烏は主を忘れない

「オレも参加していいの?」
 ユートからの誘いにリトは尋ね返す。
「ああ。賑やかなほうが喜ぶはずだから」
 ユートに連れられてリュストカマー基地敷地内の端へ足を運ぶと、先に集まっていたサンダーボルト隊の隊員たちが桜の木の下にブルーシートを敷いて準備を始めていた。当初はシデンがブリジンガメン隊を偲ぶために開いた小さなものが各隊に広まって、こんな形で不定期に開催されている。
 リトはこの催しが好きだ。どんな性格だったのか、腕はよかったのか。自分の知らないエイティシックスたちの話を聞けるから。ただ置いてきぼりな気分も味わうので、適度に距離を置いていた。
 宴も酣に入り、興が盛り上がれば恋バナに花が咲くのは必定。連邦に来て恋人ができた隊員がチラホラいて、やっかみやイジりも兼ねて馴れ初めを追及される。ちなみにその全員がパイ投げの刑をきっちり受けている。
「こういう話はあの子が聞いてくれたのに」
「あの子?」
 こってり搾られた女子隊員が零した三人称にリトは首を傾げる。
「ユートと初期から同じ隊にいたやつ。大攻勢の直前に死んじまって」
 ユートにそういう存在がいたというのは初耳であった。寡黙であるせいか、浮いた話は聞かない。
「その後のユートがめちゃくちゃ大変だったんだよな〜。アイツの穴を埋めようと無茶したし、一週間くらいずっと一人になって」
「他の隊員のフォローがめちゃくちゃ上手かったから余計にな。なんだっけ、夫婦漫才? みたいな」
「戦場ですんなよ」
「阿吽の呼吸じゃない?」
「それだ!」
 どっと笑いが起こる。湿りかけた雰囲気はどこへやら。
「占いが得意で、あまりにも的中するもんだから神託とか呼んでたよな。パーソナルネームもそれ由来だったっけ」
「ああ」
 ユートが短く静かに答える。
「隊長と副隊長の関係だったけど、実際はあいつのほうがご主人サマって感じだったよな」
「えっ」
 信じられないと驚くリトの横で、当事者であるユートも何故か目を見開いていた。
「そうだったか?」
「はい無自覚。ユートはあいつが何でも理解してくれてるからって省いてたことが多かっただろ。甘えすぎ」
「アイツが橋渡しになってくれなかったらお前ぼっちまっしぐらだったからな」
 それから留まるところを知らぬように隊員たちから次々とユートへの文句が湧き出た。こんな風に容赦なくダメ出しされるユートは珍しい。
「それはどうかなー。ユートが甘えてたというか、あの子が甘やかしていたというか」
「あー……」
 やっと反駁が出たかとなったが、今のを総括すると。
「結局どっちもどっちだってこと?」
「「「「そう」」」」
 区切りがついて、別の隊員の話題へ移る。変に湿っぽくなるよりかはいい。大事な仲間の話をするときは楽しかった思い出のままがいいから。
 当事者ながら口を挟んでこなかったのが不思議でユートを探すと、輪から一歩離れたところでユートは何か考え込んで紙コップの水面を見つめていた。
「どうした?」
「一週間で区切りを付けられていたのか、と思ってな」
 その姿は落ち込んでいるように映ったが、そんなことでとリトは呆れとともにため息を吐いた。
「一週間も、じゃないの」
 仲間がバタバタ死んでいった日々で毎回喪失を引き摺っていたら心が保たない。削がれぬよう段々と無意識に体が、心が戦場に順応していく。
 そんななか、切り替えが上手いユートが一週間も引き摺ったのはそれほど情をかけていたことの証左だろう。ユートと彼女の絆が深かったことは今日はじめて聞いただけの自分にも十分伝わっている。
「女々しいな」
「そう? 人として当たり前でしょ」
 苦笑したユートがぱちくり弾く。
「……リトはすごいな」
「なんか褒められてる気がしないんだけど」
「ちゃんと褒めているぞ」
「ほんとー?」
 桜吹雪がふわりと舞う。喜ぶように、嬉しがるように。
 形あるものを何も残せなかった子供らの、形なきものを語り継ぐ宴は過ぎていく。

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Boy Meets Lady