「み〜やこ!」
「っ、んあぁ!?何!?なっ、えっ!?」
「おっと、暴れると落ちるよ」

 ぼんやりと海を眺めながら亮と立ち話をしているときだった。今日担任がホームルームの時噛んでたよね、とか授業中にあったあれやこれや。
 元気に砂浜を走り回る剣太郎たちを見ていた筈なのに、急に視線は高くなりぶわりと宙に浮く感覚に驚いて思わず間抜けな声が出てしまった。

「サエ、程々にしないと都の心臓止まるよ」
「〜っ!ほんとに心臓止まるかと思ったわ!サエのバカタレ!」
「ははは、ごめんごめん。ふたりして黄昏てたから驚かせたくて」

 へらへらと笑いながらサエは私を地面に降ろし、地に足が着いた感覚にホッと一安心。というか急に持ち上げないで欲しい。切実に。
 持ち上げられた時に驚いて離してしまったらしいタオルを拾い上げて砂を落とす。

「あのね、都」
「はい、なんですか」
「突然で悪いんだけど、スマホ貸してくれない?」
「は?嫌ですけど」
「なに?俺に見られたらまずいようなやましい事でもしてるの?」
「あのさぁ、俺の傍で痴話喧嘩するのやめてくれる?」

 突然現れたかと思えばスマホを寄越せだなんて怖すぎるでしょ。そもそもやましい事なんかしてないし、いやまあ、ちょっとイケメンの出てくるゲームはしてるけど。
 なんで急に……なんて考えてはみるけど、……あっ、そうだ!この前怒られた事を思い出して先手必勝という言葉が頭に浮かぶ。

「見て!大丈夫、ちゃんと前にかえて怒られてから待受はサエのままだし、LINEだって六角のみんな以外とはしてないよ!そもそも亮に課題訊くくらいしかしてない!」
「えっ…都の待受サエなんだ……うわ、ほんとだ」
「えっと、…その事じゃないよ?でも約束守ってくれてありがとう」
「じゃあなんだよ!」

 わたしにはもうサエが分からない……。べちりと手に持っていたタオルを地面に叩き付けてもうお手上げ状態。
 勝手に設定されたのが恥ずかしくて、変えたら拗ねられたので待受だってそれ以来そのままにしてるし、サエや六角のみんな以外に連絡取るような男の子は一ミリもいない。アイコン…?一緒に出掛けた時撮ったやつから別のに変えたから…?いやでも結局変えたけど、それもサエ関連だし…。

「お手上げ、なに?もう見ていいから教えてほんと」
「あ、まだこのゲームしてるの?俺がいるのに」
「サエとこれは別!で、どうしたらいいの」
「位置情報が共有出来るアプリって知ってる?俺も今日クラスの子が話してるの聞いて知ったんだけど」
「いちじょう…ほう……きょうゆう……あぷり……?」

 キョトンとした顔でサエが言ったことを繰り返せば「あ〜…」なんて亮が小さく漏らす。どうやら亮は知っているらしい。
 言葉の感じからなんとなくは分かるけど、私の周りではそんな話聞いたことない。

「なに?それ」
「まあ……簡単に説明すると、お互い登録したらどこにいるか分かる…みたいなアプリ。友達とかカップルで入れる人とか多いみたいだよ」
「なるほど、亮ペディア助かる。で、サエはそれがしたいと?」
「そうそう、都はすぐ理解出来て賢いね」

 なでりなでりと頭を撫でられるのはまあ、嫌いじゃないけど人前では恥ずかしいからやめて欲しい。
 ……サエと付き合い始めたのは今年の春で、高校に入ってから遂にクラスが離れたのだけど、それ以来なんだかスキンシップが少し激しくなった気がする、気のせいだろうか。サエは寂しんぼだから仕方ないんだろうけど。
 いや、そんなことより……だ。

「あのね」
「ん?」
「割と四六時中一緒にいるのに、それ必要?」
「お前ら、休みの日もずっと一緒にいるの?」
「だってサエが家に来るのに…お互い用事ない日は大体夕方とかまでいるし、下手したらご飯も食べて帰ってるよ」
「都に会いたいんだから仕方ないだろ?」

 知ってる、本当に分かってる、それが割と異常だって……。でもまあ、昔から頻繁に家に行き来はしてたし珍しいことでは無い。なんならサエが家に来ない時は親に「今日は虎次郎くん来ないの?」って聞かれたりする事もある。

「必要?ほんとに」
「都と会えない日でも君がどこいるか知りたいよ」
「どこ行くかは連絡入れてるよね……?」
「ダメ、かな…?」
「ぐっ……顔面でゴリ押そうとするのやめない?」

 手を包み込まれ首を軽く傾げながら甘えるような物言い、最近私がサエのどこに弱いかバレてきているらしく、ちょっと都合が悪くなるとこうやってすぐゴリ押そうとしてくる。

「ふたりともiPhoneだっけ」
「え、うん。そうだけど」
「あれすればいいじゃん、探すから位置が共有できた筈だよ。都、すぐスマホどっか置いてきたかも!って言うんだからサエの事登録しときなよ」

 クスクスと笑いながら私のうっかりを暴露した亮。本当にやめて欲しい、サエの過保護が加速してしまう。

「アプリ入れなくても出来るんだ。じゃあ、それにしよっか。亮はやり方わかる?」
「まあ、多分。何回かやった事あるし」
「誰と?」
「家族だよ。旅行する時とか、もしものためにね」
「はへぇ……私には分からないからおまかせします」

 大人しくスマホをサエと亮に明け渡しポチポチと操作している様子を眺める。
 別に、こうやって束縛?みたいなことされるのは苦じゃない。ただ、周りに知られた時の「え…?」みたいな、正気か?と言わんばかりの反応が苦手なのだ。
 まあそれ程までに好かれていると思えば嫌な気はしないから、その辺が変に上手く噛み合っているお陰でサエと付き合うことが出来ているんだろう。叩きつけてからそのままだったらタオルを拾ってまた砂を払い両手で弄ぶ。

「はい、出来たよ」
「ん〜ありがと、うわほんとだ。出てる」
「助かったよ。ふふ、亮もする?」
「なんでサエとしなきゃいけないんだよ、だったら淳とするよ」

 亮の相変わらずなブラコンに思わず苦笑い。いや、でもサエと変わんないか。笑い事じゃないかも。

「そろそろ日も暮れてきたし帰ろうか」
「はぁい、じゃあね。課題っていつものだけ?」
「あぁ、あとこの前配られた数学のプリントの提出が明日かな。それじゃあ、気を付けて……ってサエがいるから平気か」

 亮と少し話している間に少し離れた場所に置いてあったリュックを持ってきてくれたようでそれりサエに手渡される。
 それを背負いながら亮に手を振り背を向けて歩き出せば凄く自然に、するりと手を取られたかと思えばその後すぐ、指まで絡められてしまう所謂恋人繋ぎ。いや、亮に見られてたらなんか恥ずかしいから嫌なんだけど。

「ねえ、寂しんぼするのは良いけどね?別に亮にまでヤキモチ妬かなくてもさぁ」
「……なんの事?」
「あはは、すっとぼけてる。当分もう言わないけど、私が好きなのはサエだから覚えといてね」
「…聞こえなかったからもう一回言って」
「言いませ〜ん」

 ぶんぶんと繋いだ手を振りながら歩みを進める。
 もう何年も一緒にいるんだ、何となく顔を見たら考えている事も……まあちょっと、ほんのちょっとだけど分かる。亮とふたりで話してたのを見てちょっと複雑そうな顔をしていたから、何となく。

 私に沢山の好きを伝えてくれるから、私が不安になることなんてほぼ無いのだけど。私からサエに伝えることは天邪鬼な性格と恥ずかしいから、で少なかったりする。

「サエ、土曜はお出かけしよっか」
「いいね、どこ行きたい?」
「えー…考えてなかった…。じゃあ、サエんち」
「あはは、折角ならこの前お揃いで買った服でも着て出かけようよ」
「仕方ないなぁ、本欲しいと思ってたから良いよ。本屋さん付き合って?」

 もう少し気持ちを伝えるようにすればスキンシップもヤキモチも収まるだろうか。
 ……いや、でも。なんだかんだ、それが止んでしまったらちょっと寂しくなってしまうかもだし、今はまだこのままで良いのかもしれない。

 
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