立海クリスマス
あぁ、クソっ!どうしてこうなったんだよ!
ホントだったら今頃、あんず先輩誘ってふたりでデートしてたはずだったのに!
いざ誘ってみれば丸井先輩と仁王先輩に邪魔されて、あんず先輩はあのふたりに連れ去られてしまった。
生憎、それ以外予定を入れてなかったせいで今年のクリスマスは大好きな先輩とではなく家に帰るまでひとりで過ごすことになりそうだ。
「切原くんじゃーん、なにしてるの?」
「げぇっ!……真田センパイ、コンニチハ…」
「げぇって何?失礼過ぎない?」
突然現れた影に思わず声を上げてしまった。
呆れた顔をした真田先輩、俺が所属する立海テニス部副部長である真田弦一郎の双子の妹だ。
一度だけ、初めて会った時に生意気な態度をとったところ言葉のまま……ボコボコにされてそれ以来正直かなり苦手な人だ。
「で、何してるの?」
「……散策してマス」
「はは、あんずちゃんに振られて落ち込んでひとりで歩いてんだ〜!」
「ンだと!?全部知ってんじゃないっスか!」
人のことを指さしながらゲラゲラと笑う先輩に思わず声を荒らげる。
この人はいつもこうやって俺を笑いに来るから、そこも苦手な原因のひとつだ。
「可哀想に」
「そう思ってるんなら丸井先輩と仁王先輩どうにかしてくださいよ!」
「う〜ん、砂糖吐きそうだからなぁ」
「種ヶ島先輩には塩撒いてたくせに!」
「アイツは駄目、なんなら岩塩撒きたい」
急にふっと真顔になり目据わってんのがすげぇ怖い。
あんず先輩に断られた時……厳密に言えばあのふたりに断られた時、丸井先輩と仁王先輩の勝ち誇った顔を思い出して少し泣きそうになってきた。
「可哀想な切原くん。特別に君の暇を潰してあげるよ」
「いや、別にいいっ……」
「さ、行こっか」
「えっ、ちょっ、えっ!?」
グイグイと腕を引っ張られて商店街へと続く道へ歩き出す真田先輩。
嫌だと言っても、振り払おうとしてみてもビクともしない。真田先輩、幸村部長のことを「パワーSバスターゴリラ」なんて陰では言ってっけど幸村部長がそうならこの人もパワーAバスターゴリラだろ。
「とりあえず買い物するから付き合ってよ」
「え〜…」
「肉まん買ってあげようか」
「行きます」
「現金だね、君は」
真田先輩、案外いい人かもしれねぇ。
逃げる気がないと分かるや否や、掴まれていた俺の腕は解放されて空を切る。
その勢いのまま近くのファミマを指さして「コンビニ」と呟けばふっと笑った真田先輩は口を開く。
「肉まんはセブンでしょ、常識的に考えて」
「いや別にどこでもいい……」
「セブンでしょ」
「……そッスね」
これ以上は背負われた竹刀が袋から抜かれてしまう。一度だけそれで殴られかけたのは若干のトラウマだ。
一生この人には逆らえねぇ…ぶるりと身を震わせながら適当に相槌を打っていれば目当ての店に着いたようだ。
「荷物持ち頼むよ」
「ウッス」
「男手助かるわ〜」
「…先輩の方が腕力強いっしょ」
「は?」
「なんでもないです」
適当にぽいぽいと投げ込まれる食材を見る限り、恐らく真田家の今日の晩飯は鍋なのだろう。
徐々に重くなっていく買い物かごを持ち直しながらカート押してくればよかった、なんて今更後悔している。
「切原くん、なんかお菓子いる?」
「じゃあポテチ」
「いいね〜色々買っちゃお」
重くなるかごに耐えれず「真田先輩」と声を掛ければこちらに振り向いた先輩。
「カート持ってきてくださいよ」
「切原…、たるんどる!」
「ひッ!…っクソ!ビビった……!」
「ははは、弦一郎のマネ似てた?」
「かなり」
レジに行けと促されレジ前にかごを置く。
大家族といえど、かなりの量を買っているような気がする。それにお菓子とかジュースとか、まるでパーティーをするみたいだ。
あの家でクリスマスパーティー?絶対にないな、とかひとりでしていればレジ前の真田先輩に声をかけられる。
「お菓子だけでもいいから袋に詰める、はい早く!」
「人使い荒れえなぁ……」
「……切原」
「すんません!」
お菓子を奢ってもらいこの後肉まんも奢ってもらう手前、この人に対して口答えは出来ない。
会計が終わったのかこちらに向かってきた先輩は主に鍋の食材を詰め出す。案外手際が良く綺麗に詰めている。
「今日鍋ッスか?」
「そうだね〜、人数多いから」
「八人家族でしたっけ」
「うん、まあ今日は幸村くんと弦一郎と柳と、あとモカちゃんとまりちゃんと私…と切原くんだけなんだけど」
「え?えっ?」
「さてと。行こうか、家」
理解が追いつかずにひたすら「え?」という一文字だけを連呼し続けていれば何かを思い出したように顔を上げた先輩。「あ、先にコンビニか」そう呟いた真田先輩はセブンに向かって歩き出す。
……一体、どういう事なんだよ!全然説明しねぇなこの人!
────
「美味しい?私の買った肉まん」
「……美味いっす」
「そりゃ良かった」
「で、どういうことなんッスか」
何が?という顔をした後少し考え思い当たる節があったのか「あぁ」と小さく声を漏らす。
肉まんを食っている間荷物を持つと言って一人でほぼ全てを持てている辺り、正直俺の手伝いなんて要らなかっただろう。
「今日さ、幸村くんの突発的な発言による完全に巻き込まれクリパだよ」
「部長が?」
「モカちゃん呼べって」
「あぁ……」
「で、柳も増えたらまりちゃんが増えて」
気付けば六人、どうせ赤也も暇だろうと満場一致でそんな話になり買い出しついでに俺を探していたらしい。
つまりあの時出くわしたのは偶然ではないみたいだ。
「あんずちゃんにデート断られてた話したら、柳が多分あの辺歩いてるだろうって」
「俺のぷら、プラ…?何とかがねぇ!」
「それプライバシーじゃない?まあそういう訳でね、来てもらうよ」
どうせ暇とか決め付けられてた上に無理矢理参加とかほんと有り得ねぇ!
ぐるりと後ろを向いて帰ろうとすれば「ねぇ」とドスの効いた声が聞こえて、錆びたロボットみたいにゆっくり振り向けば静かに微笑んでいる真田先輩。
「肉まん食べてお菓子買ってもらって、それ?」
「いやッ、その、えーっと……」
「因みに幸村くんからの指名だよ、あと良い話あったんだけどな」
「幸村…部長から、あと、良い話って…」
「あんずちゃんも来るらしいよ」
「行きます」
「ちょろ!」
食い物で脅された時点でかなりぐらついていたけど、あんず先輩がいるなら話は別だ。
真田先輩が両手に持っている荷物をすっと取り上げて意気揚々と真田家に向かう。
「何してんスか先輩!行きますよ!早く!」
「現金なヤツだな〜…、心配になってきた」
「ほらほら!クリパ楽しみだな〜!」
────
家に着いた頃、もう既に全員揃っている様でワイワイと騒がしい。
いちばん広い和室に向かい襖を開ければ一番最初に目に入ったのはまりちゃん。他人の家だというのに我が物顔で炬燵で寝ている姿は流石と言うべきか…、そんなところが大好きだ。
「ただいま、買ってきたし切原くん連れてきたよ」
「おかえり、お前っておつかい出来たんだね」
「まあ……幸村くんよりは出来ると思うけど」
「それは…俺に喧嘩を売ってるのかい?」
寒い中外に放り出された事を思い出し嫌味らしく言ってみれば、幸村くんの発する冷えた空気に耐えられなくなりふっと目を逸らす。
逸らした先にはムスッとしている丸井と仁王。
どうやらあんずちゃんを巡った闘いは勝負つかずでこうなったのに不満気な様子だ。それを見れただけで私は満足だ。
そんなふたりとはうってかわり、あんずちゃんと過ごせなくて落ち込んでいた切原くんは今では逆に上機嫌だ。
「真田先輩!ほんとありがとうございます!」
「いいんだよ、丸井と仁王の邪魔したかっただけだし」
「邪魔しよって…」
「ホント、仁王とバトってたら途中で呼び出されっし、ツイてねぇよな……」
ぶちぶちと文句を垂れるふたりに思わず笑いがこぼれる。応援はしているけれど、邪魔しないとは言っていない。定期的に茶々を入れてからかいたくなってしまうのだ。
「涼香ちゃん!クリスマスパーティー誘ってくれてありがとう!」
「え〜!あんずちゃんが喜んでくれて嬉しいなぁ」
ちらりとふたりを見れば喜んでここまで来たあんずちゃんを見て何も言えなくなったようで、また黙り込んでしまった。
そういうところなんだよな、本当に。でもこれが見たかったから今日は正直もう満足だ。
「あっ、お鍋の準備手伝うよ!」
「ごめんね、ありがとう。料理あんまり得意じゃないから助かる!ねえ、弦一郎!運ぶの手伝って」
「ああ、分かった」
荷物は全部弦一郎に押し付けてあんずちゃんとふたりでキッチンへ向かう。
足りない分のケーキはジャッカルが来る途中で買ってきてくれたみたいだし、完全に和室だけど小さなツリーもあって何とかクリスマスパーティーっぽくは見えるだろう。
中学最後のクリスマス、多少豪勢にやっても罰は当たらないはず。
さて、楽しいクリスマスパーティーの始まりだ。
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