ピーターパンシンドローム

(*三人称視点)

 夢伽莉斗はなんとか|魔法円《ペンタクル》の発動に成功したのか、ある森の中に立っていた。
 ひとまず彼女は自分の姿を確認してみた。ちょうどよく泉もあったので、鏡代わりに覗きにいく。

「やったー! 超絶かわいくなってる! しかも宝石ついてる!」

 思いきり叫んでしまったが、魔物は近くにいなかっただろうか……。愛殺世界が意外と危ないところだったのを思い出して、夢伽は慌てて口を抑えた。
 彼女は予定どおり美しい|獣人《ジューマ》になっていた。ちょっと小さい体の方がいいな、と思っていたので、小人のような姿だ。身長は130センチくらいだろうか? 華奢な体つきで、顔は西洋のお人形さんのようにかわいらしい。この顔なら一生眺めていられる。

 髪はセミロングで金髪、おそらく黄金でできている。光に当たると煌めきが砕けるように瞬き、眩しいくらいに光っている。黄金の糸なのか、もしくは黄金をなめして伸ばしたようなものなのか、ともあれ宝石の一つだ。18金というやつだろう。
 瞳は青い宝石眼だ。とはいえ、ラムズのように宝石をそのまま埋め込んだタイプの宝石眼ではない。目の形をしており瞳孔もあるものの、宝石のように瞳自体がきらきら光っていて、角度を変えたり表情によって目の輝き方が変わる。宝石の虹の輝き──ファイアがいくつも見える。これなら絶対ラムズが気に入ってくれるはずだ。
 さらに爪はサファイアらしき青色の宝石になっている。足も太ももから下はダイヤモンドの足だ。皮膚の色はなく鉱石そのもの、叩けばコツコツと音がするような硬い素材だ。
 背中はクリスタルでできた羽がついている。クリスタルの羽に、青や金、黒っぽい宝石がところどころに埋めこまれている。羽ばたくと銀色の鱗粉が落ちた。おそらくダイヤモンドの細かい欠片だろう。
 胸はBカップもないが、必要なかったので問題ない。胸の下は、背中側からあばら骨に沿うように、青色の宝石が並んでいる。

 彼女の元の魔物は、目や羽、足が宝石になっている蝶々のような姿のジュフェライという名の魔物だ。この魔物は非常に珍しい魔物で、現地では見た目と名前くらいしか情報がない。
 ラムズはもちろんこの魔物をいつか見つけだしたいと思っているが、どこにも情報がないので諦めている。それに魔物の時はわりと見た目が小さいので、今の|獣人《ジューマ》である彼女の姿の方がラムズ的には嬉しいはずだ。

 とまあ姿が思い通りになったはいいが、レオンがまだ来ない。しかも彼女は今裸だ。|獣人《ジューマ》は生まれたときは裸だから仕方ないのだが……。レオンに初めに裸を見られるのはなんだか嫌だな、と彼女は思った。
 ひとまず夢伽は、襲わない魔木であることを確認したのち、大きめの葉っぱを使って自分の胸の辺りと股の当たりを隠しておいた。かなり滑稽な姿だが、見られるよりマシだ。幸い襲ってくるような魔物はいないので、泉のそばで腰を下ろすことにする。
 十分くらい待っていたところで、ようやくレオンが森の中から現れた。おそらく転移でここまで飛ばされてきたんだろう。びくびくしながら木々のあいだを進んでいる。
 彼女はレオンに向かって声を上げた。

「レオン!」

 体が小さいせいか思っていたより声が小さい。だが声も理想どおり、容姿に似合う可憐な声だ。ラムズは声になど興味はないだろうが。
 声は聞こえなかったようだが、クリスタルのフェアリーのような翼を生やした彼女にレオンは気付いた。早足でやってくる。

「きみ……ここで何してるの? えっと……」レオンは少し耳を赤くしながら言う。「|獣人《ジューマ》……とか、なのか?」

 葉っぱで股の近くは隠しているとはいえ、ミニスカートくらい足が見えている。視線をどこにやったらいいか分からないという顔をしている。

「服がなくて……」
「そうだよな?! 気が利かなくてごめん!」

 レオンは慌てて自分が着ていたTシャツを脱ぐと、夢伽に投げてくれた。レオンの身長は172cm。彼女は今130cmもないので、完全なる彼シャツ状態だ。

「葉っぱどかすから後ろ向いててくれる?」
「お、おう!」

 いちばん最初にレオンを呼んでよかったと密かに思いつつ、夢伽は彼の服を着た。少しレオンの匂いがする。

「いい感じに隠れた! ありがとう」




(#R レオン視点)

 俺は彼女の声を聞いて振り向いた。森の中で出会った美少女が自分の服を着ている……。これってあれじゃん! 彼シャツってやつじゃん! めちゃくちゃかわいい!
 さっきよりも際どくなったような気はしたけど、彼女が満足しているならいいのか? 蝶々もどきか何かの作り物のようにかわいらしい容姿だ。フェアリーとかこんな感じなんだろうか? でも俺が好きなタイプはもう少し大人びた女性だからなぁ。この子はちょっと子供っぽすぎる。しかもあまりに顔が整いすぎて、正直異質なくらいだ。あ、ラムズとか、どちらかというとそういうタイプの顔つきだな。
 とはいえ美少女なのは変わりないので、俺はどきまぎしながら彼女に話しかけた。

「|獣人《ジューマ》になりたてなの? 陸の世界のこと、知ってる?」
「大丈夫、知ってる! いろいろ知ってる。レオンのことも!」
「俺のこと? 俺たち初対面だろ?」
「うん!」

 彼女が微笑むと、宝石のような瞳がきらきら光った。笑うとさらに美しく見えるらしい。とんだ|獣人《ジューマ》だな?!
 彼女が首を傾げる。

「初対面だけど……レオンは異世界転移者でしょ? だから呼んだの! いちばん話が通じるし、レオンは優しいからさ」
「は? え? なんで知ってるの? どういうこと?」
「私の名前は夢伽莉斗っていいます……。この世界の創造主……ではないんだけど、そんな感じのやつで……。この世界の物語を書いてる者です。物語を書いてるから、レオンたちの情報は全部インプットしてあるの」
「はい? ごめん全然ついていけない」
「そうだよね……」

 彼女は落ち込んだように顔を俯かせた。少しでも元気がなくなると、宝石眼のきらきらが曇る。

「まぁとにかく……ラムズに……会いたくて……」
「ラムズ? なんで? いや……誓って言うけど、絶対会わない方がいいと思うよ……」

 俺は改めて彼女の容姿を上から下まで眺めた。宝石、宝石、宝石、って感じだ。ところかまわず宝石ばかりびかびかつけているわけではないが、美しい宝石細工の人形というか、宝石をあしらった置物というか、そういう見た目。
 ラムズが彼女を見たら、絶対自分のものにするだろうし、──いやむしろ、ここについている宝石を全部剥がすんだろうか?

「大丈夫! 知ってる! だからこの姿を選んだの」
「どういうことだ?」
「私はその……ラムズがめちゃくちゃ好きで……。世界でいちばん好きで……だからラムズに気に入られる姿にしてくださいってお願いして、こっちに来たの」
「“こっち”?」
「あー、言ってみれば、レオンが異世界転移したのと同じだよ! 地球から来たの。お願いして、見た目も変えてもらったの。宝石の魔物の|獣人《ジューマ》に」

 まったく信じられない話だな。だがそもそも自分が異世界転移したことも信じられないような出来事だったし、彼女も異世界転移者だということまではぎりぎり納得できる。

「ほんとに地球から来たの?」
「うん! いろいろわかるよ! コンピュータとか、江戸時代とか、携帯とか、どう?」

 にこっと微笑む。一応見た目はかわいいから心臓に悪い。やめてほしい。でもたしかにこの手の言葉が分かるってことは本当に転移者みたいだな? 
 でも見た目選べるってのはずるくね? 俺の時は強制的にこれにされたのに! いや、まぁ別にこれでも困ってはいないんだけどさ。

「それは分かったけど……。りと?はラムズに会いたいの?」
「うん!」

 彼女は文字通り目を煌々と輝かせて答えた。大丈夫か、この子?

「ラムズはやめとこうよ?! ラムズのことほんとに知ってんのか?! けっこう酷いやつだよ?! 宝石大好きだから、リトがどうなるかわかんないっていうか……」
「わかるわかる! 使族も知ってる! ラムズのことならなんでも知ってる! 酷いことされても大丈夫!」

 超自信満々の答えだ。

「いや……大丈夫じゃねぇって! ラムズの拷問とか見たことないだろ? そんな姿してたら、絶対監禁されるよ? 宝石剥がされるよ……? 痛いだろ?」
「拷問見たことある! なんならしてるところがかっこいいと思ってます! 監禁は本望です!」

 彼女はピシッと額のそばで敬礼して、ウインクまでして見せた。なんかこの子、別の意味でやばいやつだ。

「あとは痛いのも大丈夫です。あんまり痛いことされたことないからわかんないけど……ラムズなら……たぶん……許せる……と、おもう……」
「地球から来たんだろ?! 痛いって、腕とか切られた経験ないだろ?! 甘く見ない方がいいよ?!」
「レオン優しいー!」

 彼女は俺の腕に掴んでゆさゆさ揺する。そういうこと言ってる場合じゃないから!

「でも頑張る……。大丈夫……。ラムズイケメンじゃんだって」
「イケメンだけどさ……」

 俺はやれやれと溜息をつく。

「とにかく会いに行くのである! いやでも……会えるかな……」

 彼女は宝石のついた手で顔を覆った。なんだか照れているようだ。

「絶対会ったらそのまま卒倒する自信ある。かっこよすぎて倒れちゃう気がする。てか、顔見てられない気がする。見つめられたらそのまま腰抜かしそう」
「大丈夫か、あんた……」

 彼女はばっと顔を上げる。

「どうしよう?! レオンは全然いけたけどさ!」

 それってちょっとひどくねぇ? 苦笑いで答える。

「大丈夫だろ。メアリとかわりと普通にしてるよ。あ、メアリわかる?」
「わかるわかる! でも大丈夫じゃないよー! ほかの女の子たちは目が肥えちゃってるんだよ。この世界、美形多いからさ。ラムズはでもだめ……世界でいちばんタイプの顔つきだもん」

 どうやらリトは本気でラムズのことが好きらしい。ラムズも宝石だらけの彼女を悪いようにはしないだろうし、それなら会わせてもいいのか? いやでも、うーん。

「どうやって会いに行くんだ?」
「作者権限でなんとかする! ぱんってやったら場所変わる気がする!」
「気がするって! なにそれ?! てか作者権限ってなんだよ、魔法か?」
「んー……魔法みたいなものかな……。でもまだ心の準備ができない。どんな反応したらいいと思う?! 最初になに言ったらいいかな?! でもさ、あんまり照れてたり恥ずかしがってたら向こうが私の言うこと聞いてくれないよね?!」

 お人形さんみたいにかわいい顔をしているのに、正直テンションが高すぎる。もう少し恥じらいをもって、かよわいような性格だと思ったのに……。

「言うこと聞くってなんだよ?! ラムズに言うこと聞かせるの? 無理だと思うよ?!」
「無理じゃないよ! 脅す道具はいっぱいある!」

 こんな小さくて弱そうな子が、ラムズを脅すとか言ってる。やっぱりいろんな意味でやばい。

「……ラムズを脅すの? それも無理だと思うよ? 俺だってパラメータが見れるからラムズの使族確認しようとしたのに、脅されて無理だったんだから」
「知ってるよ! 怖かったでしょ?」

 ふふふ、と笑っている。なんか怖い、こいつ。

「でも私はさ、ほら。この姿だからラムズもそうそう手出しできないじゃん?」
「あー、うーん……たしかに、傷つけたりはできなそうだな。でもあの人のことだから、精神的に脅すとかも全然できると思うよ?」
「それも大丈夫! ほら見て! 目がキラキラしてるでしょ?」

 彼女は俺の方へ近づいて、自分の目を指さした。爪も宝石付きだ。

「おう」
「この目って感情にすごく左右されるから、落ちこんだり心が死んだりすると、全然キラキラしなくなるの」
「なにそれ! ずる!」
「そういう魔物だからね! 仕方ないね!」

 なぜか彼女は胸を張って答えている。

「だからラムズは私のことを精神的にも無下にはできない……はず……。とはいえ私がラムズのことめっちゃ好きー!って感じで近づいちゃうと、『俺が何もしなくてもこいつはそばにいるし放っておこ』って思われる可能性が……あって……」
「なんかすげーラムズのこと理解してんじゃん」
「当たり前じゃん! さっきも言ったじゃん、ラムズのことならなんでも知ってるって!」

 ……はぁ、なるほど? 作者なんだっけ……。色々とぶっ飛びすぎてるけど、この子自身もぶっ飛んでるからもうどうでもよくなってきた。

「でもじゃあ、どうすんだ? そもそも命令したいって、ラムズになにさせるつもりなんだ?」
「え、……うーん。んーと! まぁその……。ハグとか! したいなって!」
「それくらいならしてくれそうじゃね?」
「…………してくれるかなぁ……」
「大丈夫大丈夫。前にアウィナスのことも抱きしめてたし。リトがそんな姿だったら、それくらいはやってくれるでしょ。てかラムズに抱きしめられたいの?」
「ま、まぁ……」

 本当にラムズが好きなんだな……。あんなやつを好きとか、正直哀れにすら思う。叶わない恋ってやつじゃねぇか。

「ラムズ自身はリトのこと好きじゃないと思うけど、いいのか? その見た目のことは気に入ってくれるだろうけどさ」
「うん、いいんだよ! 好きじゃないけど利用される関係が好きだから」
「……頭大丈夫?」
「大丈夫です!」

 彼女はまたピシッと敬礼した。それ気に入ってるんだね、はいはい。

「じゃあもう会いに行こうよ! ここでだらだら喋ってても何も始まらねぇじゃん!」
「そ、そうだね……うん……。緊張するなぁ……。頑張る……」

 羽が項垂れるように曲がった。クリスタルでできてるみたいだけど、存外柔らかいらしい。いったいどんな素材でできてるんだ?

「ラムズ、今どこにいるんだ?」
「わかんないけど、たぶん船長室かな? 私が船長室に行きたいし!」
「俺も一緒について行く感じ?」
「うん! 来て! 一人じゃまじで不安だから……」

 そういって彼女は俺の腕を掴んだ。背中に隠れるように体を縮こませる。

「じゃあ……いくね……。やるね……。今から飛ぶからね……」
「飛ぶってなんだよ……」
「て、転移的な……。ぱんって移動するから……。私の予測だと、レオンの前にラムズが来る感じだから……。とりあえず私は隠れてる……」
「お、おうよ……」

 せっかくかわいい女の子なのに、正直言動のせいで残念系女子になっている。これぞ、黙ってればかわいいのにというやつだろうなぁ……。