「ただいま」
「おかえり〜」
「トリックオアトリート!」
「は?急すぎ」

 突拍子のない、トリックオアトリート。それもそのはず、今日はハロウィンだ。ニコニコとしたサエは、私が去年と同じくお菓子を持っていないと思っているのだろう。
 だけど、今年の私はひと味違う。去年負けてしまった私では無いのだ。机の上に放置してあった袋からカラフルな粒を幾つか取りだし、サエの口元にそれを運ぶ。

「はい、あーん」
「……なんだ、お菓子あったんだ」
「まりちゃんおすすめのスキットルズのサワーです。味わって食べなさい」
「なにこれ、ん〜…。チューイングキャンディ?」
「せいかーい。美味しいでしょ」

 「何味でしょう」なんて聞いてはみたけれど首を傾げているサエ。それもそのはず、複数の味をいっきに口の中に入れたんだ。分かるわけないだろ。
 去年はハロウィンなんてすっかり忘れていて、お菓子を用意しておらず無事…かどうかも分からないけれど、イタズラと称して五分くらい擽られた。
 それが悔し過ぎて、今年はスマホのスケジュールにしっかりと書き込んでいた事でおぼえていたから、イタズラを受けることはない。

「ふふ、じゃあ」
「ん?」
「トリックオアトリート。お菓子ちょうだい、 」
「え、えっと……あ、」

 お菓子を探しているのか洋服のポケットをポンポンと何度か叩いた後、何かを思い出したように口を開けたままのサエ。

「……都にあげようと思った飴、バネさんが喉痛いって言ってたからあげたんだった」
「ってことは」
「……降参、イタズラは何してくれるの?」
「……考えてなかったかも」

 サエのことだから、お菓子持ってると思ったのに。イタズラだなんてなぁんにも考えてなかったからうーんと首を捻る。
 擽ってもきっとそんなに効かないし、正直イタズラなんてものはなんにも思いつかない。

「…何もしないの?」
「……イタズラ、思い付かない…」
「あはは、都ってばいい子ちゃんだからね」
「うるさい」

 ぺしんと軽く抗議のように叩けば「ごめんね?」だなんて笑いながら謝るサエ。折角、サエにやり返せるチャンスだったのに。自分のイタズラの引き出しが無さすぎるせいで無駄にしちゃうかもなんて、悔しすぎる!

「ほんとに何も思いつかない?」
「なに、玄関先にトイレットペーパーでも巻き付けようか?」
「そんな本場のイタズラしなくても」
「ん〜…、あ。ペンあるじゃん。顔になんか書いちゃおっかな〜」
「…せめて水性ペンにしてくれよ」

 あ、いいんだ。手に取ったペンは油性マーカー、流石にこれで書くほど鬼では無い。確か私の机の上に水性ペンがあったはず。
 少しサエを待たせてペンを取りに行けば大人しく座っている様子のサエ。はて、何を書こうかなんて思いながら戻れば「何書くの?」なんて、考えていたことと同じ事を言うものだから思わず笑ってしまう。

「千葉のロミオと無駄にイケメン、どっちがいい?」
「なんでその二択なんだよ」
「ふふ、他に思いつかないから。ほら、目ぇ閉じて」

 そう言ってサエの方へ向かい合うように座る。素直に伏せられた長いまつ毛が妙にムカつく。こりゃ無駄にイケメンの方かな、腹立つから。
 綺麗なものを汚す、そんな妙な背徳感を覚えながらサエの頬を掴んでペンを滑らせる。
 両頬に書いた『むだに イケメン』の文字。

「フッ、っふふ、ふっ……あははは!!!」
「……満足した?」
「写真、写真撮ろ」
「もう好きにしなよ」

 むう、とむくれた顔でいじけているサエ。そんな彼の頬を掴んだまま写真を何枚かパシャパシャ撮る。どれ見ても写真の写りがいいの、何?顔が良いな、この男。

「はぁ〜満足した。いいよ、顔洗ってきな」
「……隙あり!」
「ぎぇ!ちょ、まっ」
「暴れると他のとこ汚れちゃうよ」
「く、クソ〜!ばかばか!」

 ほっぺたを滑るペンの感触。おかしいだろう、今日イタズラしていいのは私だけのはずでは?
 眉を顰めながら書き終わるのを待っていれば、書き終えたのかサエは満足そうに笑いペンを置く。

「さて、顔洗ってこようかな」
「ねえ待って、なんて書いたの」
「内緒。消しちゃダメだよ」
「絶対消すけ……うわぁ……なんだこれ……」

 サエを押し退けて洗面台の鏡を覗き込めば鏡には、右頬に『こじろう』なんて書かれている私の顔が映る。
 「自分のモノには名前書かなくちゃ」なんて楽しそうに笑っているサエ。何が自分のモノには名前書かなくちゃだ、子供じゃあるまいし!

「都、ほら。こっち」
「チッ、試合に勝って勝負に負けた気分なんだけど」
「はい、チーズ。ふふ、悪くないかも。次は都の名前書いてよ」
「書きませんが?」

 サエは満足したのか解放されたので、我先にと顔をゴシゴシ洗えば薄くなる『こじろう』の文字。ふう、一安心だ。こんなの明日まで残ってたら普通に恥でしかない。

「残念、落ちちゃった」
「来年からハロウィンのイタズラ禁止です」
「え〜都のケチ」
「ケチじゃない。はい、今日はかぼちゃのグラタンです。あとは焼くだけだから早く食べよ」
「ふふ、はぁい」

 顔を洗っているサエを置いてキッチンへと戻る。お母さん仕込みのかぼちゃのケーキもあるし、今日はかぼちゃだらけだ。
 ジャックオランタンの飾りでも置いておくべきだった?……今更過ぎるか。なんて考えながら晩御飯の準備を進めるのだった。
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