あれやこれや1




木兎光太郎ひげ事件

「ひ、ひぃっ……!!」
「涼香ちゃん!?どし、何?ほんまにどしたん?」

 突然の悲鳴にどうしたんかと思って、見てた自分のスマホを投げ捨ててまで急いで駆けつけたら、スマホを握りしめわなわなと震えている涼香の姿がそこにはあった。
 ブルブルと震えながら、扉を開けた俺を見るや否や「こ、これ」なんて言ってスマホの画面を見せる。
 そこには涼香の推しらしい、ぼっくんが載った雑誌の表紙。確か、インタビュー受けたとか言うてたな。

「ぼっくん?がどしたん?」
「ひ、ひひ、ひげ、ひげが……!」
「あー、最近なんか伸ばしとるみた……何?どしたん?」

 落ち込んだように俯く彼女に何て声をかければいいのか分からず、近くにしゃがみこみ様子を窺うしかない。
 突然、ぽそりとなにか聞こえた気がして耳を澄ませる。

「……ます」
「ん?なんて?」
「降ります……」
「な、なにから……?」
「……木兎くんの、ファン……」

 ……いやそんなに!?なんて口が滑っても言えず、曖昧にニコリ……と笑うことしか出来ない。そんなにヒゲ、嫌いなんや。
 思い返せば、一緒に寝だした頃やったか。朝方のひげが疎らに生えた顔で擦り寄ろうとすれば、めちゃくちゃに拒否された記憶がある。それ以来朝はきちんと剃っていた。

「俺は、生えてへんよ」
「……せやな、侑はツルツルやな……」

 未だ画面を見つめながらメソメソとしている涼香ちゃん。この程度では慰めにもならなかったようだ。
 高校時代からめっちゃ好きやったのに、ひげ生えただけでこんな落ち込んで。……え、もしかして。俺生やしてたら、別れるとかなってた?なんて考えたら少しだけひんやりと背筋が冷たくなる。
 まあ、でも?ぼっくん推すんやめたってことは?多分、いや自分で多分とか言っておいて癪やけど。次点なら俺のはず。

「……次は誰応援するん?」
「ウウ……やぱ元気もりもり夜久衛輔くんしか信じられへん……私の最推しは夜久くんや……」
「いやMSBYですらないんかい!俺がおるやろ!」

 なんでそうなんねん!!それはおかしいやろ!!そんな悲痛なツッコミも涼香の耳には届いてないみたいやった。

────

「涼香ちゃん」
「なに?」
「ぼっくんにひげ生やした理由聞いたら、サンタさんになって子供たちにプレゼント配りたいからやって。やっぱぼっくんの考えることはようわからん……」
「え……?……っぱ、木兎くんよな!メロ……。一生ついてく!でもひげは嫌かも!」
「……もう、涼香ちゃんがそれでええならもうええわ……」


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セッター枠はひとりまで

 ぼんやり、侑を背もたれにしながらテレビを眺める。ちょうどバレーの試合が流れていて、何となく思ったことを口に出す。

「及川くんって、顔良いよね。かっこいい」
「アカン!!!」
「う、うるさ……」

 耳がキンとして思わず眉を顰める。
 アルゼンチン代表の日本人選手。侑と同じセッターで、確か日向くんと同じ宮城県出身なんだっけ?詳しくは知らないけれど、顔が良いことだけは知っている。

「なにがアカンの?今更やん、侑以外の選手好き言うてんの」
「もうぼっくんとかは諦めたけど、俺以外のセッターはアカン!セッターは俺だけでええ!」
「はあ……?」

 つまるところ、ポジションが被ってるやつはダメらしい。なんだ、それは。意味が分からない。独占欲の方向、間違ってへん?
 なんて怪訝そうな顔がモロに出ていたのか、それを見てかもにょもにょと「やから、アカン……」とか言っている侑。しょーもない。

「別に推しと彼氏はちゃうやろ」
「やっ、でも!ぐ……今ので丸め込まれた自分が悔しい」
「はいはい、続き見よ。あ、ほら及川くんトス上げたよ」
「俺の方が!上手い!」
「ああ!もう!勝手にチャンネル変えんなや!」

 ぴゅっと取り上げられたリモコン。このテレビでバレー以外の映像が流れてんのは珍しい。それほどまでに、侑は私に及川くんを見て欲しくないらしい。
 まあ、別にええんやけど。なんて美味しそうな料理が流れる番組を眺めるのだった。


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あの日見た太陽

 あの時も、稲荷崎の吹奏楽部は春高の応援に行った。

 当時一年だった私も勿論応援に行って、楽器を吹いた。その時の試合結果は覚えていないけど、鮮明に覚えている事があった。
 稲荷崎の応援ではなく、確か休憩時間で。偶然、友人と見た試合だった。
 コートの中で誰よりも高く翔んだ選手。かっこよかった。あの時の私には、クラクラ、チカチカと目眩がするくらい眩しかったのだ。
 集合時間が差し迫っていたから、試合も途中で出てしまい彼の名前も学校も、あの時は分からないままだった。

 帰り支度をしていた時、バタバタとしていたから慌てていて、不覚にも階段から滑り落ちそうになった。「危ない!」なんて先輩の声にぎゅうと目を閉じたけど、衝撃はなかった。
 今だって覚えている。「大丈夫!?」なんて、すんでのところで受け止めてくれたのは、あの高く翔んでいた彼だったのだ。
 あの時はきちんとお礼を言う暇もなく、「木兎行くぞ!」なんて声と共に「気をつけて!」と走っていった、ボクトくんの後ろ姿を見るしかできなかった。

 その後、縁がありあの『木兎くん』は東京の梟谷学園の人だと知った。勿論、試合の度梟谷の名前を探して、暇さえあれば応援の合間を縫って試合をこっそり見ていた。
 三年最後の春高、あれもきっと一生忘れはしないだろう。最初に見たあの時より、高く高く翔んで、思わず目を細めてしまうくらい眩しい彼の姿を。

 その後だった、あれよあれよと侑と付き合って同棲を始めて。アイツがプロのチームに所属するだとかで、応援していたんだけど。気付けば同じチームに木兎くんの所属が決まっていた。
 夢かと思った。彼氏と推しが同じチーム?わけがわからない……。混乱したものの、侑に木兎くんのファンであることは言ってなかったし、言うと面倒くさそうだったから言わなかった。

 そんな選手と直接会って話したら取り乱すだろう。もちろん、不覚にも取り乱した。恥ずかしかった。
 その後、侑にバレてしまったなら仕方ないと開き直って木兎くんのユニフォーム着て応援へ行ったりしたけど、案外拗ねたりはしなかった。……その日はかなり構ってちゃんになってはいたけど。

 彼は、木兎光太郎という選手は、私にとって太陽みたいな人だ。手は届かないし触ろうとも思わない。ただ眩しくってあったかい人。
 きっと、私はいつまで経っても彼のことを応援し続けるのだろう。
 

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