「ん、あれ。サエじゃん、久しぶり!」
「……あ、都…」

 それはとても偶然で、突然の事に思考が止まる。見覚えのある黒髪に知らない制服、隣では彼女が不思議そうに首を傾げていて。ぐらりと煮えそうな頭の中、誰かに言い訳をするみたいに「えっと、」なんて捻り出せば都がふ、と俺の隣に目を遣る。

「あっ!ヤバ、お邪魔しちゃった…?ごめんね。それじゃ」
「ぁ、……行っちゃった」
「だぁれ?あの子」
「……幼馴染だよ、中学まで同じだったんだ」

 それだけ呟いて何となく、都の背中を見送る。本当、久しぶりに会った。下手すれば中学卒業以来になるかもしれない。
 中三…進学先の高校を決め出す頃、みんな六高に進学するものだと思っていたから直前まで確認することはなかったけれど、風の噂で都が地元から少し離れた高校に進学すると聞いた。
 真偽を確かめるべく、その事を彼女に聞いてみれば都はあっけらかんとした顔で「そうだよ」と一言だけ答えた。

 そうして卒業からほぼ二年、登校時間も合わなければ下校時間も合わない。休日と言えば俺は部活で都には都の用事があって。気がついたら会う事がないまま時だけが過ぎていた。
 ……あの頃まで、都のことがずっと好きだった。だけど、こうして会わない日が続き都には彼女の生活が、俺には俺の生活ができて。
 忘れるため…と言えば聞こえが悪いけど、前に進むためこうして彼女を作ったり。

「虎次郎くん?」
「…ん?ああ、ごめんね。ぼーっとしてた」
「あはは、珍しいね。……ね、あのね。今日、うちの親…夜まで帰ってこないから、」

 するりと伸びた腕が首に伸ばされ、ゆっくりと近付く顔に普段なら拒否なんてすることは無いだろう。だけど、何故か都の顔が過ってしまった。
 思わずすっと首を後ろには引いてしまう。そうすれば彼女は驚いたように目を丸くして。

「……っ、ごめんね。ちょっと今日は…ぼーっとしすぎちゃうから。また今度、ね?」
「そ、っか…。…じゃあ、もう少しだけ傍にいていい?」
「もちろん、…好きだよ」
「ふふ、私も」

 この子に何も不満は無いし俺には勿体ないくらいの良い子だ。好いてくれているのは充分に伝わっているし、俺も大好きな筈だ。
 だけど、何故か久しぶりに見た都の顔が頭からこびりついて離れないのだ。


────


「サエ、あの子と別れたって聞いたけど」
「あ〜……うん。そうだよ、振られちゃった」
「あのサエが?」

 自分でもだいぶ情けない顔をしていると思う。そんな俺を見ていつもみたいにくすくす、なんて面白そうに笑った亮に思わず苦笑い。
 そう、なんと振られてしまった。もちろん、自分で原因は分かっているし理由も聞いた。

「理由は?連絡頻度激しいからとか?」
「ううん、そうじゃなくて……」
「なに?」
「……虎次郎くんはほんとに私の事好きなの?って」
「ふぅん?でも、結構長かったよね」

 去年の夏からだから、もう一年以上は経っている。束縛されたい質な俺と心配性な彼女、相性は全然悪くなかった。
 そして、今回振られてしまった原因は多分……この前都に会ってしまったからで。忘れようとしていた、忘れかけていたはずの気持ちが妙に溢れてしまってぼんやりとしている時間が増えたように思う。
 彼女と居る時も都を考えてしまったりなんかして、それが何となく彼女に伝わってしまっていたのだろう。

「まあ…俺が悪いから」
「なんかしたの?」
「……何もしてないよ。ただ──」

 ここ数日あった経緯を少しだけ亮に話せば、「まだ拗らせてたんだ」なんてまた笑われてしまって。自分ではそんなつもりなかったけど、他人から見ればそうなのかもしれない。

「まあ、でも諦めるしかないでしょ」
「何を?」
「都、彼氏いるらしいし」

 大きく目を見開けば「知らなかった?」と言って少し気まずそうな顔をした亮。
 それもその筈、数年会っていない上に都の近況を聞く機会なんてほぼない。あったとしても都のお母さんから聞いた話を自分の母さんから聞く程度で。

 その後、亮と何を話したか…そしてどうやって帰路に着いたのか、あまりはっきりとした記憶はない。
 彼氏がいる、ということはここ最近出来た話でもないだろうし。というか俺とは連絡取らなかったのに亮とは取ってたんだ、とか。
 まあ、俺にも彼女が出来てからは異性と連絡をあまり取らないようにしていたからそれはお互い様だろうけど。それにしても都から連絡が来ることは無かった。

 もしかして俺は嫌われていたのだろうか。仲の良い幼馴染、中学の頃までは都も俺の事が好きだなんて思っていたけど、それは思い上がりでしかなかったのだろうか。…だから、高校も違うところに行ってしまったのか……?なんて考えていればドツボにハマって寝れなくなってしまった。グリグリと枕に頭を擦り付けながら溜息をつく。
 今更再燃したあの頃の恋心は、僅か数日にて叶わなくなってしまったようだった。


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