あんずちゃんとりょーかちゃん



慣れていることだった、全部。

「お嬢!行ってらっしゃいませ!」
「うん。行ってくるね」

いかにもそういう筋の人、みたいな車から降りて校門から玄関口までの道をとぼとぼと歩く自分。
別に、送り迎えが珍しい訳じゃないんだ。
私の存在が珍しかっただけ、多分だけど。

この大きな街ではヤクザ、なんて職業が珍しい訳では無い。それでも私が通っていた中学ではどうやら珍しかったらしい。

─────

「おはよう!」

そんな元気な声が響く教室。新学期ということもあり仲のいい友達と同じクラスになれて嬉しそうな同級生達。
女の子同士がグループになって楽しそうに話している。はあ、小さく溜息。私には相も変わらず友達なんていない。
怖いおうちだから、そういう理由で仲間外れにされているらしい。

「おはよう!涼香…ちゃんだよね?」
「え…っと……おは、よう…?」
「んふふ、やっぱり!私ね、あんず!よろしくね」

声を掛けられるなんて思ってもおらず、びくりと肩を揺らす。こうやって話し掛けられるのなんて入学したすぐの頃以来かもしれない。

「あんず、ちゃん」
「そう!これからよろしくね」

隣の席に座って私には眩しすぎるくらいの笑顔で笑うあんずちゃん。
ああ、でも私なんかに話しかけたら…。

「あっ、ねえあんずちゃん!」
「ん?どうしたの?」

ほら、やっぱり来た。所謂女子のボスだ。
ヒソヒソと、それでも私に聞こえるくらいの声の大きさで続ける。

「久下さんのお家、ヤクザで怖いお家なんだよ?あんまり関わらない方がい、」
「え?知ってるけど……」
「じゃあなんで話しかけてるの?」
「涼香ちゃんのお家が怖くても涼香ちゃんはいい子だよ!だって私見たもん。みんなが掃除サボってるのに涼香ちゃんは1人でしてたよね?」
「えと、そうだっけ」

へらりと笑えば「してたよー!私ちゃんと見たもん!」なんて頬を膨らませているあんずちゃん。
確かに、私がいるとみんなは近寄りたくないらしくよくひとりで掃除はしている…気はした。ていうかみんなサボってたんだ……。
そんなとこでやめておけばいいのにあんずちゃんはまたさらに口を開く。

「私は私が付き合いたい人と付き合うの。忠告のつもりか知らないけど、家が怖いかより人のこと悪く言う人の方が付き合いたくないかな」
「……っ、行こ」

ズバリと言われてしまい居た堪れなくなったのかそそくさと散っていったボスと取り巻き。
可愛い顔に似合わず、自分の意見をしっかり言える子なんだな。少し、いやかなり尊敬する。

「……良かったの?」
「なにが?私は涼香ちゃんと仲良くなりたかったから、あの子たちのことなんてどうでもいいの」

家の事で縮こまって、自分の意見も言わず大人しくやり過ごそうとしている私とはまさに正反対みたいな子だ。

「だから、仲良くしてくれると嬉しいな」
「……ふふ、こちらこそ」

学校でなんて久しぶりに笑った気がする。
少しだけ、憂鬱だった学校が楽しみになったかもしれない。

────

「お嬢、なんか今日ええ事でもありました?」
「え…なんで?」
「いつもより機嫌良さそうやから」

部屋で寛いでいる途中、部屋に入ってきたトントンに話しかけられる。そんなに顔に出てたかな、私。

「なんか、友達できた」
「…ついに!?」
「うん。すっごくいい子だよ」
「……親父に伝えてきます」
「は!?待って、そんな大事みたいにするのやめてくれない!?」

深刻な顔をして部屋を出ようとするトントンを止めるのにはかなり時間と体力を費やした。
なんでわざわざ友達できたくらいでお父さんに報告しなきゃいけないんだよ!


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