろうと思って…したいこと……してる、……あ〜!ダメだ!恥ずかしい!」
「……ダメじゃないよ。可愛い。絶対に離さないから暴れないで」
「うぐぐ……!離して……!」

 じたばたと暴れている都を抑え込む。ああ、幸せってこういうことを言うんだろうな。諦めたのか大人しく抱かれている都の髪の毛を梳きながら撫でる。

「努力してくれてありがとう。好きだよ」
「……そりゃどうも」
「あ、いつもの都じゃん。素直になるんじゃないの?」
「……私も、好きです!離して!」
「あはは、怒った?」

 解放してあげれば顔を真っ赤にしてじとりと睨んでくるけれど、そんな可愛い顔されたら困ってしまう。
 それにしても、だ。今までのツンツンとした言動に慣れてしまったせいもあって素直になられると自分の気持ちが抑えられなくなってしまう。

「急に可愛いことされると俺が持たないからもっとゆっくりでもいいんだよ」
「……そうさせてもらう。私も恥ずかしすぎて持たない」

 横にぽてんと倒れて小さく溜息をついた都を見て思わず笑ってしまう。この子も相当頑張っていたみたいだ。

「朝ご飯作ってあげようか」
「……食べる。お腹すいた」
「じゃあもう少し寝ててもいいよ。出来たら起こしてあげる」
「んー…目玉焼きがいい」
「うん、半熟ね」

 いつもの軽い朝ごはんでいいだろう。俺もお腹空いたな、なんてぼんやり考えながら部屋を出る。
 さて、とりあえず顔でも洗おうかな。


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