とんりょ 軍パロ



じっと息を潜め、気配を殺してスコープを覗きこむ。目標が現れるまではまだ、もう少し。
一口大のパンを咀嚼し水を流し込むが軽い空腹感に襲われる。だけどこの程度、スラムで暮らしていた頃に比べれば全然で。
配置について丸一晩程の時間が経った。予定の時間より、少し早いくらい。人影が映り込む。
……今だ。なんてスコープのど真ん中。
パンッ、と乾いた音が鳴り目標は倒れ込む。

「よしっ」

小さく呟いて確保していた待避ルートを使いその場から颯爽と離れる。
その場からある程度離れた頃、インカムに電源を入れて「あー、もしもし」なんて久々にちゃんとした声を出す。

「涼香さん!終わりました?」
「あ、エミさんだ。無事終わったよ。綺麗なヘッショ決めたわ」

グッと背を伸ばせばゴキゴキと骨が変な音を立てる。ああ、全身がが痛い…。マッサージ代は経費で落ちるだろうか。

「今から帰る」
「報告しときます」
「お願い」

インカムの通信を切り、ふんふんなんて陽気に鼻歌を歌っちゃったりして。
停めてあったバイクに跨り走り出す。
割と久しぶりな外での任務に体は悲鳴を上げていて、こりゃ迎え来てもらった方が良かったな?
目標は始末したし痕跡も消した。傍から見れば私は朝から気持ちよさそうにバイクで走る一般人だ。
早く帰って寝たい。その一心でさらにスピードを上げるのだった。

────

「ただいまー!」
「おかえりなさい」
「おー、おつかれ」

真っ直ぐ部屋に帰って寝ようと思ったけど、仕事がまだ残っていることを思い出し情報室へそのまま直行。
こんな朝っぱらから部屋にいたのはエミさんと兄さん。お茶を飲みながらゆっくりしているようだ。
エミさんがいたのは知ってたけど、兄さんも早起きだなぁ。

「ほんと疲れた」
「あ、お茶どうぞ」

ありがと、そう言って差し出されたお茶を一口飲む。
温かい液体が胃に入る感覚に少しぞわりとしたけど美味しいものは美味しい。

「今日のおやつは涼香ちゃんのためにケーキやで」
「…! 兄さん好き!」
「買ってきたの私ですけどね!?」

甘いショートケーキを頬張る。朝からどうなんだ、って感じもするけどカロリーって味がして任務の後は格別に美味しい。
もごもごと口を動かしながら書類を何枚か引っ掴み自分のデスクへ行く。

「部屋戻って寝ないで平気?」
「んー、まあ大丈夫でしょ。部屋帰って寝ようとも思ったんだけど、甘いものある気がしたから来ちゃったんだよね。エミさーん!お茶おかわり!」

情報組、まったりお茶とかしてるけど割と忙しいからね。出来る時にやっておかないと溜まる一方なのだ。
パソコンとにらめっこして打ち込みを続ける。

「でも、一晩は動かずじまいだったんでしょ?疲れてるんじゃ…」
「正直めっちゃ身体痛いからマッサージ代経費で落ちるか聞いといて」
「分かりましたけど……でも、休んでくださいね」

「うーん、いけるか…?」なんてブツブツ独り言を始めたえみさん。唯一の良心、さすが。押し通しといてくれると助かる。
ぐぐぐっと身体を曲げるとまた更にボキボキと酷い音。
兄さんの「うわぁ…」なんて声は聞かなかったことにしておこう。

────

「助かりました…涼香さんのおかげでこれギリギリ間に合いそうやわ」
「いやまあそんなにしてないんだけど、間に合いそうなら良かった。じゃ、私は部屋戻るね」
「はい、おやすみなさい」
「涼香ちゃん、ちゃんと寝るんだよ」
「分かってるって!おやすみなさーい」

手を振りながら情報室を出ていく。
うーん疲れた、目にも来た。3日くらい休ませて欲しいくらいだ。

「んぉ、涼香。帰ってたん」
「あ、おはよ。今日ちょっと遅いね? つい一時間前くらいにここ着いて、ちょっと仕事してた」
「ご苦労なこって」

大きな欠伸をこぼしたのはトントン。
いつもならもっと早い時間に起きて作業しているはずだが、もしや。

「徹夜?」
「……せやなぁ」
「お疲れ様です…」

さすが書記長様、うちのとこよりも全然…数倍も忙しいようで。
なんなら最近、また忙しくなってるみたいだ。

「なんかもう四徹目やし、ちょっと寝よう思って」
「奇遇じゃん。部屋まで行こっか」

並んで廊下を歩く。こんな時間に2人で歩くなんていつぶりだろうか。下手したら初めてかもしれない。
他愛もない、今回の任務の話とかをしていれば先にトントンの部屋近くに着く。

「ほな、また後で会うやろしまたな。おやすみ」
「んーおやすみなさい」

「涼香もお疲れ様」なんて呟いてぽんぽんと頭の上に手を置いたトントン。
少しの間が流れたあと、彼は恥ずかしそうに「…じゃあ」と呟いて部屋に入っていった。
ふらりと歩き出して部屋に向かう。
途中ですれ違ったあんずちゃんに何か言われた気がするけど何も思い出せない。

「…うれし」

撫でられた頭に触れて感触を思い出す。
自分の体が汚いことなんて忘れてそのままベッドに倒れ込むのだった。



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