突然鳴りだした携帯の着信に思わずびくりと体を揺らす。こんな時間に誰だ……、なんて考えてみるけど逆にこんな時間に電話をかけてくるやつなんて一人しか居ないだろ。
「もしもし、なに?」
「あ、出た。…元気してた?」
「ふは、一昨日会ったじゃん」
声の主は勿論思った通りだけど、昨日声を聞いた時より少しだけ落ち込んでいるような、そんな気がした。
充電の無くなりかけたスマホに充電器を挿しスピーカーにして布団の上に寝転がる。
「で、今日は何用で」
「…都って、進路希望どうした?」
「それ青学通ってる人に訊く?」
「あ、そうか。青学は中高一貫だったね」
うっかりしていた言わんばかりに一通り笑ってその後すぐ溜息をついたサエ。
「進路がどうしたの?」
「不二も青学?」
「まあ、そうじゃない? 大体がそのまま持ち上がると思うけど」
「中高一貫だしそうだよね」
サエはふぅ…と長い溜息をついて暫く無言の時間が流れる。
これはただの勘だけど、きっと進路関連かもしくは将来を考える中で何かあったのかな、なんて。私からは訊かないけれど。
「…俺も青学入ろうかな」
「……ふぅん? いいんじゃない?」
「えっ、てっきり嫌だ!とか言うと思ってた」
「まあサエの進路だし、サエがそれでいいならいいと思うよ。私はね」
寝返りを打ち天井に向かってぐっと手を伸ばして力無く落とせばぼすりなんて音を立てて布団の上に落ちた腕。
「ただね」なんて一呼吸置いて話を続ける。
「私ってこの二年くらい、何でかわかんないけど六角中の試合見に行ったわけ。練習も含めて」
「そうだね。いつも応援しに来てくれてた」
「…お前って奴は!…まあ、そこでサエ…六角みんなを見てて思うこともあったわけ。……きっとさ、サエはあの夏が忘れられないだけだよ」
あの夏…六角中、サエ達三年生の中学最後の全国大会。テニス部で過ごした三年間のことも、色々な事があって比嘉中に負けてしまった事も、全てのことが忘れられない…悔いの残る夏になってしまったのかな。
電話越しからは虫の声だけが聴こえてそっと目を閉じる。
「青学来るならさ、千葉からだと登下校に時間かかりそうだし部活とかできないかもね。部活しないなら、毎日…は無理だけど。たまになら放課後遊んであげてもいいよ。でも、テニス諦めていいの?」
「それは、」
「…じゃあ、テニスを諦めないとしてさ。青学でテニスして、サエはそれでいいの?」
「……」
また、沈黙の時間が続く。
あまり沈黙の時間というものは得意では無いのだけど、たまにはこうして静かに虫の声を聞くのもいいかもしれない。
少しの間そんな時間が流れて、ちょっぴり眠たくなってきた頃。やっとサエは口を開いた。
「俺は…六角のみんなと、まだテニスやりたいよ」
「うん」
「……話聞いてくれてありがとう」
「いつものことでしょ」
「それにしてもまた三年遠距離かぁ、寂しいね」
「あんたなんの話ししてる訳? むっつの時からずっと遠くに住んでるでしょ」
はあ?と聞き返せばさっきの悩みなんて吹き飛んだように「ははは」なんて笑っている。
本当に、訳が分からない。まあ何はともあれ、サエの中では納得のいく答えになったようだしそれでいいか。
「はーあ、眠たいから寝るね」
「あっ、電話繋げといてもいいかな。少しだけ…今日の復習したいから」
「いいけど……私が寝たら切ってよね」
「わかった」
少しだけ音量を下げて目を閉じる。
虫の声とペンを動かす音だけが聞こえていい睡眠導入剤だ。そのままゆっくりと意識を手放す。
繋がったままの電話に気付くまで、あと七時間。
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