時刻は十五時を少し越えて、そろそろ買い出しにでも行こうかなんて考えながらキッチンでコーヒーを淹れていれば、リビングから聞こえる都の唸り声。
カウンター越しに「どうしたの?」なんて声をかけても「ゔ〜…」としか返ってこないし、ダメかも。意思の疎通が上手く出来ない。
「都、どうし……あ〜、また奥歯気持ち悪くてあぐあぐしてるの?」
「ゔゔん…、グミ持ってきて……奥歯きもちわるい……なんか噛みたい」
「あるか見てくるから口開けて待ってて」
背を向けて座っていた都の方に回って様子を窺えば、なんとも言えない顔をして口をもごもごしていたようで。
都は奥歯の噛み合わせが悪いのかどうなのか、結構昔から起こるらしくたまにこうやって難しい顔をして奥歯を噛み締めたりしている事がある。
その度にグミを口の中に放り込んであげるのが俺の役目なんだけど……、なんて都のお菓子ボックスの中を覗けば運の悪い事にちょうどグミを切らしている。
代わりになりそうなものも無いし夕飯の買い出しついでに買ってこなければ。
「ねえ、グミ無かった」
「ええ〜…、うぐぐ……」
「ああほら、噛み締めちゃダメじゃん。奥歯すり減っちゃうしまた頭痛くなるよ」
「なんかもうね、段ボールでもいいから」
「それは余計にダーメ」
咎めるように頭を軽くチョップすれば「えーん」なんて泣き真似をする都。流石に段ボールは噛ませらんないし、ちょうど良い硬さでなにか無いかな…。なんて頭を悩ませていればひとつ良いことを思いついて、ソファに座りポンポンと自分の膝の上を叩く。
「都、ここおいで」
「んぇ、なに」
「良いから良いから」
まだ難しい顔をしている都は眉根を寄せながら大人しく向き合って膝の上に収まる。
素直に行動してくれて安心した。都の顔の前に自分の手を持っていきニコリと笑う。
「はい、あーん」
「あ〜、って指!」
「ん?別に気にしなくてもいいよ」
「いや気になるでしょ」
右手の人差し指を都の口の中に突っ込もうとすれば、寸でのとこでおかしいことに気付いたのか都は顔を背ける。ほんと、気にしなくてもいいのに。
「手は洗ったし大丈夫だよ」
「…本気で噛むかもよ」
「都になら噛みちぎられてもいいけど…」
「こわぁ……しないわそんなこと…」
むにりと都の唇をつついていれば少しだけ不愉快そうな顔をしている。だけど特に何も文句は言わないし、なんて唇の隙間に捩じ込むように指を進めていけば案外すんなりと口の中に入っていけて。
「はい、もぐもぐ」
「んぐんぐ……」
「あはは、ちょっと痛いね」
「んぁあなんれかまへてんの」
「都が辛い思いするよりはいいよ」
「ふぅん……ねぇ、はんはいも」
「ふふ、はい」
噛み心地は案外悪くないみたいで、目を閉じて大人しくあぐあぐと口を動かしている都。口の中で指を移動させた時、噛んでいる内に溜まったのであろう唾液がぐちゅりと音を立てる。
口の中は生暖かくたまに当たる舌がぬるりとして、ちょっとまずい。自分で言い出した事だけど、この前の行為中を思い出して少し……興奮してきた。
「ひゃえ」
「……ん?」
「もーいっぽん」
「えっ、あ」
都の手によってさらにもう一本、中指も誘い込まれ小さな口の中はいっぱいになってしまった。それでも器用に人差し指は右側、中指は左側でもぐもぐと噛んでいる。奥歯で噛まれている所より犬歯に当たる方が痛い、だけど嫌じゃない痛さだ。
口の端から薄らと垂れた唾液、口の中に溜まったソレをぢゅうと指ごと吸って上目遣いでちらりとこちらを覗いた都。
そのまま目が合って、にやりと小さく笑った彼女は掴んでいた俺の手をゆっくりと口から離す。都の口先から指に向かい、銀色の糸が少しだけ伸びてすぐにぷつりと途切れて、俺はそれから目が離せなくて。
「あはは、顔真っ赤だよ」
「……はあ、途中から分かっててやってた?」
「まあ…顔がね、そんな顔してたし」
「……そんなつもりは無かったんだけど、ごめんね」
「んっ、あやまりなふぁら口に手ぇつっふぉむやつがいりゅか……!?」
いっそバレてしまったら仕方ない。割と強引に口の中に指を戻してぐちゅりと都の舌を押す。小さく嘔吐きながら涙目で必死に押し返そうとしている姿にぞくりと身体が震える。
じゅぷじゅぷなんて水音を鳴らしながらまた少しだけら奥に指を差し込んだ瞬間、
「痛!」
「っ、うぇ、……こんのバカ!吐くわ!」
「……ふふ。噛み跡、ついちゃった」
「えっ、うわぁ…なんで喜んでんの……」
噛み跡なんて初めて付けられた。指だし本当にすぐ消えてしまいそうな軽い噛み跡だけど初めてのことに口角が上がる。頼んでもキスマークだって付けてくれないし、実はかなり嬉しい。
「どうせならもっと強く噛んで欲しいんだけど、」
「流石にその発言はやばいよ!?もう!ほら、買い物!こんな事起きないようにグミをいっぱい買います。お菓子も」
「お菓子は都が食べたいだけだよね?」
「…ぐぬ、……ぐうの音も出なパ〜!」
「はいチョキ、俺の勝ちだからもうちょっとだけ」
「ヤダヤダ、後出しズルだし絶対買い物行けなくなる」
「大丈夫だよ、ほんとちょっとだけだし」
ぐい、と逃げようとする都を自分の方に引き寄せて身体同士をピッタリとくっつける。逃げれないことを悟ったのか「やだぁ……」とボヤきながらもするりと俺の首に手を回す所も相変わらず天邪鬼で好きだな、とか。
そのまま抱き締めるように背に手を回し、都が普段着ている緩いTシャツの裾に手を差し込んだ。
────────
「さいあく」
「あはは、ありがとう。すっごく嬉しい」
「絶対!バレないように!してね!」
「勿論、わかってるよ」
頼み込んで勝ち取れた噛み跡を付けてもらう権利。本当は首の辺りが良かったけど、流石に見られると嫌だとの事で結局肩の少し下の絶対に隠れる所。強めに噛んで付けてもらった歯型を見てついついニコニコと笑ってしまう。
とは言っても、噛み跡は割とすぐ消えるなんて聞いたし、消えたらまたつけてくれないだろうか。
「ねえ、やっぱりキスマークもつけてよ」
「やだ〜…やだよ〜…」
「なんで?付けさせてはくれるのに」
「あれは拒否権ないじゃん…。なんか、マーキングしてるみたいでヤダ。別にしなくてもサエは私のモノなんでしょ?じゃあしなくていいじゃん!」
「……それとこれは別だよ。つけて?」
突然びっくりした、都から「サエは私のモノ」なんて聞けると思ってなかったから一瞬反応が遅れてしまった。
甘えるように都を見上げて小首を傾げる、これをすればかなりの確率で都は我儘を聞いてくれるのだ。案の定悩んだように「ぐぅ…」と唸りながら続ける。
「やだ〜……まだ噛む方がマシ……」
そんな一言にパッと顔を上げればしまったという顔をして眉をひそめた都。都のたまに余計なこと言っちゃう癖、こちらの都合良く働くことがあるから直させなくてもいいかもしれない。
「いや、待って。期待した顔で見られてもしない、百歩譲って噛むだけ。跡はつけないよ」
「それは残念。でも今日ので気付いた。俺、都に噛まれるの結構好きだよ」
「ゔ〜…おかしいよ…癖が歪んでるよ……」
下着をつけながらがくりと肩を落とした都。言質も取れてしまったし、これからは毎回してもらおうかな。
……ああ、そうだ忘れかけていたけど、買い出しに行かなきゃ行けないんだった。時間的に買い出しして、帰ってからすぐご飯作ればいつも通りの時間には食べられるだろう。
「ひとりで買い物行ってくるから都はお米炊いてお留守番しててくれる?疲れたでしょ」
「それは助かるけど、疲れた原因はサエだからね?」
「…グミとか買ってくるから機嫌直して?それじゃあいってきます」
「……ん、いってらっしゃい」
ちうと都の頭のてっぺんに軽くキスをしてから脱ぎ捨てていた服に袖を通し家を出る。そうだ、今日は都の好きなオムライスにでもしてあげよう。なんて今晩の献立を考えながら買い出しに向かうのだった。
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