グラスの氷がとけるまで


甘いチョコを二人で


わりぃな、明日は仕事が立て込んでんだ


お昼からお邪魔して夜ご飯も済ませて、そろそろ解散かなという空気がただよう日曜日の夜。いつもなら「大好きな彼に会えたしまた一週間がんばるぞ」と気合を入れるところだが、明日はただの月曜日じゃない。


分かった、じゃあいま渡しちゃうね


当日に渡せないのは少し残念だけど、タイミングを逃すくらいならフライングする方が良い。私はカバンから、ピンクのリボンでラッピングされた文庫本くらいのサイズの箱をいそいそと取り出した。彼はよくコーヒーを飲むので、コーヒーに合うチョコレートを調べて百貨店で購入していたのだ。
そう、明日はバレンタインデー。備えあればうれいなし、ちゃんと持って来ておいて良かった。


1日早いけど、バレンタインのチョコ。日ごろの感謝をこめて。


そう言って箱を手渡すと、予想はしていたのか「おう、ありがとな」とあっさり受け取られる。彼はかっこいいし、中央区主催のラップバトルに出場した経験もあって、そこそこ有名人だ。バレンタインのチョコレートはもらい慣れているんだろうな、なんてつい邪推してしまう。


なあ、まだ時間あるンなら一緒に食おうぜ


突然の申し出にびっくりしていると、畳みかけるように「飲み物いれてやんよ」と言い残して台所へ行ってしまった。付いて行って手伝おうかと思ったけど、テーブルにチョコを用意しているように言われて大人しくリビングへ向かう。人にあげたものの包みを開封するのは少し不思議な感覚だけど、いま出来ることはこれくらいしかない。
リボンを外して包装紙を綺麗にはがし箱のふたを開けると、甘い香りがふわっと広がった。どんなコーヒーにも合わせやすいというコメントを見かけて選んだ、ナッツが乗った一口大のマンディアン。お高めのチョコはちゃんと香りがするんだな、なんて感心してしまう。


待たせたな


こっそりチョコレートを写真におさめていると、カップを3つ乗せたトレーを彼がテーブルに置いた。そのうち2つのカップが、私の手元に差し出された。のぞき込むと片方からは香ばしい匂いが、もう片方からは甘い匂いが立ちのぼっている。


もしかしてこれ、コーヒーと……ホットチョコレート?
ああ、よく行く中華屋のおっちゃんからもらった板チョコ、冷蔵庫に入れっぱなしだったの思い出してよ


まさか、あげたその場でチョコレートが返って来るとは思わなかった。いや、彼としてはお返しのつもりではないのだろうけど。


おいしそう、いただきます


さっそくホットチョコレートにありつこうと息を吹きかけていると、彼がマンディアンを1つ口に放り込む。甘すぎないだろうか、ちゃんとお口に合っただろうか、とドキドキしながら、カップの中身に口をつける。彼がナッツを噛みくだく音が聞こえて、私の口の中にはまろやかな甘みが広がって。温かいものを飲んでほっとしてカップから口を離すと、隣に座る彼がこちらを直視していることに気づく。その綺麗な赤い目に吸い込まれるように視線がかちあって、触れるだけのキスをした。


チョコうまいわ、さんきゅ


そう言って彼は2つめのチョコを口に入れる。
私は甘さをごまかすように、今度はコーヒーに口をつけた。

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