「ほ、本気でやるの?…嘘でしょ?」
「都が誘えば乗るでしょ」
「あのサエがどんな顔するか見ものだろ?」

 くすくすとふたり顔を見合せて笑う木更津兄弟。このふたりは本気で言っているのか。
 珍しく淳が帰ってきたかと思えばみんなで遊園地行こうだなんて、いつぶりかのお誘いに元気よく馳せ参じれば悪いことを考えている顔をしたふたりにがっちり肩を組まれ悪戯の相談。

「やめとこうよ。サエ、後々が面倒臭いよ?」
「大丈夫でしょ、サエってなんだかんだ甘いし。俺、この間のテストで都に英語教えたよね?都にしては良い点取ってたよね〜?」
「ほら、後でクレープ奢ってあげるし僕達は下で見てるよ。それに何かあったら代わりに怒られてあげる。聡が」
「いや首藤、とばっちり過ぎるでしょ…。……えー…ほんと怒られても知らないからね……」

 「大丈夫大丈夫」なんて過去一信用ならないお墨付きを貰い、剣太郎とパンフレットを覗き込んでいるサエを見遣る。
 ほんとにやるの…?なんて顔で往生際悪くふたりを見ればこくこくと頷いており、おずおずと今回のターゲットに近付き軽く肩を叩く。

「サエ」
「ん?どうかした?」
「あのさ、その。……乗りたいの、あるんだけど。一緒に乗らない?」
「いいよ、何乗りたい?あ、そういえば都って絶叫苦手な割にバイキング好きだったよね」

 これから起こることなんて一ミリも知らないサエは遊園地自体が楽しみなのか、ニコニコと機嫌良さげに笑っている。
 「僕もバイキング乗りたい!」なんてはしゃいでいる剣太郎とそれを宥めるサエ。少し、居た堪れない。

「そのぉ……観覧……車、と…か……」
「……本気?」
「……ほんき…かも……」

 眉を寄せたサエにしどろもどろ。サエが狭い所苦手なんて、私が知らない訳がないだろう。何年一緒に遊んでて、その内何回遊園地来たと思っているんだ。サエと観覧車なんてものは一回も乗ったことない。
 嫌とも言い出せない、そんな微妙な顔をして「う〜ん」と悩みこんでしまったサエ。助けを求めるようにちらりと亮と淳の方を見るけど我関せず、といった態度を決め込んでふたりともがそれぞれに明後日の方を向いている。他人事過ぎる、誰が言い出しっぺだよ。

「僕も観覧車乗りたい!」
「えっ…」
「ほ、ほら。剣太郎もそう言ってるし……!ね…?」
「……分かったよ。けど……」

 けど、に続く言葉はなんだったのだろう。喜びながら私たちの手を引き観覧車へと向かい出した剣太郎に遮られて聞くことは出来なかった。


「お前らもう観覧車乗るのかよ」
「観覧車の定番って割と最後じゃない?」
「わたしも、そうおもいます……」
「都ちゃん……じゃあどうしてそんな愚かな事を……

 列に並んでいる間、待機列の外からバネさんと真梨ちゃんに至極真っ当な事を言われてしまい思わず汗がダラダラ。あの悪戯大好き魔人達のせいだと言えずにもにょもにょと口ごもる。
 下で見ていると言った亮と淳はもちろん、ダビデと樹っちゃんと…後は珍しく首藤もお留守番らしい。何とかと煙は高い所が好きって言うのにね。

「都、順番来るよ」
「あ〜…うん」
「ねえ都…」
「ん?」
「俺も観覧車苦手だけど、」

 ──都も高い所苦手だったよね?
 ……あ。


────────


「わぁ〜!高いね!」
「……高い…ねぇ」
「……都ちゃん、大丈夫?」
「……だめです…」

 じぃっと灰色の床一点を見て耐えるしかない。それでもちらりと目の端に映り込む地上の景色にぞわりと背中が粟立つ。
 そうだった…。サエが苦手だという事ばかりが頭にあったけれど、自分のことを完全に忘れていた。だからサエとどころか観覧車自体に乗った記憶が無いんだ。

「サエさん…もしかして、サエさんも観覧車ダメなの?」
「……いや、そんなことな」
「でも顔色すごいよ」

 剣太郎の前では格好付けたいみたいだけど、遮られるくらいには普通に顔色悪いしいつもより覇気がない。

「ねえ都ちゃん、観覧車ダメなのになんでサエさん誘ったの?」
「……あのね、剣太郎。女にはやらねばならない時があるんだよ」
「都、あんまり適当言わない」
「……色々…ありまして。……あ、ほら。海見えるかもよ、私は外見れませんけど」
「わ、ほんとだ!サエさん!サエさんなら僕の家見えるかな?」
「どうだろう…。もしかしたら見えるかもなあ」

 楽しそうに外を覗く剣太郎、普通に尊敬しちゃったな。地上なんか見たら、地上からの高さをもっと自覚しちゃって余計に足が竦むだろう。
 サエも外をじぃっと見ているようで。確かに、外を見てる方が狭い所って感じないかもだし良いのかも。

「あぁあ……ちょ、剣太郎…ゆらさないで…」
「あっ、ごめんね……」
「こっちこそごめんね…バイキングなら付き合うから……ってサエは大丈夫?」
「……うん。大丈夫、大体わかった。亮と淳だね?」
「げっ……」

 不思議そうな顔をした剣太郎を他所にサエははぁ、と大きな溜息をつく。
 なんで急に全てを悟ったのか、目を丸くしていればゆっくりと口を開いたサエ。

「俺、さっき外見てただろ?その時になんとなくみんなの方見たらさ、双眼鏡でこっちみてる亮と目が合ったんだよ」
「目が合う、……めが、あう……?今ほぼてっぺんだよね?」
「まあサエさんって目良いもんね〜」

 いや、目が良いで済ませていい問題では無いかもしれないけど、八等星が見えるって噂で聞いたしそうなのかも。
 「で、どうなの?」と詰められてしまえば、逃げ場も無いし上手い言い訳なんて思いつく筈もない。

「やめとこうとは言ったんだけど…亮と淳に…買収されました……」
「何で買われたんだ?」
「クレープと私の代わりに怒られてくれる、です……」
「クレープ一つで買収された都ちゃん……」

 そんな目で見ないで欲しい。私だって流石にクレープひとつは安いと思う。でも、だって、英語得意で教えてくれるの亮だけだし……。

「じゃあ後で亮と淳に説教だな」
「……あ、首藤が代わりに怒られるらしい……」
「聡くんが!?とんだとばっちりだね!」
「全くあのふたりは……」

 しょんもりと小さくなっていれば困った様子の剣太郎に「僕も乗りたいって言っちゃったし…」なんて慰められてしまって。ふたつ下の子に慰められるって、悲しすぎる。

「ほら、だいぶ低くなってきたよ」
「ゔ〜…、ごめんね。無理やり……」
「もういいよ、俺も都と観覧車乗りたかったし。もちろん剣太郎もな」
「ついでみたいに言わないでよ!」
「ごめんごめん。でも本心だよ」

 ようやく地面に近くなり、ゆっくりと観覧車の扉が開く。未だ若干引けた腰で立ち上がれば「はい」と差し出されたサエの手。今は有難く借りることにしよう。

「つ、疲れた……。ふらふらする」
「剣太郎、都のこと任せていい?逃げたふたりの事追いかけてくるから」
「えっ、ちょっ、サエさん!?」

 ああ、ほら……サエにバレたら面倒臭いって言ったのに。呆れた様子の樹っちゃん達に事のあらましを話せば、「今回は都ちゃんも悪いのね」なんて軽く怒られてしまった。反省。
 まだ始まったばかりなのにだいぶ疲れてしまったな。

「私は一旦休憩で…」
「都ちゃんのことは俺が見てますから。みんなは遊んで来るといいのね〜」
「ほんと?じゃあ僕達行ってくるね!ダビデ、聡くん!行こ!」

 体力無限大だな、なんて走って行ってしまった剣太郎達の背中を見送りながらベンチに座ってはあ、と一息。

「飲み物買ってきましょうか?」
「う〜…お願いします…。お水お願いしていい?お金も…えっと、足りるかな」
「お水ぐらい別に良いのね。サエ達にはここに居るって一応伝えていますから、大人しく待っててくださいね」
「はぁい」

 ベンチの背もたれに寄りかかりぼんやりと空を眺める。本当に乗るんじゃなかった、なんて後悔してももう乗り終わったから遅い。

「あ、いたいた」
「お〜…こってり絞られたかい、悪戯魔人共」
「ほんとサエってねちっこい。ていうかなんであの距離で目が合うわけ?」
「ずーっと追っかけてくるんだもん、疲れちゃった」

 はぁーあ、なんて息ぴったりな溜息をつきながら私を挟むように両隣に座った亮と淳。
 怒られても反省していないのか「次はどうする?」なんて聞こえてくるからもうダメかも、この兄弟。

「みんなは?」
「樹っちゃん以外は遊びに行って、樹っちゃんはお水買いに行ってくれました」
「そっか。体調は大丈夫?」
「うん、だいぶ平気。あと少し休みたいけど」

 陽射しから遮るように前に立ったサエに甘えてサエを陽射し避けにする。秋になったとはいえ未だジリジリと暑い。

「おまたせなのね〜……って、サエ達もう戻ってたんですか。亮に淳、サエが昔から狭い所苦手なの知ってるでしょう?ダメですよ、そういうことするのは」
「はぁい。樹っちゃんに言われたらもう出来ないね」
「ね、樹っちゃんに怒られちゃったし次は違う方法にしよう」

 サエに怒られても言うことは聞かないくせに、樹っちゃんのお説教は素直に聞いくし、それでも違う方法で悪戯はするんだ…。なんて突っ込む元気もなく受け取った水を飲む。あ〜冷たくて美味しい。

「淳、俺たちお邪魔だろうしせっかくの遊園地だから遊びに行こう」
「そうだね、亮。樹っちゃんも一緒に行こう?サエ、これで手打ちね。じゃあねー」
「ちょっ、あぁ…行っちゃった」
「まあいいんじゃない?一緒にいたらまたなんかされるかもよ」

 そう言ってへらりと笑えば「それもそうか」なんて頬を緩ませ笑うサエ。

「折角みんなで来たからみんなで遊びたかったんだけどなぁ。バネとダビデ、U17の合宿に招集されてるみたいだし……」
「あ、そう。私ひとりではサエの相手は務まらない…と」
「えっ!いや、そういう事じゃなくて…!」
「わはは、焦りすぎ。さてそろそろ動こうかなぁ」

 ベンチから立ち上がりぐっと伸びをする。ここに来たら最低五回はバイキング乗りたいんだよね。寧ろバイキングしか乗らないかも、私。
 確かもう少し奥の方だったよね。なんて歩みを進めれば後ろからサエの少し慌てた声。

「サエは行かないのー?置いてくよ」
「えっ、と……」
「バイキング、付き合ってくれるんでしょ。五回乗るよ五回。連続ね」
「…はは、変わらないな。都は」
「えっ、今バカにした?置いてこうかな……」

 「してないって!」なんて素早い訂正にけらけらと笑う。
 そういえば昔から私の乗りたいのにずっと付き合ってくれてたな。お詫びになるか分からないけど、サエが乗りたいの乗っても良いかな。

「サエ、何乗りたい。お詫びに付き合うよ」
「一緒に乗ってくれるの?ジェットコースターとかフリーフォールとか……」
「絶対嫌だ、帰ります」
「付き合ってくれるんじゃなかったの?」
「それはそれ、これはこれ!」

 脇腹に軽く肘を入れれば笑いながら「何してもらおうかな」なんて考え出してしまった。するとは言ってない、アトラクション付き合うだけだって!

「あ、そうだ。写真撮っていい?思い出に」
「え〜…写真……。絶叫に比べればマシか…。ピンじゃなければ、まあ。」
「ありがとう、まだまだ来たばかりだからみんなでいっぱい撮ろうよ。お昼ぐらいに合流すればいいかな、みんな分かれて動いてるみたいだし」
「は〜い。お昼ご飯亮か淳に出させよ」
「それいいね」

 そんなこんなで適度に話していれば目的地が見えてきた。これ、ほんと好きなんだよね。浮遊感は気持ち悪いけど。

「ほら!サエ、早く行こ!」

 そう言ってグイグイと手を引いて列に向かうのだった。


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