◈佐伯先生が修学旅行にいくはなし

「本当に大丈夫?」
「あのね、多分逆だと思う。出かけるのサエだよ?そっちの方が心配でしょ、普通」
「だって……」
「二日や三日だし家事なんて平気!お腹は痛いけど何とかなります!心配しすぎ!!」

 後ろから私を抱きかかえたサエは心配そうに首筋へぐりぐりと頭を沈める。
 現在月のもの真っ只中で、ダルい腰とお腹を温めてもらっていたのだけど。明日から修学旅行の引率として三日ほど家を空けるサエは、そんな私が心配で堪らないらしい。
 家事なんかはサエが率先してやってくれるから私は一向に苦手なまま。その上体調不良ド真ん中でグロッキーな私を置いて行くのが心配らしく、引率を休もうか…なんて考えていたから流石に叱った。

「せめて生理被ってなかったら心配も少なかったんだけど……」
「お腹痛いピークとかは多分今日だし平気だよ。ダメなら黙って鎮痛剤飲んで転がっとく」
「無理に家の事しなくていいからね、全部帰ってきたら俺がするし」
「疲れて帰ってきてるんだからダメ、というか私もできるからね?」

 心配してくれるのは嬉しいけれど、私を甘やかしすぎじゃないだろうか。心配のあまりか、お腹に回った腕が少しだけぎゅうと強く私を締める。
 ふぅ、と軽く息を吐きながらサエに凭れかかりつつ口を開く。

「忘れ物ない?」
「それは大丈夫。さっきも確認した」
「じゃあそろそろお布団行こ、ねむたい」
「…うん、くっついて寝よう」
「いつもと変わんないじゃん」

 くつくつと喉を鳴らしながら笑えばサエもさっきの心配そうな顔から一転、優しい顔で微笑みながらこちらを見ている。

「心配してくれてありがとうね。いつも感謝してます」を
「ふふ、俺が好きでしてるから」
「そりゃ変な趣味だこと」


────────


 次の日の朝、ちゃんと早く起きれた事もあり行ってらっしゃいのハグなんかをしちゃって、無事サエを旅行引率へと送り出すことが出来た。

 旅行期間中なんかは定期的に『大丈夫?』みたいな心配の連絡から始まり、名所や美味しそうな食べ物とかの写真が送られてきて、なんだかんだ楽しんでるみたいでひと安心。
 私はわたしで、体調はすこぶる悪くないけどすこぶる良くもなく、たぶん、至って普通。お腹痛いなぁなんてダラダラ怠慢に過ごしつつ、夜になるとひとり寝転がり少し広いベッドの上でサエからの連絡を待っていた。

 そうして気が付けばもうサエが帰ってくる日だ。夕方頃に『もう学校に着いたし諸々の作業が終われば帰れるよ。晩ご飯はお弁当でも買って帰るよ』なんて連絡が来ていた。
 別にもう生理なんて終わっているし、ご飯を作って待ち構えていても良かったのだけど。……お言葉に甘えて、だ。

 ぼんやりと時計を眺めていれば玄関先でがちゃがちゃと何やら物音と、聞き覚えのある「あれっ」なんて声。玄関まで真っ直ぐ向かい扉を開けてやれば少し驚いた顔のサエと目が合って、思わず口元が緩んでしまう。

「ふふ、おかえり。なにしてるの?」
「ただいま。ふぅ、少し荷物が多くてね。扉を開けるのに苦戦してた」
「じゃあもっと早くに開けてあげれば良かったね?荷物持つよ、早く入っておいで〜」

 手に提げていた袋を取りあげて家の中へと運び入れる。重たいキャリーを抱えながら家の中に入ってきたサエは少し大変そうだ。

「お疲れのところ悪いけど、洗濯物とか出しちゃって。旅行の話はご飯の時にでも聞かせて?」
「ん、わかった。でもその前にちょっと」
「なに?」
「会いたかった、ただいま」
「わ、……ふふ、ちょっと寂しかったよ。無事に帰ってきてくれて良かった」

 ぎゅうと抱き締められ、久々の心地好い拘束と安心する匂いに小さく笑みが溢れる。あやすようにぽんぼんと背中を叩いてやれば、また嬉しそうに笑うもんだから、もう、多分。骨抜き。
 さてと、まあ感動の再会をもう少し続けても良い訳だけれど、どうせならやることを全て終わらせてからの方が良いに決まっている。

「ん、続きはご飯食べてお風呂入ってからね。手伝うから荷物片してお弁当食べよ」
「うん。ごめんね、ありがとう」
「いいよ、私もしたかったから。ほらほら、早く早く」

 お弁当はできたてなのかほんのりと温かい。サエと自分のコップを用意して飲み物だけ準備。多分こちらの唐揚げ弁当が私のはずだ…うん、ご飯が小盛だしこっちだ。

「おまたせ、食べようか」
「いただきまーす。ここのお弁当好き」
「前言ってたよね、ここの唐揚げ好きって」
「よく覚えてたね?」
「都のことだからね」

 なんてくすくすと笑うサエはいつもの事だから「そっかぁ」なんて適当に流しておけば、サエも手を合わせてからお弁当に手をつける。
 もくもくと味わいつつ食べていればおもむろにサエは口を開く。

「俺がいない間大丈夫だった?」
「ん、っぐ…。それは体調面?生活面?」
「どっちも、かな」
「まあまあ平気だったよ、体調は可もなく不可もなくだったし、できることは全部したからサエがすることは無いよ」
「……そっか、俺の事もっと頼ってくれたらいいのに」
「いや、充分頼りすぎてるからね、私」

 現に晩ご飯の準備なんてできたのに、結局作らずお弁当を買って来てもらってるし、今はちょうど無くなってしまったお茶をついでくれている。なんなら洗濯物を出したついでか、洗濯機も回しつつ今は浴槽にお湯を溜めているようで。

「サエが居なきゃ多分、私もう普通に生活できないよ」
「……そういうの、良くないよ」
「いつもこれを求めるくせに応えたらそれ?」
「心の準備がね。……そう言って貰えるなら俺も都を甘やかしてきた甲斐があったな」
「いやほんと。ちゃんと最後まで責任取ってよね」

 なんて言い終わったと同時にぴったり、お弁当を食べ終わりゴミを纏めてゴミ箱に捨てる。
 そんな私の発言に度肝を抜かれているのか、ピタリと固まってしまったサエを横目に「早くしないと先お風呂出るよ」なんて声を掛ければ、我に返ったようにぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、ご飯をかき込んでいる。…ゆっくり食べればいいのに。


────────


「ん〜ぬくい」
「こうやって一緒に入るのも久しぶりだね」
「サエは一週間前後が久しぶりって思うタイプなんだ?」

 最後に入ったのは生理前。そこから約一週間経ったわけなのだけど。まあ感覚は人それぞれか、なんて己を納得させつつ肩まで沈み込む。

「旅行、どうだった?」
「楽しかったよ。生徒もみんな楽しそうだったし、色々興味深い話も色々と聞けたしね。勉強になったよ」
「私たちが学生の頃、興味なかった話も今聞くと面白いんだろうねぇ。もう一回修学旅行行きたいかも」
「今度一緒に行こうよ、楽しいと思うよ」

 旅行、そうか。最後にサエと旅行したのなんていつだろう。なんて思いをめぐらせてみるけど、遠出はした思い出があるけどちゃんとした旅行はなかったかも。高校の修学旅行で自由行動を一緒にしたくらい?
 まあ如何せん私が出不精なお陰であまりお出かけなんてしないけれど、日帰り旅行とかも楽しいかもしれない。サエだって仕事柄長い休みは取れないし。

「んむ、温泉日帰りとか」
「いいね。一緒に浸かって、」
「いや、別だよ。何言ってるの」
「……それ、一緒に温泉行く意味」
「ただ単に温泉に入るのが目的だからね、子供じゃないんだしひとりで浸かれるでしょ」
「都は本当につれないなぁ」

 混浴なんて普通に考えると絶対に嫌だし、貸切のお風呂とかそういうのになってくると日帰りでは勿体ない。
 そうなってくると行けそうな場所も限られてくるし、やっぱり一泊でも出来る方が楽しいんだろうな、なんて。

「ま、この話はまた今度」

 今はサエの話聞かせてよ、なんて目を閉じてサエの方へ体を預ければ小さく笑いながらサエは旅行での出来事を思い出すように話し出す。
 バスの中ではどうだったとか、あの観光地ではこんな話を聞いただとか、こんなハプニングがあって少し大変だったとか。
 今の私には味わえないような青春を感じてしまい少しだけ胸がきゅうと痛いけれど、どこか懐かしい…そんな心地好い気持ち。

「──が、……眠たい?」
「ううん、なんか勝手に懐かしくなってた。続きは?」
「綺麗だったから都とも見たかったな、って話。そろそろお湯もぬるくなってきたし上がろうか」
「そうだねぇ、あとは微睡みながらお布団の中ででも」
「……微睡んじゃうの?」
「……寝かせてくれないんだ…」

 「うん」なんて機嫌の良さそうな声と首筋に触る柔らかいくちびる。
 この後のことを少しだけ想像して、小さく胸を膨らませている私がいるのはサエには内緒にしたいところだ。

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