最後の言葉

なあ、俺がなんでそんなことしたか分かるか?
お前のことを素直に愛せば、素直に優しくすればいいはずなのに、なぜわざと突き放してたか分かるか?
なぜ冷たくしていたか分かるか?
お前が望むもの全て与えてやるし、お前がしてほしいことなんでもしてやる。俺の全てを使って愛してやるよ、そうできるさ

だがなぜそうしなかったか分かるか?

そう、言われるからだ

俺は悪魔だ
悪魔は世界の全ての悪の根源とされ、最低最悪の使族だと言われ、現にお前も地獄に突き落とされたような顔してんじゃねえか。
ああ、地獄は俺たちの故郷だっけ?

だけど……だってそうでしょう?!私も少しは知ってるわ。色んな使族を絶滅に追いやったし、色んな使族を襲ってて食べてたって。殺して恐怖を……世界に蔓延させて、悪魔がいなくなったから世界は平和になったって……

歴史の勉強でもしようか。
紀元前50年に始まり、使歴1年。悪魔を滅ぼしたのは誰だ?

え、……て、天使でしょ?そう聞いたわ。
今はいないけど、相打ちになって死んだって

何を隠そう、その天使様は俺だ。

は?え?

天使はなんて伝えられてる?
たしかそう……アークエンジェルのような白銀の翼に、宙に浮いた輪っか……完璧な容姿……影から光の粉が滲み出ていて……

ほら。簡単だ。

お前たちが悪魔と呼んだものも、天使と呼んだものも、両方"俺たち"だ。

なに?どういうこと?だって悪魔は……

まずそこから間違ってる。
人魚もそうだろう、お前たちは勘違いされてるんだろ?自分たちが嵐を呼んでいる、クラーケンをおびき寄せている、歌で他人を操ると、そう勘違いされてたよな。
俺たち悪魔もそうだ。
世界中に恐怖を撒き散らし、人々を苦しめ、そもやも全ての悪の始まりは悪魔のせいだった―噂が独り歩きし、噂が噂を呼び、話に尾ひれはひれを付け、しまいに元の形から完全に歪んでしまった。
誰かのせいにしたい世界様は、全ての悪を俺たちのせいにした。わざわざ「悪魔」というごたいそうな名前まで付けて

でも……現に絶滅した使族はいるわ。そうでしょ?それも間違ってたって言うの?

いいや。
俺たちのうちの誰かが、ある使族を絶滅させていたのはたしかだ。絶滅させたのは恐怖の悪魔、殺人の悪魔、加虐の悪魔、王の悪魔、
傲慢、虚栄心、強欲、嫉妬―そして何より、悪。お前たちの言う「最悪」の欲求から生まれた悪魔がやったんだ。

は……?え……?
どういうこと?悪魔はたくさんいるの?いや、たくさんはいるんでしょうけど、それが……

俺たちは生まれた時から決まってるんだ。どんな悪魔として生きるか。
傲慢の悪魔は、文字通り傲慢だ。相手をみくだし、人の上に立つことを幸いとして生きている。虚栄心は自分の能力に対する過信。自分が優れていると信じて疑わない、だからこそ自分の力を知らしめるような行動を繰り返す。
人間の欲望は多様化した。初めは単純だった生理的欲求―食欲、睡眠欲、性欲、承認欲求……それが時代とともに細分化していった。人を殺すことに快楽を覚える者、他人を見下すことで自分を立てて生きる者、人を怖がらせ恐怖に貶めるのが好きな者、権力に取り憑かれ王になるまでのぼりつめようとする者。
そういった欲望が生まれる度に、俺たち悪魔は一人ずつ増えて行った。

使族を絶滅させたのは、そういった欲望の悪魔だ。あいつらが自分の思うがままに、自分に定められた生き方のままに、人を殺し、いたぶり、襲い、恐怖を与え、地獄を作った。

じゃあ……え……ラムズは?天使は?

人間が持つ欲望は、悪をなす欲望しかないか?
他人を助けること、敬うこと、愛を持つこと、知識欲、探究心、音楽、芸術、ゲーム、それらに熱中するのも、人間だろうが。俺は宝石の悪魔。宝石を愛してやまない人間の心から生まれた悪魔だ。
天使は何かって?正義の悪魔さ。
公明正大、常に全ての平等を解き、不埒なことを許さない、それが正義の悪魔。まだいる、英雄になりたい悪魔、慈しみを持つ悪魔、母性本能の悪魔、平等を求める悪魔……。恐怖や悪を好む悪魔たちのせいで俺たちまで狙われるようになった―だから俺たちは天使と名乗り、そいつらを殺すために戦争を仕掛けたんだ。

ただし悪魔を殺せるのはエクソシストだけ。つまりお前のような、人間以外の使族の神力持ちたちのこと。だから俺たちは自分の力を貸し、同じ悪魔を裏切り、天使という使族だと嘘をついて、向こうに味方した悪魔も道ずれに―半数以上の悪魔を殺した。

それで……そのあとは?

傲慢の悪魔が死ねば、人間は傲慢ではなくなるか?
殺人の悪魔を殺せば、人間はもう殺人をしなくなるか?
違うだろ?

じゃあどうなったの?今もいるの?

いるさ。生まれてくるんだ。
人間の欲求から消えない限り、俺たちは死なない、ただ巡り巡って戻ってくるだけ。
だが俺たちはそういった悪魔が現れる度に殺しているんだ。生まれると分かれば即座にフェアリークイーンのもとに会いに行き、そいつを殺してもらう。
俺を初め、酒の悪魔も、愛の悪魔も、性欲も、睡眠も……そういった人間にほとんど害を及ぼさない悪魔はまだ生きている。


だがそう……俺たちはたしかに「悪魔」だ。そのためにしか生きられず、その極限を成す存在なのだから。
やめられないし、俺たちの欲に際限はない。
エルフが中庸で生きるように、俺たちはその極端に生きているのさ。そのためにいかな手段でも取れる。それ以外を持っていないから。
人間の欲は中途半端だ。性欲はあっても抑えられる者もいれば、ときおり歯止めが効かなくなるもの、尽きない性欲に苦しめられつつも、自分を変えてまで他人と関わろうとしない者。宝石で少し自分を着飾るのが好きな者、宝石を他者に与えるのが好きな者、宝石が好きでも愛する者が生まれればそいつに渡すことができる者。
どこまでの欲求を持つか、どこまでその欲求を突き詰めるか、どんなふうに欲求を消化するか……それは己次第。

だが俺たちは違う。極限まで愛さなければならない。どんなものでも。
殺人の悪魔に殺人をやめることはできない。それがそいつの生だから。そうとしてしか生きられないから。それをせずにはいられないから。俺もそう、そのためにしか生きられない。文字通り、そのためにしか。

じゃあ……え……悪魔は……
でも人を食べていたって……それもそういう悪魔が……


神は悪魔をどうしたかったんだろうな?
救いを残したかったのか?それとも全ての悪を背負わせたかった?
俺は宝石の悪魔だから、宝石以外に何も感じることができない。どんなに美しいメロディも、香り立つ豪華絢爛なディナーも、神秘的な情景も、頬を撫でる心地よい風も、俺は何も感じられない。匂いも味もない、快楽もない、感覚がない。仲間との絆、勝利の喜び、愛する者との別れ、何も感じない。何もない。
俺が感情を持てるのは宝石を前にした時だけ―宝石を手に入れればうれしいし、宝石を見ていれば美しいと感じ心が満たされるし、宝石を失えば悲しむし、壊れれば絶望する。
それで終いだ。

だが―神は俺たちを救ってくれたつもりらしい。一つだけあるギフトをくれたんだ。

ギフト?

何も愛せない、何も感じられない俺たちに唯一、自分の司るもの以外の感情を与えてくれるもの……それが、お前たちを食うことだ。
使族と|獣人《ジューマ》ならば、味がある。美味しいと思える、食事の満腹感、飢餓感、多幸感、それを感じられる。しかも多種多様に。
だから俺たちは食ったんだ。趣味として。

でも……じゃあやっぱり!

そうだ。だがそのせいで、悪魔は酷く嫌われ、絶滅まで追い込まれた。だからもう食ってない。食ったらバレるから。俺たちが生きてるって。
神に与えられた「宝石」以外の皮肉的な感情を、誰もが持ちうる感情を―俺たちは手放した。俺たちだけは"悪魔"になってしまうから。

俺は愛を知らない。宝石を愛したことしかないから。だが……俺はお前を愛している。たしかにお前の体は美しい、お前の鱗は好きだ。見ていて幸せな気持ちになる。
だが、俺はお前自身が俺を見てくれたらと思うし、できうる限りお前自身を幸せにしたいと思う。そばにいてやりたいと思うし、全ての苦楽から守ってやりたいとも思う。
本当にお前の鱗しか愛していないのなら、剥製にして城に飾ればいい。お前を殺して鱗を剥ぎ取ればいい。水槽に閉じ込めて鑑賞すればいい……
だが、俺はそうはしたくない。お前に普通に生きていてほしいし、お前が幸せであってほしい。
そして許されるならば、普通に愛してほしい。歪んだ愛ではなく、繕った俺ではなく―俺そのものを見てほしい。悪魔としての俺も受け入れて、愛してほしい―。

―だが、信じるか?
この悪魔の俺の言葉を、お前は信じてくれるか?
ここで泣いて縋って見せれば、信じてくれるか?


ここまで聞いて、どうする?
どこまで俺たちに同情してくれる?
どこまで俺たちを悪だと罵る?
なんにせよ、使族を食っていたのは事実。食うのを楽しんでいたのも事実。俺たちの仲間が恐怖を世界にもたらしたのも事実。俺たち使族が「悪魔」と呼ばれ、欲望の最たるものであることも事実。
そして俺は宝石の悪魔、宝石しか愛せない。心がない。そうだろ?

メアリも誰も彼も、俺の愛など信じない。お前を愛しているといくら言おうと、お前をいくらいたく可愛がろうと、全て演技だと、悪魔の囁き、悪魔のまやかしだと言うだろう?

―だから、"そう"演技したんだ。

俺がまるで悪者であるかのように。だからお前に冷たくした。酷くした。愛を与えなかった。優しくしなかった。
本当はそんなことしたかったわけじゃない……サフィアとしてお前とあった時、俺はお前を冷たい目で見たか? 蔑んだことがあったか? 嘲り笑ったことがあったか?
お前の体は美しいし、俺はお前自身も愛してる。だからそうしたかった……そうしてもよかった……。

だが俺は悪魔だから―悪魔と呼ばれているから―しなかったんだ。
悪魔になり切ってやったのさ。

俺たちの本名は、俺たちの体をなすもの。俺の名前は宝石の意……一番愛するサファイアという意味。その古代語だ。
俺にとって自分の名前は……唯一自分で決めたものなんだ。たしかに宝石の名前をかたどってはいるが、それでも俺が自分で決めた名前だ。神に与えられたのではない、唯一俺の体を成す、俺が自分で決めたもの。
だがな……。俺は宝石を愛しているのに、俺自身は宝石から程遠い姿をしている。この体は作り物で、何もかもまがいものだ。文字通り血も涙もない。汗も体温もこの腕も足も顔も体も―全て俺が作ったもの。
本当の姿は悪魔同士でしか見えない。だが―化け物だ。人の形すら取ってない。まあ言うなれば俺は……最大限譲歩しても岩だ。
だから悪魔は自分の名前を隠すんだ。全く似合ってないから。自分の名前と自分の体が。
お前はこの俺の瞳の宝石を美しいと言うだろう?だが魔法で強制的に変えただけで、本当の姿はもっと醜い。
自分の姿はこんなにも醜いのに、それに一番似合わない名前を付けてしまうんだ。皮肉だろう?でもそう呼ばれたいんだ。自分が宝石だったらいいのにと、それほど美しければよかったのにと、なんど願ったことか。

じゃあヴァニラや……音楽の悪魔は……

ヴァニラもそうだな。溝水みたいな姿だよ。目らしきものから零れる出るのはそういうものばかり。音楽の悪魔は、肺や喉が悲惨だ。目も当てられないくらい醜い。声はガラガラ、岩をすり潰したような声しか出ない。
全員そうさ。自分が愛するものと程遠い姿をしてるんだ。それでも、自分の愛する名前を付けてしまう―滑稽だろ?

だから俺たちは名前を教えないんだ。悪魔同士でしか知らない……。

……だが、お前には教えたんだ。そう呼んでほしかったから。
愛していたから。


お前はまだ言うか?
俺がお前を愛してないと。
非道な悪魔なら人を愛するはずがないと、宝石しか愛せやしないなら、自分のことを愛しているのも嘘偽りだと。


頭が……働かない…………
そんな……でも……あなたの言葉が本当である証拠はあるの?
今の話だって……本当なの?
悪魔が欲望の最たるもので……それで……だから本当に苦しめていたのは宝石の悪魔じゃなくて――

ヴァニラを見て異常だと思わなかったか?いくら酒を飲んでも酔わず、酒が無くなると暴れだし、酒を零せば大泣きし、常に酒を飲んでる。そんな者いるか?

覚えてるか?お前が貴族になった時、何冊か本を読んだだろう。同じ作者名ばかり書かれていた。誰の名だ?
ソフィヤ・ギガス?
ああ。何年から発行されてた?3016年現在から遡り、2000年代、1000年代、使歴が始まってからずっと本を書き続けている。狂ったように世界の知識、教養、どんな本でもあっただろう。いつでもあいつの名前が書いてあっただろう。
あれは悪魔だ。知識の悪魔。ひたすら文字を書き続け、知識を貯め続けているんだ。

お前はいくつのゲームを知ってる?チェス、タロット、トランプ、リバーシ、〇〇全て同じやつが作った。悪魔、それも悪魔だ。ゲームを愛してやまない悪魔が、誰かとゲームをするためだけにゲームを作り続け、日もすがらゲームに耽った。ゲームと言われればなんでもやる、それが例え俺を殺すことでもな。

ゼシルはどうだ?
上手く隠しているが、あいつも狂気の沙汰だ。自分で新しく宗教を作り、神を語り、神と話したいと、神に会いたいと日々願って祈り続けている。宗教の悪魔だ。

お前が着ている服は?
魔法の理論は?
芸術、音楽、工学、技術、何もかも第一人者は悪魔。狂ってると、それしか考えられないのかと、そんな理論は見たことが無いおかしいと、そう言われてもなお進み続け文明を築く手助けをしてきた。それが悪魔だ。
もちろん悪魔一人の手でなどとは言わん。同じような研究者、作曲家、技術者、科学者、そういったものたちと力を合わせて文明を築いたんだろう……。
会いたいと言うなら会わせてやる。だが、俺と変わらん。ただそのために生きている、
あいつらは何もいらないんだ。ただそれさえできていればいい……美しい音楽さえ弾いていられれば。難しい研究を続けられれば……そのためなら手段は問わない。

例えば医学の悪魔がいる。人を病気や怪我から救いたい悪魔だ。本来光の元素を扱えない俺たちだが、あいつは誰よりも早く光の元素を扱えるようにした。そして数々の人間、使族を助けてきた。だが飽くなき欲求、あいつはとにかく未知の病気や怪我を追い求めたんだ。そのために人が死んでも、人を病気にしても怪我をさせても構わない―本末転倒だろう? だがそいつがやりたいことは一つだけなんだ。「人をさまざまな病気から治す」。
病気の人間がいないなら作ればいい。そういうことさ。

狂気の沙汰だろ?
そりゃあ悪魔といわれるのも仕方ない。俺だって、お前の知っての通り、宝石を手に入れるためならなんでもできるからな。


嘘じゃねえよ。全部本当だ。
もう何も隠してない。これで全てだ。


分かった、わかったわ……。でも……それが本当ならラムズは、ラムズは本当に私を。
えっと……でも、だって。

俺たちは変われるか?それとも変われないか?
お前は俺を殺せるか?
愛した俺を殺せるか?
それとも生かすか?自分の使族の特徴に打ち勝って、殺さない選択をするか?できるか?

さて、俺はどうだろう?
俺はお前を愛せただろうか?宝石しか愛せないという特徴が歪み、お前を愛したんだろうか?
それをお前は信じるか?

俺は逃げも隠れもしない。お前を愛しているから。
殺されたくない。お前に愛してほしかった。殺さないでくれ。お前が襲いかかっても、俺はお前を殺せない。
待ってるよ、答えを聞くのを。



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そうさな、たしかに俺は悪魔かもしれない。愛は知らないが、お前をどんな手を使ってでもお前が俺を愛すればいいと思っていた。お前が悲しんでも、傷ついても、それでも結果が伴うならば関係ない……だから今まで、散々お前を苦しめた。サフィアだと名乗らなかったのもそういうことだ。

お前が俺を信じられないなら、俺こそステュクスの川に誓ってやる。メアリが俺を愛するなら、もう二度とお前のことを悲しませないと。最後まで幸せにしてやるって、誓ってやるよ。