勝てない相手




「涼香ちゃん、そろそろ腹決めや」
「い、いや。無理待って、そんなん治だけで行けばええやん、別に私なんか」
「アカン、ツムにも呼ばれてんねん。行くで」

 嫌やほんまに。嫌、やって、MSBYってことは、あの人がおるってことで。あの人に会ったら正常でおれる自信ない。そう言ったのに、試合後ズルズルと引き摺られて訪れた侑のところ。
 出店していた治のお手伝いしてただけなのに、何故。試合後の差し入れと挨拶って、わたしいらんやろ……。
 ぎゃあぎゃあと控え室近くでゴネていたらバン!っと開いた扉。

「そんなに俺に会うん嫌なん!?」
「うるさ……いや、侑じゃなくて。いや、その」
「ツムツム、それ誰!?」
「ギャー!?!?」
「えっ、うるさ!?え!?なに今の涼香ちゃん!?」

 こんな大声、自分でも出るんだ?ってなるぐらい大きな叫び声が出てしまう。あの黒い虫が出た時でさえこんな声は出ない。
 ドッドッと心臓は早鐘を打ち鳴らし、どうして良いのか分からず視線を彷徨わせる。

「リョウカちゃん?あれ、ツムツムの兄弟じゃん!そっちは……サムサムの彼女とか?」
「ちゃう!俺のや!……り、涼香?」
「ひ、ひぃ……まぶしい……死んじゃう……」
「涼香ちゃん。俺のこと盾にすんのやめて」

 思わず治の後ろに隠れてうわ言のように「ひぃ」と繰り返してしまう。りょうかちゃんって、涼香ちゃんって呼ばれた。怖い、推しに名前を呼ばれてしまった。認知されてしまった。
 
「サム、これ、なに?」
「あー、なんか……」

 侑と治が喋っているけど何も耳に入ってこない。
 ニコニコと──木兎くんに見られているのが耐えられない。なんで、こんな、見てくるの?こわい。なんか、視界に入ってこようとする。なに?小さく呻き声を上げながら双子に助けを求めているのに助けてくれそうにない。辛い。

「涼香ちゃん、挨拶せな」
「無理……」
「こんちわ!」
「ギャ!」
「ぼっくん、もう一回挨拶してみ」
「こんにちは!」
「ギェ!」

 ひーんなんてべそべそになってしまう。なんで味方のはずのふたりして私をいじめるのか。いや、侑に関しては普段の仕返しな部分はあるだろうか。謝るから許して欲しい。

「ぼっくん、ごめんな。この子ぼっくんのファンみたいで、めっちゃ緊張しとるっぽい」
「えーっ!俺の!?うれしい!りょーかちゃん?だっけ!ありがとう!」
「ひぇ、ぐ、……その、高校の時から……ファンです……」
「嘘やろ!?」

 嘘じゃない。木兎くんは覚えていないだろうけど、高一の時に実は少しだけ話したことだってある。
 偶然見た試合で誰よりも高く翔ぶ選手は、私にはクラクラと目眩がするほど眩しかった。そして、そんな彼にその後のちょっとしたことで助けて貰ったのだ。
 ……なんて、そんな経緯を掻い摘んで説明をすれば全員目をぱちくりとしている。そりゃ、熱量の気持ち悪いオタクを見たらこうなってしまうだろう。穴があれば入りたい。

「〜っ、ちょー嬉しい!ちゃんと覚えてないけど、なんかそんなことあった気がするし、もっかい会えて良かった!握手!」
「ワ、ワァ……」
「あかん、涼香ちゃんがキャパ超えてちいかわみたいになってしもた」

 ブンブンと振られる手、ああ、もう。このまま死んだっていい……。どうしよう。手ぇ、絶対洗わへん……。

「なんか不服やわ。ぼっくんのこと好きって聞いたことない」
「言うてへんもん……」
「俺より好きなん?」
「……選手としては、いちばんすき」

 ガーンなんてショックを受けている侑を他所に、こんなこともう一生起きんかもしれん。認知されたのは誤算やけどもう直接会う気もないし、最後に言いたいこと言っちゃえ!なんて勇気をだして木兎くんに向き合う。

「あ、あの!」
「どしたの!」
「その……ずっと、ファンです。応援してます……頑張ってください……!」
「ありがとう!頑張るから見てて!あ、そうだ!りょーかちゃん写真撮ろ!あとサイン!ツムツム撮って!」
「なんで俺が撮らなアカンねん!」

 あれよあれよと混乱してるうちに、肩を組まれてパシャリと写真が一枚。写真フォルダに入ったそれを呆然と見つめていれば後ろから聞こえる「流石に汗まみれのユニフォームにサインしたの渡すんはやめて!?」の侑の声。私、何渡されるん……?

「ツムツムがダメって言うし、今度サインしたやつ預けるからツムツムから受け取って!」
「や、やっ、流石に」
「遠慮しないで!」
「エェ……?」

 トントン拍子に話が進み理解が及ばない。ていうか、こんな長い時間お邪魔しちゃ悪い。ど、どうすれば。

「さ、さむ。はやく、早く帰ろう。差し入れわたして、はやく」
「限界ぽいしもう行くか。送って帰るんでええ?」
「もうちょい待ってくれたら俺も帰れるんやけど!?」
「も、もう帰る。無理だ、たすけて。かえります」

 もう限界だ、耐えられない。もう一度治を盾にしつつゆっくりと後ずさる。
 「バイバーイ!」なんてブンブンと手を振っている木兎くんにペコペコと頭を下げながら控え室を後にする。だ、ダメだ。つかれた。

「涼香ちゃん、もうちょいで侑終わるらしいし離れた所で待っとく?」
「うん……疲れてお腹すいたしそうする」
「おつかれさん、あー面白かった」

 笑い事では無いのだけど。はあ、と肩を落とす。木兎くん、近くてみると大きくて眩しくてかっこよかった。まるで太陽のような人だった……。なんてぼんやり数分前のことを思い出すけど、夢のような時間で詳しく思い出せない。
 ほんと、かっこよかったなぁ……なんて今日何度目か分からない溜息をつくのだった。


────────────


「はい、これぼっくんから」
「エッ……ユニフォームだ……」

 帰ってきたばかりの侑から手渡されたのは小さな袋だった。中身を出せば、木兎くんのサインがでかでかと入ったユニフォーム。
 どうやらこの前のことは夢ではなく、本当やったみたいで手元に、約束のユニフォーム。

「この前渡す言うてたやん?それ」
「……家宝にする。ね、ねえ。これ着て応援行ったら、ヤバいかな……」
「俺の着てかんのにぼっくんの着てくん!?酷ない!?」

 う、嬉しい。正直、木兎くんの背番号のユニフォームを持ってはいる。着たことはない。クローゼットにしまっている。あと侑のユニフォームも持っている、だいぶ前に押し付けられた。
 でも、サイン入りなんて着ていようものなら変な噂が経つかもしれない。悔しいけど、これは飾るだけにしてクローゼットのやつ着ていくか……。

「それにしても、あんな取り乱しとる涼香初めて見たわ」
「……一生の不覚。もう会うことないやろし、あれが最後」
「……また呼ぼうかな」
「やめて?ほんまに」

 けけけ、と笑っている侑を諌めながらユニフォームをぎゅうと抱きしめる。認知されたく無いとはいえ、推しからこうやってサイン貰うと嬉しいものだ。

「悔しいなあ。俺のことは?推してくれてへんの?」
「はあ?推しと彼氏は全然ちゃうやろ。そもそも、彼氏のこと推し言う女あんま好かへんのよな……」
「……ふ、ふーん……でも複雑やわ。どっちにしろ、俺と出会う前からぼっくんのこと好きだったとか言われたら、勝たれへんわ」

 なんて言ってちょっとだけ凹んだ様子の侑。そんな些細なことを気にしていたのか、こいつは。

「まあ、侑と木兎くんは別枠やし気にするだけ無駄やろ」
「……俺のこと好き?」
「はいはい、好きよ。……ああ、待って、木兎くんにこれのお礼言わなあかんかな……会いたないし、なんか差し入れ用意して……」
「なーんか腑に落ちん!」


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