「…やこ、都!」
「うわっ、何?ちょっと亮、急に大声出さないでよ」
「ずっと呼んでたんだけど。ていうかこれ、どうしてくれんの?」
「あ、あはは……解く、解くよ」

 鏡を覗く亮と一緒になって鏡を覗けばドレッドみたいになっている亮の頭。
 考え事をしていると、こうやって亮か淳の髪で黙々と三つ編みしてしまう。これは昔からの癖だ。
 中二の秋頃になってから、淳はルドルフに行ってしまった上に髪を切ってしまったので、今は専ら亮の今ばかり弄っている。

「で、何伯何次郎の事で悩んでるの?」
「…いや、別に今回はその、何伯何次郎の事じゃないかもしれないじゃん」
「ふぅん?じゃあ何に悩んでる訳?」
「……サエの事、なんですけどぉ…」

 なんて観念してボソリと呟けば「ほら見ろ」なんてクスクスと意地悪く笑っている亮。
 聞いてくれる気はあるのか私が話を続けるように促した亮に甘えてぽつりぽつりと話し出す。

「進路、話してて。みんな六高行くと思ってたんだけど、サエが…違う高校、行こうかなって、言ってて……」
「へぇ、そうなんだ?サエのことだからどうせ都と一緒の進路にすると思ってた」
「亮も六高だよね?バネさんも、いっちゃんも首藤もみんな、六高って言ってたけど…。サエとまりちゃんだけ、違うとこ行くのかな……」
「忍足は氷帝だっけ」

 確か、両親との約束でまりちゃんは高校から双子のお兄さんが通っている氷帝学園に編入する決まりだったらしい。
 なんとなく、みんなで同じ高校に行って今とあまり変わらない日々を過ごすものだと思っていたのに。

「一応俺も六高予定だけど、淳いるしルドルフもいいよな」
「えっ、ダメだよ!?はぁ……淳も戻ってきてくれないかなぁ…」
「お前も案外重いよな」
「えぇ…?でも、ずっと一緒にいたから…今更離れるのも…なんか……」

 ……と、まあ。そんな事は言ってられないのだけれど。
 サエは一応文武両道人望激アツ生徒会副会長だし、先生に六高より良い高校目指せれるって言われたのかもしれない。まあ、そうなるとそっち目指すよなぁ。
 はあ〜…なんて大きな溜息がまた零れる。

「なあ、三つ編みまた増えてる気がするんだけど」
「えっ、あっ…ごめんね?解くの大変だ……」
「別にいいけどさぁ。そんなに一緒の高校通いたいなら本人に言えばいいだろ?都が言えばサエ、喜んで六高来ると思うけど」
「それはわかんないけど……でもさぁ、進路の邪魔は出来ないじゃん」
「それもそうだね。俺は淳の邪魔したけど」
「ね、出発しようとしてるのに電車のドア止めるのは流石にどうかと思った」

 淳が出発の日、みんな揃ってホームで見送りをしたけど半泣きの亮が閉まるドアに足を挟んだ時は気でも触れたかと思った。
 それももう、一年以上前の話だ。時間の流れって早くて少し残酷だ。
 小さな髪ゴムを絡まらないよう丁寧に外しながら纏まらない頭でぼんやりと考える。
 きっと、みんなずっと一緒なんて無理なんだろう。勿論、誰が欠けても寂しいだろう。
 ダビデも剣太郎も続いて六高に来て欲しいし、出来ればサエもまりちゃんも淳も、みんなみんな同じ所に通えたら……嬉しいな、なんて。
 とはいえ少なくとも、まりちゃんと淳はもう決まってしまっているから私が口を出せることでは無い。
 それは無論…サエのことでも、だ。

「…ん、あれサエじゃない?」
「えー…見えない。来て欲しくないな……」
「おーい、サエ!あ、ほらこっち向いた。めっちゃ手振りながら来てる」
「亮……最低、あんたほんと許さない」
「クスクス…ふたりで話せばいいだろ?産まれた時からの幼馴染、なんだから」

 最後の一本だった三つ編みを自分で外して、少し伸びたゴムを私の方に放り投げる。そうすればちょうどサエもこちらに辿り着いたようで。

「ふたりとも、何してたの?」
「都に髪弄られてた。はーあ、疲れた。俺帰るから」
「ちょ、亮!」
「亮の髪弄ってたってことは、何か悩み事でもあったの?」
「なんでソレ共通認識なの?こわいんだけど」

 こちらになんて目もくれず手を挙げて帰ってしまった亮の背中を何となく見送る。というか、最悪の投げ方されちゃったな。
 はあ、なんてまた溜息を零せばサエは私の横に座り首を傾げる。

「話、訊くよ?」
「や…まあ、もう亮に話したし」
「俺にはしてくれないの?」
「しないよ。ぜーったい」
「ふーん、亮にはするのに俺にはしてくれないんだ」
「そんな顔されても言わないよ」

 じとりとこちらを見てくるサエが視線に入ってこないように手で壁を作る。
 「あ」なんて思い付いたようにサエは口を開く。

「課題?」
「ちがう」
「えー、友達?」
「昨日も今日も明日も仲良しだよ」
「家のこと?」
「なーんにもない」
「じゃあ、うーん…俺の事とか?」

 冗談といったように「それはないか」なんて笑いながら正解を言ってしまうもんだから、思わずぐっと言葉に詰まってしまう。
 そんな様子を見てサエは少しだけ困惑したように目をまぁるくしている。

「えっ、冗談のつもりだったんだけど」
「違う違う、サエの事じゃない」
「いやアレで誤魔化すのどうかと思うよ」
「やだー…ほんとに嫌……」

 俯いて両手で顔を覆いながらバタバタと足を暴れさせる。何が腹立つって、ニマニマした顔でこちらを見てくるサエだ。

「なにみてんのよ」
「珍しくて」
「いや、悩みが今朝からサエのズボンのチャックがずっと開いてて、とかだったらどうする訳?」
「えっ嘘、…開いてないじゃん」

 慌てて確認をしているが例えばの話だから開いてる筈が無いだろう。

「で、俺の何で悩んでるの?言わないんだったら俺の都合のいいように、好き勝手解釈するけど」
「何その奇妙な脅し、怖すぎない?……うー…高校のことだよ。サエ、六高じゃないとこ…行こうかなって言ってたでしょ。みんな、六高行くと思ってたから…なんか、ちょっと、寂しい…なって」
「……それ、昨日話してたヤツだよね?」
「うん。どこだっけ、ちょっと偏差値高いとこだったよね?」
「えっとー…、その…それは冗談で…俺も、六高行く……よ…?」
「はあ?」

 ばっとサエの方を見れば慌てたように「ごめん!」なんて謝られてしまう。
 弁明するようにワタワタと手を動かしだすサエを思わず睨みつける。

「えっと、あの。確かに先生にもっと上を目指せるとは言われたけど、俺はみんなと六高に行くつもりだよ!」
「……じゃあ、なんでそんなこと言ったの」
「それは……その、行こうかな〜?って言えば、都が寂しがるかな…って……思って……いやっ、でもあの時冗談って言ったよね…!?」
「〜っ!サエの!バカ!」

パチンと肩を叩けば「いたっ!」なんて声がしたけどもう知らない!
 帰ろうと立ち上がるけどサエから咄嗟に手首を掴まれて動けなくなる。拘束を外そうと手をバタバタと振るけど外れそうにない。

「都、待って待って。落ち着いて話をしよう?ね?」
「やだやだ!嘘つきと話すことなんてありません!」
「お願い、行かないで。……寂しいって思ってくれたの、俺さ、自惚れていいってこと?」
「は、なにが……わっ」

 同じく立ち上がったサエに腕を引かれて、気付けばサエの腕の中にすっぽりと収まってしまった。
 ぐっと胸を押すけどびくりともせず、サエはそのまま続ける。

「俺、ずっと都に言いた、」
「あーっ!サエさむぐっ!」
「おいバカ剣太郎!気付かれ、あ…やば」
「わああ!……っ、木更津、亮!待て!絶対許さない!」
「うわっ、逃げるぞ剣太郎!」
「ちょ、亮さん!待ってよ!」
「都、待って!あー…行っちゃった……」

 サエが何か言いかけてたけど、剣太郎が大声出してくれて助かった。
 大声びっくりしたのか緩くなった腕の間からするりと抜けて、亮を追いかけるために走り出す。
 バクバクとうるさい心臓は、きっと走っているせいだ。


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