✤そのに




とある日の練習中の事だった。オサムちゃんからの突然の指令、端的に言えば四月から来る転校生のお世話をしろとの事だった。
楽勝でしょ、なんて考えていた過去の自分を怒鳴り散らしたい。話には聞いていたけど、デカいし訛りすごいし突然居なくなってるしほんとになんなんだ。

春休みの練習中、何度かテニスコートに来ていた背の大きな男。
「千歳千里ばい」なんて人懐っこい顔で笑った彼はどうやらサボり癖というか放浪癖があるらしく、これをひとりで面倒みろとかオサムちゃんはアホなんやろか。

────

「千歳どこー!? 次移動教室やのに……」
「あ、大和田ちゃん!千歳ならさっき外歩いてたで」
「ありがとう、助かる!」

外、じゃあ中庭か?ぱっと窓の外を見ればのんびり歩いている千歳が目に入る。あのバカどこ行こうとしてるんだ…!

「千歳ー!ストップ!」
「ん、そぎゃんもだえてどぎゃんしたと〜?」
「授業に!出ろ!そこ動かないで!」

呑気に私に向かって手を振り返している千歳に少しイラつく。
友人に自分と千歳の分の教科書は持って行って貰っているしきっと大丈夫、……今のとこ負け越しだけど。
急いで階段を駆け下りて千歳が待っている所まで走っていけば、珍しいことに大人しくその場に立っている。

「はぁ…はぁ…次、音楽……」
「えー、音楽苦手やけん行こごたなかばい」
「はい、行きますよ!」

千歳の手を引っ張って歩き出す。
諦めたのか大人しく私について歩き出してくれてほっと一安心。久しぶりに勝ててほんとに良かった。

「なんでいつもおらんのよ、探す方の身にもなってや」
「授業出るんやおいかんもん」
「ちゃんと出てくれんと困る」
「何が困ると?」
「先生に千歳連れて来れんかったか…って言われるん私なんよ」
「そら大変ばい」
「他人事と思いやがって」

べしっと腕の辺りを叩いてやれば「暴力反対ばい!」なんて騒ぎ立てられる。
ちらりと時計を見ればチャイムがなるまであと一分もない。つまるところ走らなければ間に合わないわけで。

「千歳!走らな間に合わん!」
「やったら遅刻すりゃよかばい」
「よかない!はい!走る!」

手を引いて走り出せば文句を言いながらも早足になる千歳。私は走ってるはずなのに千歳は大股で歩いてるだけなの、腹立ってきたな。

────

チャイムが鳴り出すのと同じくらいのタイミングで到着。勢いのあまり思いっきり扉を開けてしまってクラスメイトの視線が集まる。
そんなことも気にせず先生の方に向き直り大きな声を出す。

「先生、セーフ!?」
「おお、大和田…と千歳!?初めて授業で見たわ…。しゃあない、千歳連れてきたし見逃したるわ」
「流石先生、太っ腹やな」
「もう帰ってよか?」
「よかない!席座りな!」

千歳は真ん中列の真ん中より少し後ろくらい。背中を押して席に座るよう促す。
私の席は廊下側の一番後ろ。既に教科書類の置いてあるそこに座れば千歳は空いている私の横に座る。

「ちょ、千歳の席ここじゃないよ」
「ここがいかんなら授業サボるばい」
「っ……!」

先生の方をばっと見ればやっと来た千歳が居なくなるのが困るのか、何度も頷く姿が見える。
仕方ないか、せめて千歳の席に置いてある教科書だけでも持ってこなければ。

「教科書だけ自分の席の取ってきな」
「え〜」
「……取ってくるから動かんといてよ」

わざわざ立ち上がって千歳の教科書だけを取ってきてあげる。
私が座れば授業が始まりだした。今日は何するんやろなんてぼんやりと教科書を眺めてみる。

「都」
「……なに?」
「眠たか」
「起きてなさい」

小声で何度も話しかけてくる千歳の相手を必死にしていれば、気付けば授業は終わりに向かっている。五十分、経つのが早すぎやしないか。
「ほな号令かけて」なんて先生の声がしてちょうど授業終了のチャイムが鳴る。
だるそうに立ち上がって頭を下げ颯爽と音楽室から出ようとする千歳の腕を掴む。

「どぎゃんしたと?」
「絶対次サボろうとしたでしょ」
「……そぎゃんこつなかばい」
「はい、次社会だから教室です。教科書持って、教室帰るよ」

教科書を押し付けまた手を引いて教室を目指す。
途中すれ違った財前くんからは「…大変そっすね」なんで哀れみの目で見られてしまった。

────

「…そんな感じで午後は勝ってたはずなんよ」
「おん。で、千歳は?」
「掃除の時は班違うからさ、目を離した隙に居なくなっておりまして……」
「大変やな。……ほな、連れてきてや」
「ぐっ…くーちゃんの人でなし!」

顔を顰めれば「そんなん言われてもなぁ」なんて適当な答えが返ってくるだけで。まあ、千歳のお目付け役を任命されてるのは私だから仕方がないのだけど。

「えー、もう嫌やぁ…。小春ぅ…、千歳どこおると思う?」
「千歳くんか?うーん、あのおっきい木のとこ居るんとちゃう?いつものとこの」
「面倒くさ…遠い…」
「ほら、飴ちゃんあげるから都ちゃん頑張ってや!」
「小春う……!」
「おい!大和田!小春に近付くなや!」
「一氏ほんまウザいって…。ほな行ってこよかぁ。練習ちゃんとしいや」

ギャンギャンと吠えたてる一氏を無視して小春から貰った飴を舐めながら目的地を目指す。
やっぱり掃除の班も一緒にしてもらうべきなのだろうか。いや、でもそこまで一緒になると心労が過ごそう。
四天宝寺の中で一番大きな木の下、草むら寄りの辺りで千歳はよく寝転んでいる。五時間目の前もきっとここでサボるつもりで外を歩いていたのだろう。

「千歳〜。あ、おった」
「んぐっ…見つくるん早すぎるばい…」
「もう部活ん時間やで。起きな〜」

休憩がてら傍に座り込み、仰向けで寝ている千歳の頬をぺちぺちと叩く。
不意に手首を掴まれたと思えばぐいっと引っ張られて千歳目掛け倒れ込んでしまう。

「ちょっ、何すんの」
「今日ん午後は都ん我儘聞いて授業出たけん部活くらいサボったっちゃよかやろ」
「我儘って、授業は出なきゃいけんものやからね?」
「どぎゃんでんよか、ボイコットや」
「も〜…、じゃあ私巻き込まんといて」
「都も俺ん我儘聞くべきばい」

絶対に譲らないというように掴まれた手首は振り解けそうにもなく、ただただ体勢が辛い。
諦めて少しだけ付き合ってやった方が言うこと聞きそうだな。

「わかった、付き合うからさ、せめてこの体勢キツいし離して」
「ん、俺ん腕枕にしてよかばい」
「よくないんよなぁ」

千歳の横に同じように寝転がりお腹の上で腕を組む。
良い感じの木陰にそよそよと心地よい風が吹いて少しだけ眠気を誘う。ここで寝たら負けな気がするけど、眠たいかもしれない。

「……十分だけやからね」
「しょんなかねぇ、わかったばい」

ちょっとくらいならサボっても許されるか、今日の午後頑張ったし。隣ではもう寝息が聞こえだして小さく笑ってしまう。
目を瞑り深呼吸すれば割とすぐに眠気が来てゆっくりと心地よい暗闇に沈んでいく。

────

「…っ、今何時…? …は!?」
「……ん、どぎゃんしたと?」

気付けば辺りは真っ暗で、時計を見れば部活はもう終わっている時間だ。
大慌てで千歳を叩き起してコートに向かえばもう皆帰ったのかガランとしていて、頭を抱えている蔵ノ介だけが立っている。

「……すみませんでした」
「あのなぁ…、一緒に寝とったらあかんやろ」
「都は悪うなかよ、俺がしゃんむり誘うてしもうたとが悪かけん都ばはらかかんじゃってほしか」
「……なんて?」
「ごめん、私もわからん」

それでもニュアンスだけは伝わってきたのか、蔵ノ介は怒る気を無くしたようで小さく溜息をつく。

「次からは気を付けや。都は帰る準備して…千歳は?」
「俺は着の身着のままばい」
「本気で言ってんの…?」
「都、気にしたら負けや。はよ帰るで」

部室に置いてある鞄類を取って出て鍵を閉める。
それを見届けて満足したのか千歳は「また明日」と言って帰ってしまった。

「ほんま千歳がわからん…」
「そんなに大変なんやったら別に世話焼かんでええんやで?」
「……まあ、一応顧問のオサムちゃんに頼まれたことやし」
「ほんま変なとこ真面目やな」

大変だけどなんだかんだこれが日常になりつつあるから、無ければ無くなったでちょっと寂しい気もする。
明日こそ全勝出来ればいいな、なんて。



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