「それじゃあロミオ役は佐伯くんに決まりました。次はジュリエット役を───」

 瞬間、ぎらりと目を輝かせる女子たち。あっ、これは大変なことになるぞ……。大勢の女子が一斉に手を上げる。わあ、大変だ……。
 じゃんけんのためにぞろぞろと前に集まる女子が怖くて思わず避難する。

「都」
「ヒッ、……サエか、何?」
「都はじゃんけん行かないんだ?」
「する訳ないじゃん。目立ちたくないから小道具とかその辺かな」
「俺、ロミオだよ?」
「だから何?」

 目の前で行われているじゃんけん大会では女子たちの悲惨な悲鳴やら勝利の雄叫びやらで動物園か……?という酷い感想しか出てこない。
 この男の横に立つという権利を賭けて戦っていたわけだけど、景品のこの男はそれを気にかけてもいないようだった。
 参加していない女子は私含め三人。全員目立ちたくないタイプで私とよくつるんでくれる良き友人だ。信頼が出来すぎる。

「都がジュリエットすると思ったのに」
「何を根拠に?」
「俺がロミオするから」
「馬鹿?」
「そんなことないけど」

 じゃんけんしていたのは確か女子十五名程。今残っているのは三人で残りの女子はみんな半泣きだったり悔しがっていたり。
 そろりとサエの傍を離れて友人の元へ向かう。「何する?」なんて訊いてみれば三人とも口を揃えて「小道具一択」なんて言うもんだからやっぱり信頼が出来すぎてしまう。

────

 結局、配役決めは凄まじいものだった。
 サエと同じ舞台に立ちたいからとジュリエット役を落ちた子は他の役へと散り、その中で手先が器用な子は「佐伯くんの衣装を……!」なんて夢見て衣装係へ。それすらもできなかった子はハズレと呼ばれる小道具とか雑務へ。
 そんなこんなで無事大乱闘にはならず平和的に決まった。
 サエがロミオでクラス一可愛いと言われる長谷川さんがジュリエット。長谷川さんだったからこそある程度は平和に決まったのかもしれない。

「都ちゃん」
「あっ!まりちゃーん!今日海来る?」
「まあ、行くかも。ていうかさっきそっちのクラス凄い騒ぎだったね。何してたの?」
「えっ、そんなに?お花見会、ロミジュリするから配役決めてたんだよね」
「へー、何となく察したわ。都ちゃんは?」
「私?小道具」
「ふーん、ジュリエットじゃないんだ」

 「絶対やだ」なんて答えれば納得したように「私も億積まれても嫌だな」なんて鼻で笑っていた。
 衣装やら小道具……なんて言っても実際お花見会まで時間はほぼ無いし、過去の先輩方が作ったものを直したり付け足したりするだけだからそこまで手間ではない。

「何話してるの?」
「……私行くね」
「えっ、まりちゃ……行っちゃった」
「いいじゃん、俺と話そうよ」
「あんたと話すことは無いよ」

 折角クラス離れちゃったまりちゃんと話してたのにサエのせいで話の腰を折られてしまった。
 まりちゃんはどうもサエのことが得意では無いみたいだしサエもサエで特段仲良くしよう、なんて感じでも無いように思う。
 それでもああやってまりちゃんとふたりで話していると割り込んでくるこの男はなんなんだ。

「そんなにまりちゃんと話したいの?」
「俺は都と話したいんだけど」
「もうサエとは一生分話したよ。じゃ、私トイレ行くから」
「それは一緒に行こうの誘い?」
「女同士ならまだしもあんたをトイレに誘うわけないでしょ!絶対着いてくんな!」

 正直、校内でサエと親しいところを見せたくない。
 元々みんな小学校は違えどオジイの元で遊ぶ幼馴染みたいなものだったけど、私とサエに関してはもっと前。……それこそ幼稚園に入るか入らないか辺りの頃からずっと一緒だ。
 それが故に未だに幼馴染によくある近い距離で接するサエだけど、この歳にもなると少し近すぎるような気もする。

 というかサエがモテすぎるせいで他の女子からの目が痛い。だからあまり近付いて欲しくは無い。
 かと言って別にサエのことが嫌いな訳でもないからテニス部の彼らと一緒にいる時くらいはいつも通りでもいいのだけど。そんな難しい感じだ。

「あっ、そうだ。頼みがあるんだけど」
「……なに?」

 背を向けて歩き出そうとしていた私の腕を取り軽く引っ張るサエ。
 振り向いて彼を見上げればはにかみながらサエは続ける。

「セリフ読み、手伝ってくれない?」
「私が?」
「そう。都にしか頼めなくてさ」
「長谷川さんは?」
「なんというか、ちょっと…ね。苦手なんだよ」
「へえ、人誑しの割にそういうのあったんだ」
「違うけど、まあ…なんか距離の詰め方が近くてちょっと苦手」

 困ったように笑っているがこいつも距離の詰め方近いくせによく言うよ。
 まあ別に断る理由はない。試験前になると勉強みて貰ったりしてるからこれくらい手伝ってもバチは当たらないはずだ。

「良いけど、放課後とかでいい?」
「ありがとう!やっぱり都は頼りになるなあ」
「まあいつも世話にはなってるしそれくらいはね。じゃあ、次こそほんとトイレ行くんで」
「それじゃあまた後で」

 掴まれていた腕は解放されてトイレまで真っ直ぐ歩き出す。
 台本はもう既に渡されているみたいだ。お花見会まで大体あと二週間、少しくらいなら手伝ってやろう。

────

「へえ、そっちのクラスはロミジュリするんだな」
「バネさんとこは?」
「うちのクラスも劇だな〜、ちなみにD組はダンスらしい」
「ひえ〜……D組じゃなくて良かった」

 放課後、少しだけ練習したかと思えば誰かがすぐに「海行こう!」とか言い出して、気付けばみんな海で遊んでいる。
 四月で少し暖かくなったとはいえまだ少しだけ肌寒いのによく中入っていけるなぁ、なんて。
 そういえば、今年はダビデが入学してまた少しだけ賑やかになったような気がする。

「バネさんは何するの」
「俺は大道具だな」
「私も小道具勝ち取ったよ」
「まりちゃん!一緒だね。というかいつ来てたの?」
「ついさっき。舞台とか絶対に上がりたくないわ」
「忍足そういうの苦手そうだよな」

 ふらりと現れたまりちゃん。帰宅部なのにこうやってたまに海に来てくれたりマネージャーみたいなことしてくれたりしている。あとはオジイのヘルパーというかなんというか。
 海の方では途中で参加した剣太郎が投げら、……あっ。なんて声を出したのも束の間、バシャーンと勢いの良い音と共に大きな水飛沫が上がる。

「お前ら!流石にこの時期に海ダイブはやめとけよ!」
「あちゃ〜…葵、ずぶ濡れじゃん」

 バネさんとまりちゃんは様子を見に海の方へ向かう。それと入れ替わりでサエがこちらに向かってくる。

「なんで止めないかなぁ」
「あはは、いつもの事じゃないか」
「流石に寒いでしょ、まだ。剣太郎可哀想だよ」
「怒られるのは首藤とダビデだしなあ」
「あんたにも監督責任あるでしょ」

 軽く足を蹴るけれどなんともない顔をしていて少し腹立つな。
 「あ、そうだ」なんて声を漏らしたサエは自分の鞄の中を漁り一冊の本を取り出す。

「これ台本」
「うん、で?」
「練習しようよ」
「ここで?」
「もうみんな遊んでるしさ」

 ちらりと海の方を見ればまりちゃんと樹くん以外もれなくみんなずぶ濡れになっている。何をどうすればこんな一瞬でずぶ濡れになるのか。
 サエの方に目を戻せば彼はもう座っていて、同じく座るように促され隣に座り込む。

「多いね、あと二週間ちょいしかないけど覚えれるの?」
「まあ何とかなるんじゃないかな」
「なんかサエって変なとこ楽観的だよね。というかロミジュリってふわっとしか知らないな」
「確かに、最後はふたりとも死んじゃう悲恋ってとこが有名だよね」
「あとあれね。ああ、ロミオ。あなたはなぜロミオなの。ってやつ」
「……お言葉通りに頂戴いたしましょう。ただ一言、僕を恋人と呼んでください。さすれば新しく生まれ変わったも同然、今日からはもうロミオではなくなります。……どう?」
「びっくりした。急に読むじゃん」

 本当に急でびっくりした。無駄に声がいいのも相まって、まあ確かに少しだけドキリとはしたけれど。

「この量、絶対に覚えれないな私」
「都にジュリエットして欲しかったな」
「ジュリエットは長谷川さんに決まったし、悲恋もの好きくないから嫌だ」
「……ロミジュリじゃない恋愛ものなら相手役してくれるってこと?」
「そうは言ってないよね?」
「おかしいな、俺にはそう聞こえたんだけど」
「耳鼻科行った方が良さそうだね」

 サエから奪った台本をペラペラと捲りながら一通り目を通す。
 最後の、ふたりが死んでしまった後に事の真相を知り後悔して家同士が和解するの、もっと早くから許していればふたりは死ななかったのに。とか何とか色々考えてしまってロミジュリのことあんまり好きになれないな。
 ハッピーエンドのロミジュリとかすればいいのになんて、有り触れているか。どこかにありそう。
 ちらりとサエの方を窺えば私の手元にある台本を真剣な顔で読んでいるようだ。

「はい、台本返すよ」
「……中々、覚えるのに骨が折れそうだよ」
「主役は大変だねぇ。で、私どこ読むの?」
「掛け合いのところだけでもいいかな」

 「こことか」なんて指さされたところを読み上げていく。あんまり演技は得意じゃ無いから国語の教科書読みみたいになっちゃうけれど。
 幾らか読みあっていれば近付く影と元気な声にパッと顔を上げる。

「サエさん、都ちゃん!何してるの?」
「ん?あぁ、剣太郎か。お花見会で劇やるから台本読んでたんだよ」
「良いなぁ、僕も参加したい」
「剣太郎まだ小学校だしね、来年だね」

 剣太郎は一応まだ小学生だ。それでもたまに中学生の中に混じってテニスをしていたりする。なんだかんだ可愛い弟分みたいなものだ。

「というかちょっと暗くなってきたね」
「あ、そうだった!バネさんがみんな濡れちゃったしもう帰ろうって」
「ははは、結局みんなずぶ濡れじゃないか」
「サエも濡れてくる?」
「俺は遠慮しとくよ」

 少し乾いたとはいえ濡れたまま荷物を持ったみんなに合流して途中までワイワイの話しながら帰路に着く。
 ひとり、またひとりと減っていって結局はサエとふたりっきり。まあ、家が近い者同士だからこうなってしまうのはいつもの事なんだけど。

「宿題やんなきゃなあ」
「数学のプリントあるの、覚えてる?」
「覚えてない。嫌なこと思い出させてくれてありがとね、助かったよ」
「教えようか?」
「いっそ見せて欲しい」
「自分でやらなきゃダメじゃん」

 「ケチ」なんて拗ねてみるけれど貸してくれる感じじゃないな。あーあ、自分でするかぁ。
 全く関係は無いけど、そういえば今日は身体測定の結果が配られたな。サエとは同じくらいだったはずなのに身長はぐんぐんと伸びてもう頭半分くらいの差が開いてしまった。

「背ぇ伸びたね」
「成長期だからね、まだ伸びる予定だよ」
「私はもうあと2、3センチしか伸びないだろうなぁ」
「小さくて可愛いよ」
「160は欲しいじゃん」
「伸びなくていいよ、これ以上」
「押すな押すな」

 頭のてっぺんを軽く押さえ込まれる。ほんとに伸びなかったらこいつのせいにしようかな。
 ぐっと伸びをして抵抗してみれば案外早くに解放されて少しよろけてしまう

「おっ、と。危なかったね」
「サエが突然離すからだよ」
「それは一生離さないでってこと?」
「サエ、誰もそんなこと言ってないよ」

 ほんと、いつも物事を拡大解釈する。サエの悪い癖だ。昔からこうだったな、なんてぼんやりと考える。
 なんとなく、家に近付くにつれいい匂いが漂ってくる。

「いい匂い、今日カレーかなぁ」
「確かにカレーの匂いがするな。俺もカレー食べたくなってきた」
「カレーだったら死ぬほど自慢してやる。じゃ、また明日」
「うん、また明日」

 徒歩一分、掛かるか掛からないかだけれど「気を付けて」なんて言い合って手を振って別れる。いつもの癖みたいなものだ。
 家に近付けば美味しそうな匂い、よし。今晩はカレーみたいだ。

────

 舞台裏はドタバタ慌ただしい。
 本番が近くなるにつれ小道具類に破損がないか確認したり、衣装にほつれなんかがないかも確認して。

「どう?似合う?」
「何回も見た、似合う似合う。もう時間だよ、準備したら?」
「あの衣装、都が来てるの見たかったよ」

 そんなことをこっそり耳打ちして袖の近くまで歩いて行ったサエ、ことロミオ。
 長谷川さんもすごく似合っている。なんならあの衣装は彼女のために誂えたようなものに見える。その横に立つサエとはとてもお似合いで、美男美女カップルとはあれの事か。
 こちらに視線だけ向けて笑うように目を細め舞台へと出て行ったサエ。
 舞台の始まりだ。

 簡単な流れとしては人物たちの紹介、ロミオとジュリエットの出会い、恋に落ちてバルコニーで愛を囁き、密やかな結婚式。親友の死に、ロミオが人を殺してしまうシーン。街を去ることになるロミオと神父に助けを求めるジュリエット。そして最後、有名なお互いの後を追ってしまう最期。
 学年、学校一と呼ばれる美男美女が演じる劇だ。勿論期待値は高いし、その期待に答えるような素晴らしい劇だ。
 シーンが進むにつれ見たいような、見たくないような。

「ああ、ロミオ。あなたはなぜロミオなの」
「……お言葉通りに頂戴いたしましょう。ただ一言、僕を恋人と呼んでください。さすれば新しく生まれ変わったも同然、今日からはもうロミオではなくなります」

 ドキリとした。何度も読み合ったところだ、別にどうってことは無いはずだった。
 だけど、きっと一瞬だけでも合った視線は勘違いでは無いはずだ。胸がぎゅっと苦しくなるのは何故だろう。
 劇に出ないとはいえ何度も読んだセリフ、ジュリエットの言葉。長谷川さんが口に出す前に頭の中を嫌にぐるぐると回る。
 嗚呼、早く終わってくれ。

────

 結果から言えば大成功。もしかしたら今日いちばんの拍手だったかもしれない。
 演者たちが舞台上でお辞儀の挨拶、割れんばかりの拍手になんとなく胸が熱くなる。凄いところに立ち会った気分だ。

「あっ、サ…」
「佐伯くん!お疲れ様〜!」
「マジで凄かったな!六角のロミジュリペア!」

 声を掛ける前にサエはクラスメイトに囲まれてしまった。
 行き場の失った手を重力に逆らわずふっと下げて片付けに徹する。次はD組がダンスするんだっけ、早く撤収しなければ。



「都、やっと会えた」
「……会ってはいたじゃん。クラス一緒なのに」
「俺囲まれてたから……なんか機嫌悪い?」
「悪くないよ。凄かったね、劇。千葉のロミオとか呼ばれちゃってね。あとなんだっけ、六角のロミジュリペア?」
「千葉のロミオって呼ばれるの、少し恥ずかしいな」

 何となく、誰もいない海に向かって歩き出す。
 今日はお花見会があったから部活は無いはずだけど、ここへ来ることが癖になってしまっているようだ。
 夕日がギラギラと海を照らして少し眩しい。波の音に潮の香り、この辺で生まれ育てば毎日嗅いでいるはずなのに懐かしくも感じてとても落ち着く。

「お似合いだったなー、ロミジュリ。劇も成功したしほんとに凄かった。圧巻」
「ありがとう。もちろんみんなの力があってこそだったけどね」
「……海入っちゃお」

 靴下とローファーを浜に投げ捨てて海にゆっくりと入っていく。もちろん、浅い所までだけど。
 膝丈のスカートを少しだけ折って濡れないように少し短くする。

「あはは、冷たい」
「ずぶ濡れになっても知らないぞ?」
「どうせサエはジャージ持ってるでしょ、それ借りるからいいよ」
「俺も海入りたいから貸せないかも」
「じゃあずぶ濡れで帰る」

 サエも靴と靴下、学ランを脱ぎ捨ててズボンの裾を少しだけ捲りあげて足首までをつける。
 「濡らせないなあ」なんて言っているからサエに向かって少しだけ水を蹴り上げる。まあ、かからない程度だったしきっと濡れていないはずだ。
 にんまりと笑って見せればサエもやる気になったのか、シャツの袖も捲り上げこちらに向かって水をかける。

「ふっ、あはは!冷た!かかったじゃん!」
「先にやってきたのは都でしょ?」
「それもそう。えいっ」
「うわっ…やったね?」
「えっ、うわうわうわ!待ってダメだって!」

 避けようとしたけど時すでに遅し、サエが投げかけた水がばしゃりと制服にかかりぐっしょりと濡れてしまう。

「あっ、ごめん!」
「うわ…めっちゃ濡れた……。明日休みで良かった、制服洗わなきゃな」
「ほんとごめん、ジャージ貸すからちょっと待ってて。そろそろあがろ、うわっ!」
「仕返し〜!ずぶ濡れだからもう怖いものは無いよ、私」

 上半身向けて水を掛ければ綺麗に全て掛かり上だけびしょ濡れだ。

「コラ、ダメだろう?」
「いいじゃん、ずぶ濡れなんだもん私」
「俺は濡れてなかったよ」
「ごめんって」
「……というか早くジャージ貸すから上がって、風邪引いちゃうよ」
「はぁい」

 海から上がればほんの少しだけ寒く感じる。
 たまたま持ってきていたタオルで軽く足と制服の水分を拭き取る。

「あ〜楽しかった。上脱ぐからあっち向いてて」
「はい、これジャージ」
「ありがと、助かった」

 元より少し重いのに水を吸って更に重くなったセーラーを脱いでサエに借りたジャージを着る。前を閉めれば完璧だ。
 やはり男女の体格差か、少し大きい。

「大きい」
「寒くない?大丈夫?」
「そんな心配しなくても平気だよ。月曜に洗って返すね」
「分かった。じゃあ、帰ろうか」
「制服どうしよ…カバンの中入れらんないや」

 まあ、手で持って帰るしかないか。
 リュックを背負い手で持って浜を歩き出す。久しぶりに海に入って遊んだかもしれない。

「楽しかったね」
「そうだね、都は久しぶりだよね?」
「ほんとにね。去年の夏ぶりかも、サエはこの前みんなで遊んでたっけ」
「あの時も足だけだよ」
「サエと私とまりちゃん以外ずぶ濡れだったもんね」

 「まあ、今日は私がずぶ濡れだけど」なんて笑えばサエも少し申し訳なさそうな顔をしながら笑う。
 流石に下着とキャミの上に長袖のジャージ一枚は少しだけ寒いかもしれない。

「都、劇終わってからなんか変だったけど」
「変じゃないよ。でも、まあ、ちょっと……ん〜…なんか嫌だったのかも」
「何が?」
「色々とね」
「教えてくれないの?」
「教えないよ」

 「ケチ」なんて少し不満そうな顔をしているけど、この前数学のプリント貸してくれなかったから絶対に教えてやらない。
 まあ、そもそもサエと長谷川さんが持て囃されて六角ロミジュリペアだとか言われてるのが少し嫌だっただけなんだけども。
 そんなことを言ってしまえば、また変に勘違いされてしまいそうだし絶対に言わないつもりだ。

「……ふふ」
「何、急に笑って。怖いよ」
「いや?何もないよ。ただ素直じゃないなって」
「は〜?うざ!」

 ホント訳わかんない、軽く足を蹴ってみるけどやっぱりなんともない顔をされて少しだけムカつく。

「千葉のロミオ、か」
「気に入ったの?それ。俺としては少し恥ずかしいんだけど」
「ふっ、なんか規模感小さくて好きだよ」
「何だよそれ」
「面白くていいよ、千葉のロミオ」

 千葉のロミオ…声に出して言う度面白いな、なんて。くすくすと笑っていれば釣られたようにサエも笑い出す。
 誰だろう、千葉のロミオとか言い出した人。
 他愛もない話をポツポツと続けていれば気付けばもう家の近くだ。

「サエと話してると時間経つのほんと早い」
「それは有難いね」
「なにが?お腹すいた、じゃあね」
「先にお風呂だよ」
「分かってるって」
「それならいいんだ。じゃあ、またね」

 軽く手を振って歩き出したサエを見送る。
 というかほんとジャージ助かったし月曜、忘れないようにちゃんとお礼用意しとかないと。 
 ていうか、有難いって何がだろう。そんなことをぼんやりと考えながら玄関の扉に手を掛けるのだった。


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