春遠からじとも

 夜も更ける頃、ヴィーカはとある人物を見つける。
「クロウ」
 ユート・クロウ。サンダーボルト隊の隊長である少年がひとり、ふたつの缶と腰掛けていた。
「ヴィーカは夜更かしか」
「そんなところだ。そっちは?」
「同じようなものだ」
 会話が途切れる。それで終わってもよかったが、ヴィーカの瞳はあるものを目敏く拾っていた。
「レルヒェ、二人きりにしてくれないか」
「終わりましたらお呼びください」
 忠実な従者の足音が離れ、ヴィーカはユートに近寄る。
「卿には忘れられない人間がいるんだな」
「ああ」
 ユートが即答してくれるとは予想しておらず少しばかり驚いたヴィーカであったが、ややあって核心に踏み込む。
「誰か別の人間を愛せる日が来ると思うか」
「……俺の答えがヴィーカの答えにはならないだろう。そもそも俺とヴィーカとでは置かれている状況が違う」
「卿の意見を聞きたいんだ」
 レルヒェが去った場所を一瞥していたユートはそうかと無表情で頷くと、星瞬く夜空を仰ぐ。その横にはプルタブの立った缶とそうではない缶が寄り添っていて、誰かを偲んでいることは容易に想像できた。
「先々のことはわからない、というのが俺の意見だな。八六区に追いやられて、エイティシックスはいつか死ぬ生き物だと理解していたくせに、一緒に戦場を駆け抜けてきた彼女が明日も隣にいると信じて疑わなかった」
 大人びた横顔が寂しそうに見えたのは己の願望かもしれない。
「とても大事だったんだな」
「この鉄仮面を最初から最後まで諦めずに理解しようとして、誤解されることを仕方ないと受け入れた俺を最初に叱ってくれたのは彼女だったから」
 パーソナルネームは大陸南西の国において矢と愛を司る女神に仕えたとされる巫女の名から。聞くところによると東方の血も混じっていたそうだ。
「彼女以上の物好きが現れることはまずないだろう」
 何について物好きであったか。あえて踏み込まない情緒くらいヴィーカとて持ち合わせていた。
「わかるのはこのまま春が来なかったとしても、逆に過ごしたい冬が巡ってきたとしても。どちらにしろ彼女は笑ってこちらの話を聞いてくれるということだ」
「何故わかる」
 言い切ったユートにヴィーカは眉を顰める。他人の心など、ましてや死者の心など生者は永遠にわからないのに、どうして確信を持って断ずることができるのか。
「何故って、そのくらい言葉がなくとも理解していた仲だからだ」
 なんの気負いなく、当たり前の事実をユートは伝える。それが二人の絆の強さを端的に表していた。
「俺の傍にいることが彼女の願いだった。それを最期に知れただけで十分だと今は納得している」
 今は。
 当時はそうではなかったとも受け取れる。この無機質に等しい彼がその地点に到達するまで相当の時間を要したのだろう。
「ただ」
「ただ?」
「まだ当分は春が来なくていいと思っている」
 表情は変わらない。けれどもユートの心情は慮れて、ヴィーカもまた彼の思いに共感した。
「ちなみに卿の胸の好みは彼女譲りか?」
「そうだが」
 臆面もなく答えやがった鉄仮面に笑いが込み上げる。
「彼女には言えないな」
「たしかに」
「レルヒェ、もういいぞ」
「はっ」
 すぐさま現れたレルヒェは何かに気づいたように長い睫毛を瞬かせた。
「……何やら機嫌が良さそうですな」
 ヴィーカとユートは互いの顔を見合わせる。
「そうだな」
「まあな」
「?」
 男同士の秘密のやり取りに首を傾げるレルヒェに、ヴィーカはわからなくていいと眉を下げる。
 春が来なくても、過ごしたい冬が来たとしても。
 君を忘れないことは確かなことだから。

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Boy Meets Lady