ドッドッなんて張り裂けそうなくらい心臓は弾んで、余裕そうな顔で栗色の瞳はじぃっと私を見つめて全てを見透かそうとするかのように覗き込む。
数秒だけ、目を合わせるのが精一杯で。
もう無理だ、なんて我慢の限界に達してふっと目を逸らしてしまう度に。

「ダメだよ、逸らしちゃ」

長い指先は私の顎をすくい上げて楽しそうに目を細める。
今も尚大きな音を立てて鳴り響く心臓はまた目を合わせられる度に大きくなっていく。

「ふじ、せんぱ」
「違うでしょ?そうじゃなくて、」
「し、しゅう……す、け」

さん、なんて聞こえるか聞こえないか分からないくらいの小さな音がこぼれる。
恥ずかしさのあまり目の前がクラクラしてゆっくりと瞬きをする。
自分でも感じるほど熱くなったはずの額に軽く唇を落とされ、ちゅなんて可愛らしい音が静かな部屋に響き更に恥ずかしさで熱くてたまらない。

「みやこ。目、逸らさないで」
「でも、」
「でも?」
「はずか、しい……です」

恥ずかしさでいたたまれなくなりふっと目を伏せればクスクスと笑った不二先輩。
すぐ目の前に座っていた彼は一度私との距離を開けてくれる。そう言っても、手を少し伸ばせば届いてしまうくらいなのだけど。
すうはあと何度か息を吸って呼吸を整える。

「まだ慣れない?」
「慣れるわけありませんよ……!」
「ふふ、そう?」

慣れるわけない、とは言ったが中学生の頃に比べれば全然慣れたものだとは思う。
「みやちゃん」なんて呼ばれただけで顔は真っ赤になって、よく英二くんにからかわれたものだ。
高校生になって、あの不二先輩と付き合うようになって。
今では放課後の暇な時、お家に遊びに来て貰うような仲なのだから慣れてない方がおかしいのだけど。
それでもずっと憧れていたあの先輩の顔が至近距離にあるなんて、当時は思ってもみないことでそれには未だに慣れていない。

多分、もしかしたら周りの彼氏のいる子達はそういった事はもう済ませているかもしれないけど、私たちは未だに軽い程度のキスくらいしか経験がない。
こうやってほんの少し動けばくっついてしまうくらい顔を近付ける度に心臓は早鐘を打つのだ。
キス以上のことを、なんてそんなことが起こった日にはきっと心臓はいつも以上の働きのせいでピタリと止まってしまうかもしれない。

「考え事?」
「えと、少しだけ」
「僕といるのに?」
「……不二先輩の事ですよ」

そうやって、少しでも彼を動揺させてやりたくてせめてもの反撃として口に出してみる。
一瞬、呆気に取られたように目を見開くけどすぐいつもみたいにニコニコと笑って。

「不二先輩、じゃないよ」
「あ……」

やってしまった、という顔をしてももう遅い。
意識しないといつもこうだ。これでも何度目だろうか。
「周助さん」一人の時に何度か練習がてら口に出しては見たけれど、その度に照れてしまって結局呼べないままだ。

「不二先輩って呼ぶ度になにか罰ゲームでもしてみる?」
「そんな……ご無体な……」
「失礼だなあ」

ぎしり、周助さんが一歩近付く。
思わず後ろに後ずさるがまたもや距離を詰められて、とんっと背中に棚がぶつかる。
退路は立たれて顔と顔の間には拳ひとつ分くらいしか間はない。
「みやちゃん」なんて囁かれてびくりと肩を揺らす。
そんな様子が面白いのか周助さんは「ふふ」なんて笑っている。

「いいかな」
「な、なにが……」
「言わなくても分かるくせに」

また一段と近くなった距離に目をギュッと瞑り身を固くする。
周助さんの息が、熱がすぐに感じられてああ、するんだ……なんて。
覚悟を決めてほんの少し唇をとがらせた瞬間。

「みやこ〜? 不二が来てるのか?」

コンコン、と扉をノックする音と扉越しからするお兄ちゃんの声。
思わず周助さんを押しのけて「わあ!」なんて大声を出してしまう。

「どうした?開けるぞ…? お、不二! 久しぶりだな」
「……大石、キミは本当に間が悪いな。もしかしてわざとかい?」
「ん? 何が……ってどうした?みやこ」

先程のキス未遂と突然現れたお兄ちゃんのせいで有り得ないほどに心臓がうるさい。
でも、きっとお兄ちゃんの乱入が無ければ私の心臓はピタリと止まっていたかもしれない。

「もう! 大丈夫だから! 勝手に入ってこないでよ!」
「み、みやこ!」

お兄ちゃんを部屋から押し出して扉を閉める。
外では「なんだよ……全く」なんてボヤきながら部屋へと帰る音が聞こえた。

「みやちゃん」
「はい……?」
「こっち、きてくれる?」

扉の前から周助さんの座る場所まで行って目の前にしゃがみこむ。
徐に手を取られ疑問が浮かぶ前に、私の手は周助さんの胸元にあって。

「伝わる? 僕も、実は結構緊張してたんだよね」
「え、あ……わ、」

触れたところからは服越しにも関わらずドクドクと少しだけ早い鼓動が伝わってくる。
私ほどじゃないけれど、周助さんも緊張してたんだ。そう思ったら少しだけ笑えてきてふっと吹き出してしまう。

「どうしたの?」
「いや、その。周助さんも緊張するんだって」
「人間だからね、緊張くらいするよ」

顔を見合わせてクスクスと笑い合う。
そのまま少しだけ話を続けたあと周助さんは時計をちらりと見て「あ、帰らなきゃ」と帰り支度を始める。

「時間も時間だし、そろそろ帰るね」
「あ……はい! ありがとうございました」
「ううん、また遊ぼうね」

立ち上がった周助さんについて部屋を出て行く。
お見送りをするために玄関を出れば先を歩いていた周助さんはこちらに振り向く。

「それじゃあ、明日。また迎えに来るよ」
「はい、また明日」

「大石にもよろしく」そう言って手を振りながら去っていった周助さん。
はあ、行っちゃった。
欲を言えばもう少しだけお話とかしたかったけど、でも欲張ったら心臓が張り裂けちゃうし良かったのかもしれない。
角を曲がった周助さんを見送って私も家の中に入る。
いい匂いするなぁ、なんて思っていたらちょうど階段から降りてきたお兄ちゃん。

「今日のご飯、カレーだって」
「カレー! やったあ!」
「そうだ、不二は帰ったのか?」
「うん。お兄ちゃんによろしくって」

「そっか」なんて言いながらリビングに入っていったお兄ちゃん。
さて、ご飯の準備お手伝いしようかな。なんて腕捲りをしながらお兄ちゃんの後に続いた。




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