おじいのところでみんなと遊んだ帰り、家の門前で困ったように立ち尽くしている女性が居た。それが都さんと初めての出会いだった。

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「ん〜、虎次郎くんだ。こんにちは、今日も男前だね」
「…こんにちは、都さん。姉さんに用?」

 玄関前の影で座り込みパピコを咥えている彼女は大和田都。姉さんの友達であの日……つい二年程前に家の前で立ち尽くしていた彼女と同一人物だ。

「そう、呼び出されて来たのにあいつ居ないんだよね。慣れたけどさぁ」
「あはは。連絡した?中入りなよ」
「したした、五回くらい携帯鳴らしたけど出ないんだよね。佐伯の分のアイスも食べちゃった」
 
 「あともう少し早かったら虎次郎くんにあげたのに」なんてケラケラと笑いながら立ち上がった都さんはパタパタとズボンのホコリを叩く。
 鍵を開け中へ入るよう促せば礼儀正しく「お邪魔します」なんて言いながら入っていく都さん。

「…ん!?これ佐伯の靴じゃない?」
「ほんとだ。部屋かな…見てくるよ」
「ごめんね、ありがとう」

 姉さんがいつも履いている靴が玄関に綺麗に揃えられて置かれている。ここに揃えて置かれているならきっと部屋に居るはずだ…、なんて姉さんの部屋の前に立ち控えめに扉をノックする。
 ……返事が無い、何時もは勝手に開けたら怒られるけど都さんのためだ…なんてそっと扉を開ける。俺の部屋とは対称的な作りで、ベッドが置かれているところも真反対。その上で姉さんは寝こけている。

「姉さん、なあ。都さん来てるよ」
「…ん、ぁ……?なん……こじ…、へやに……」
「だから、都さん来てるんだって。姉さんが呼んだんだろ?」
「……あ!そう、だ…!ちょっ、部屋片付けて着替えるから、大和田のこと十分くらい待たせて!」
「はいはい。……まあ、ごゆっくり」
「…長い間ふたりっきりなんかさせないからね」

 揺すって起こせば思い出したのか飛び起きて急いで部屋の片付けをし始めた姉さん。片付いているとは思うけど、多分俺が片付け苦手だからそう思うんだろうな。
 リビングに向かえばソファに座りテレビを眺めながら「あはは」なんて笑っている都さん。

「姉さん寝てたみたい。今片付けてるから少し待ってって」
「寝てたって……インターホン鳴らしたんだから気付けっての。んー、じゃあそれまで虎次郎くんに相手してもらおうかな」
「逆に良いの?都さんの相手を任せてもらえるなんて嬉しいな」
「え〜、可愛いね。お姉さんとお話しよっか」

 ぽんぽんと自分の横を叩いて座るように促される。少し照れるけれど、なんて隣に座ればこちらを見てニコニコと笑っている。

「そんなに見つめられると照れるな」
「いや、ほんと男前だね虎次郎くんは」
「そんなことないよ…でもありがとう。嬉しいな」
「う〜ん、良いね。弟にしたい。持って帰ろうかな」
「あはは、それじゃあ都さんちの子になろうかな」

 なんて他愛のない会話を続ける。都さんちの子になりたい訳では無い、なったら都さんと結婚できないし。未だ抜けない弟扱いは少し不服だがいつか絶対男として意識させたい。
 いくつか会話を続けていれば不意に「あ」なんて思い出したように都さんは口を開く。

「どうしたの?」
「そう、あのね。聞きたいことがあって」
「うん」
「男の子ってどんなもの貰うと嬉しい?」
「え〜難しいな。俺は都さんから貰えるならどんなものでも嬉しいけど、誰かにプレゼント?」
「ふふ、そう?…あのね、彼氏がね、誕生日近いんだよね。だから参考にさせてもらおうかな、と」

 照れたようにそう笑い「やっぱり気持ちが篭ってればってやつ?」とプレゼントの案を考えている様子の都さん。
 ……いつの間に、いつの間に彼氏なんてできていたんだ。この二年、そんな話聞いた事なかったのに。やはりもっと露骨にアピールするべきだったのだろうか。…というか、まだ中学一年生の俺では恋愛対象にもはいってなかったのか……まあ、あの弟扱いを見れば当然だろう。
 ぼんやりと都さんの彼氏について考えていればドタドタと階段を降りてくる音。

「ごめん大和田!めっちゃ寝てた!」
「携帯五回鳴らしたしインターホンも押したよ?」
「全然気付かなかった……ってなんで虎次郎は放心状態なの」
「さあ…?虎次郎くーん?」
「……あ、ごめん。ぼーっとしてた、姉さん片付け終わったんだ?」
「終わった、大和田行こ」
「佐伯の部屋って片付くことあるんだ」

 都さんがそうやってからかうように口角を上げれば姉さんに小突かれて、顔を見合せ笑いながらふたりは部屋に消えていった。
 都さんに彼氏が出来たからと言って、諦めるつもりは勿論毛頭ない訳だけど。それでも、彼女自身が今幸せならばそれを邪魔する酷い男にはなりたくない。

「……でも、絶対に俺の方が先に好きだったのになぁ」

 なんて言葉は虚しくも空に消えた。



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