ゆさゆさと身体を揺らされ意識がゆっくりと上昇する。もう、今日は休みでしょ…、起こさないで……。

「ねえ都」
「ん……こーく、ん…起こさないで……」

 揺さぶる手はピタリと止まり、今だと言わんばかりに寝返りを打って背を向ける。
 目を瞑り奪い取った布団を抱き枕状態にしてまた眠りについた。

────

「ふあ…よく寝た…」

 布団の中で大きく伸びして横を見る。
 いつもなら朝からウザいくらい爽やかな顔で「おはよう。よく眠れた?」なんて訊いてくるサエは居なくて、ぼやっとした頭でトイレかな……なんて考える。

「起きた?」
「うお、ビビった! 起きました!」

 ぽやぽやとした頭で扉を見ていたら突然開いたから思わずびっくりして変な声が出てしまった。
 目を丸くしてじっと見つめれば照れたようにサエは笑って続ける。

「おはよう、フレンチトースト食べる?」
「食べるぅ…顔洗う……起こしてー…」
「甘えん坊だね」
「……気のせい」

 手を伸ばして起き上がらせてもらい大きな欠伸をしながら洗面所に向かう。前髪を留めてバシャバシャと適当に顔を洗いうがいをしてやっと目が覚めた気がする。
 ちょっと前髪長くなってきたなぁ…。なんて前髪を留めたままリビングに行けば、ちょうど焼いているのか美味しそうな匂いが漂っている。

「お腹空いた」
「もう出来るよ。あ、おでこ出してるの似合うね」
「どーも」

 香ばしいバターの匂いは空腹時に痛いほど刺さるな…。
 ぐぅ、とお腹がなって思わず押さえれば聞こえていたようでくすくすと笑い声が聞こえてくる。

「笑ったな?」
「笑ってないよ! はい、焼けたよ」
「わーい! サエのフレンチトーストすき!」
「そりゃ都のお母さんに作り方訊いたからね。気に入って貰えて嬉しいよ」
「えっ、わざわざ母さんに訊いたんだ……」

 確かに、家で食べていたものと遜色ないしフレンチトーストなんてどこも同じだろうとか思ってたのに、まさかわざわざ私の母親に訊いていたとは。
 まあそれでもフレンチトーストには罪は無いし母さんの味が一番だから良しとしよう。
 美味しくてついつい無言になって食べていれば、前に座って私を見ながらニコニコと笑っているサエ。

「なんか、今日キモいくらい機嫌いいね。なんかあった?」
「あれ、覚えてない?」
「なにを?」

 え、今日なんか記念日だったっけ、ド忘れしてしまった。素直に謝った方がいいのだろうか…なんて悩んでいればまだ機嫌は良さそうなので恐る恐る口を開く。

「なんか、あった日?」
「あったよ。でも寝惚けてたっぽいし都は覚えてないかもね」
「寝てる間に私なんかした?」
「久しぶりにこーくんって呼んでくれた」
「エ゙ッ゙」

 本気で一ミリも覚えていない。しかもこーくんって呼んだだけでこの男は朝からずっと機嫌がいいのか…!?
 幼稚園に通っていた間はサエのことを「こーくん」と呼んでいたしサエたちには、

「みぃちゃん」
「…なっつ、恥ずかしいね」
「可愛いと思うけどね」
「なに、そんなにこーくんって呼ばれたのが嬉しいわけ?」
「だって都、未だに下の名前で呼んでくれないから」

 まあ、確かにずっと「サエ」って呼んでるけどそれで慣れてしまったから仕方がない。今更名前の呼び方を変えるのも気恥しいしそのままでもいいのではないだろうか。
 最後のひと切れを口に運んで、よく噛んでから飲み込む。

「今更さ、虎次郎って呼ぶの恥ずかしくない?」
「凄く嬉しいし今呼ばれると思ってなかったから心臓バクバクしてる」
「ちょろすぎない?」
「良いじゃん、虎次郎って呼んでよ」
「要検討で〜。ごち!」

 お皿をシンクに持っていきそのままお皿を洗う。
 要検討だなんて言ったから少し不満げだけど、下の名前を呼んだくらいでそんなに喜ぶならもう少し有意義に使わせて貰わないと。

「……ねえ虎次郎〜、洗濯物畳むのやってくれると嬉しいなぁ?」
「…その使い方はずるいと思うな」
「してくれないの?」
「するけどね」

 ほら、ちょろい!何かお願いする時に呼ばせてもらおうかな。なんてちょっとずるいことを考えてみる。
 まあ、今更下の名前を呼ぶ私もかなり心臓はバクバクしているのだけど。サエには内緒だ。



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