不逞
「美味し」
「こんなとこ……やだ。怖いし……人が死んでるよ。殺しちゃった、よ」
彼の何にどきどきしているのかわからなくなってくる。怖いものは怖い、だけどラムズはいつもどおり色っぽくて、格好よくて、吸われるのは気持ちいいし好きだった。
「したいんじゃなかったの」
「……ここはやだよ……。ラムズぅ……怖いことしないで。私が元彼の話するから……怒ったの? ごめんね」
彼は薄い笑みを貼った。「怒ってたらあんなことしないよ」
「え……だけど。嫌だ、怖いよ。殺したりとか……だめだよ。嫌だ」
彼の冷たい指が頬を撫でおりる。「なにが嫌なの。こんなにかわいがってるのに」唇に冷ややかな温度を押し当てる。「お前じゃなかったら、一緒に氷にしてたよ」
「そぉ……だね、それはわかる。でも」
「そんなに周りが大事?」彼は妖しく笑う。「いいよ。全員助けてやろうか」
「え?」声が掠れた。
「もう俺と会わない代わりに」
視点が定まらず瞳孔が左右に回る。手足から力が抜けた。
みんな知らない人だ。知らない人でも、たぶんみんな家族や恋人がいて、大事な人がいて、きっとこの人たちが死んで悲しむ人がたくさんいる。明日誰かがこの店に来たら泣くだろうし、殺した誰かを恨むだろう。愛する人が急にいなくなった虚無感や、未来が消えた茫漠感。こんなことになるならって後悔したり、お願いだから治してくださいって神様に縋ったり。氷の破片はいずれ溶けるんだろうか。水になったら死んだことすら知らず、行方不明の恋人や家族を永遠に探し求めるんだろうか。
心ががたがたと戦慄く。呼吸が苦しい。唾が飲めない。
「どうして……助けたら、ラムズと会えなくなるの」
彼は笑った。「面白くねえじゃん」
強く抱きしめられる。背中を優しい手つきが撫でていく。「俺がいなくなっていいの。好きじゃなかったの」
「……好き、だいすき」
「じゃあ迷うことある」
「だって……私がラムズを手放したら」
この人たちは助かるんでしょ。なんの罪もない人たちなのに、死んじゃって可哀想だよ。明日もふつうに生きていくはずだったのに。
「あそこで死んだ女は、元彼を傷つけるために殺したんじゃん。酷い男とつるんでんなら、ろくな女じゃねえだろ? その他の客だって、誰を傷つけて誰に恨まれてるかわかんねえよ。いつかの未来、お前を傷つける相手かも」
「それは……そう、だけど」
体を離し、頭を撫でる。流し目の青が指を辿っていく。「即答すると思ったのになあ……。悲しいなあ」
「いや、だけどぉ」
可哀想だよ。ただここでお喋りしてただけなのに。私が助けられる……かもしれないのに。
ちゅうと啄むようなキスをして、優しく微笑む。「あいつらのほうが俺より大事なんだ? いなくなっていいの」
「ちが……。ラムズのほうが大事だよ」少し距離を離した彼の腕を掴んだ。縋るように腰に抱きつく。「ラムズのほうが好きだし、大事だよ。行かないで。嫌だ。行かないで」
「あのままでい?」
冷や汗が流れる。視線をぐるぐると回し、彼の胸元で小さく頷いた。さらに喉が詰まった感じがした。
「じゃあ俺と共犯ね」あどけないような声色が耳元で囁き、耳朶が柔く食まれた。「かわい、食っちゃいたい」
ぞろぞろと肌が粟立つ。少し尖らせた舌の先が耳孔をつつき、舐め、水音を立てて弄ぶ。彼の右手がワンピースの裾をめくり胸のほうへ伸びた。乳丘わやわやわと掬い撫で、捏ね、ときおり思い出したように粒を弾く。
首筋に唇を滑らせると、さっき吸っていた傷口を牙で抉った。身を固くすると彼の嗤い声が聞こえ、胸がぞわぞわした。しばらく血を飲まれ、吸われていく感覚に体が痺れていく。罪悪感が恍惚に塗りつぶされ最後の光が消えかけるころ、彼は吸うのをやめた。
「いいんだよ。俺が好きで選んだんだから」
「そぉ……な、の」
でも私が言えば助けられたのに。私はあの人たちのこと見捨てて、自分のほうを優先しちゃって……ラムズと離れたくないからって。私は──。
優しく目が細まる。「何が悪い? 大好きな人がいなくなっちゃうのは悲しいだろ。みんなこうするよ」
「そっ、か」
甘く蕩けるような声が脳でひたひたに溢れていく。
「パトーニャは優しすぎるんだな。でもそんなに周りのことばっかり考えたら壊れちゃうぜ。たまには自分のことだけ考えて生きよう、な?」
「えと……ん、うん」
「誰かが責めても俺は許してあげる。幸せになりたくて選んだだけ、何も悪くねえよ」
わかりやすくて受け入れやすい言葉はすんなり心に溶けて、麻薬みたいに脳を侵した。
そっか。私はただ幸せになりたいからラムズといることを選んだだけで……みんなも同じように選ぶし……ちょっとくらい誰かを救えなくても大丈夫だよね。だってラムズと離れたくないもん。それにいちばん大事なラムズが許してくれるなら、別に他の人がなんて言おうと……。
都合のいいように歪められた脳は、いつの間にか話題がすり変わっていることに気づかなかった。そもそも殺したのはラムズで、私は意味のない問いかけで同罪にされ、さらにその罪は許してもらえるという。罪に苛まれた心さえ架空のもので、それを許す彼なんて空論もいいとこなのに──でもわからなかった。彼の声はあまりに甘く心地よくて、信じたいほうに連れて行ってくれるから。それに頼るのはひどく簡単で、生きやすくて、きっと私は望んでそっちに堕ちた。
ほんの少し上擦った声が囁く。「それに嬉しい、俺を選んでくれて」
「……ほんと?」
こちらを愛おしむような目付きが見下ろす。「ほんとう。すごく嬉しいよ。俺に悦んでほしいだろ」
「うん。喜んでほしい」
「じゃあ余計いいことじゃん。俺のためにしたんだから」
「……そっか。そうかも」
耳元に掠れ声が寄せられる。「悪いことしても好きでいて。ずっと一緒にいよう?」
蠱惑的な低音が体じゅうを支配して、骨の芯まで染みわたった。彼の腕を掴み、震える声で答える。
「ラムズと一緒なら……」
「大丈夫、お前が心配することはなんにもないよ」
つぅと目尻をなぞったあと、首を曲げてキスされた。舌がねじ込まれ、咥内を甘く犯される。味のない滑らかな唾液が流れ、思わずごくんと飲み込んだ。優しく歯茎をなぞり、舌先を擽るように遊ばれ、私の唾液を絡み取った。
「は、ァ……ッは、あ……」
角度を変えてキスをするたび、スタンプみたく唇が合わさり、僅かな隙間から喘ぐように息をした。上顎に湿った舌が緩く触れ、なぞり、喉や肩の周りへびりびりと疼きが走っていく。官能的な舌使いに脳がくらくらして、必死に彼に縋りついた。
ショーツの隙間から細い指が挿し入り、既に濡れた蜜壷を愛撫した。ちゅんちゅんと肉芯を弄り、膣内の壁を捏ねるように粘液を塗りこまれる。愛液が溢れ太腿の付け根まで垂れ、すぐに探り当てられたイイところをぐにゅぐにゅ刺激された。
「ぁ……や、ん……ぁッ」
キスの雨と柔い双丘を同時に弄られていたせいか、意識しないうちにショーツが脱がされていた。
違う指で肉洞と愛粒をばらばらに弄び、甘い刺激を絶えず襲わせる。蜜に浸った淫花は早くも快楽の虜になり、ひくひくと疼きはじめた。
小刻みに動く指が強い快楽を与え、媚肉の芯から全身にまで痺れていく。爪先がぴくぴくと動き、焦れるような快楽に腰がひねり跳ねる。粒を捲り掻いて性感が昂っていき、真っ白の絶頂が降りてくる。
「ぁあ! ん、ッあ! ゃあぁん! あぁぁあああ!」
果てたあとも否応なく弄られつづけ、淫水が机の上にまで垂れていく。三度ほどイかされたあと、ようやく拷問のような快楽責めから解放された。
挿入のために股を広げあられもない姿にさせられる。羞恥心にかっと耳が熱くなる。本当はここはお店だったし、机の上なのに。
「やだぁ……。こんなとこ、だめ」
「さっきお前、外でもいいっつってただろうが」からかうように言う。
顔を覆った指の隙間からちらと店内を見た。「そぉじゃなくて……。だって、ちょっと……不謹慎、っていうか」
「ああ」
鼻で笑い、持ち上げていた足を下ろしてくれた。突然のことに首を傾げる。
「え、あッ……やめるの」
「たしかに、人が死んでんのにヤるのはねえよな?」
悪戯っぽく目が細まり、そう言いながら彼はかちゃかちゃとベルトを外した。冷たい指先で私の顎を掬い、小さなキスを落とす。
「味見さして」
「んえ?」
彼は私の手首を持ち、尖った爪をつぅーっと滑らせた。赤いリボンが滲んでいく。下を弄ってたときも爪は尖ってたんだっけ。いや、そんなわけないよね。ぼやけた頭で彼の挙動を眺める。
ちろりと舌が覗き、フェザータッチで傷跡をなぞり、皮膚に浮いた血管を舐めあげた。擽ったいような焦れったいような快が手首で蠢く。
彼はくつりと笑い、首を傾げた。「背徳感あるよな」
「ラムズ、が?」
「俺?」ラムズはさもおかしいという風に笑った。「まさか、こんな茶飯事。お前だよ」
茶飯事って人を殺すことが? 死んだ人の前でヤることが? それとも……両方?
「……こんなの、私はないもん。よくないよ」
「じゃあお前のために並べてあげるよ」
「……は、え?」
彼は手を軽く振った。倒れていた氷像がむくりと起き上がり、雪化粧した床を滑っていく。頭や腕、足が欠けた状態のまま正面の机や椅子、壁にもたれかかった。
「する気失せた?」
「やだ……やめて、よ」
生きたまま固まった人間たちの像は精巧な彫刻のようで、死んだ瞬間の表情、感情がありありと伝わってくる。助けてと伸ばしかけた腕、這い上がってきた氷に驚く目付き、逃げようと床から剥がそうとしている足、迫り来る死に絶望した口元。
「むり、やだ。やだ、こわい」
「お前がしたいって言うまではしねえから。安心して」
彼はもう一度キスをした。見開いていた目をなんとか閉じる。頭の奥で死体の表情がちらちら浮かぶのに、口内を陵辱する舌の動きにいつしか意識が半分持っていかれる。甘い吐息が零れ、唇から漏れた銀糸が顎を伝う。
まだ熱を持っていた割れ目に指が沿わされ、粘った水音を立てた。私は彼の腕を掴み、抵抗するように腰を引く。すぐさま抱きすくめられ、その勢いで蜜壷にぐちゅりと指が侵入する。
「っあ、め! ……ゃ、ぁんッ……」
濃厚な欲感が下腹部を支配し、イカされるたびに体がびくんびくんと震える。肉情で脳がとろとろになり、唇を離されたあともだらしなく喘ぎ目が虚ろに垂れていく。
下を弄ったまま、ラムズはスボンの隙間から出した男竿を秘裂に押し当てた。
「んぁ! やあ、ぁあぁや……」
ゆるゆると上下に擦られ、愛粒や花弁を硬い先でめくり淫らに粘った液を塗りこまれる。以前の濃密な快楽を思い出し、咥えこむように果肉がひくひくと口を開ける。
「ぁん……ね、やだ、ぁ……」
ほしい。ほしい。彼のがほしい。蜜口を掻き分けて入っていくあの感触、抜き差しに引きずられる襞の粘つき、ぜんぶ恋しい。ほしい。
「むず、ねッ、すき。だ、ぃ、すき。あぁ……ん、んん……!」
氷片の砕ける音が聞こえる。どこかの氷像に裂け目ができ、体の一部が落ちたらしい。視界に入るそれから顔を背け、ラムズの肩に顔を埋めた。
「やめ、て……やだ。ひどい。ぁ、ん……」
「酷いのはお前だろ」彼は嗤う。「人間のくせに──不謹慎? 罪悪感だっけ。そういうのねえの」
「ちが、ぁ……らむず、が。ちが、ぅ……、ちがうの。ぁ、あ! やぁ……ッ!」上目で彼を見る。
快楽の海に溺れて、体も脳もグチャグチャになっていた。だってラムズが悪いんだもん。私だって……別にこんなところでしたいわけじゃないのに。こんなとこでキスしなくてもいいじゃん。それにあんなふうに死体を並べなくたっていいのに……。
本当はよくないって、さっき死んだ人に失礼だってわかってるけど、でも、ラムズが気持ちいいんだもん。それに誰を殺してたとしても彼は──格好よくて、私に甘くて、優しくしてくれて、だいすきなんだもん。
彼の肩に隠れても死体から見られているような気がした。それにあんまり時間が経ったら元彼が起きちゃうかも。こんなの見られたら最悪だ。
「だ、ゃだ。めんなさい、……ごめん、なさいッ、ぁ、ん……!」
よくない、絶対よくない。ラムズは人間じゃないから……いいのかもしれないけど。私まで流されていいのかわからない。でもラムズのことは好きだ。大好き。彼が悦ぶならもうなんでもいいし、愛されてるほうがずっと幸せだ。
「んね、ぁ……や。らむず、すき。しゅ、き……。でも、め、だ、ぁめ……だから」
彼は私の腕を取り、血が固まりかけていた手首の傷を舌でつついた。歯が皮膚を抉り、ぐちゅくちゅと傷口を抉る。すぐに血液が流れはじめ、長い舌がそれを舐めとった。
「やめる?」
彼はそっと体を離した。胸を弄っていた指が離れ、淫花を押し付けていた肉棒が消える。急にもどかしい飢餓感に襲われ、彼の腕を強く掴む。
「ゃ、ぁだ。いかないで。や、ぁ」
頬を包み、顔を上げられる。ちゅうとひとつキスをして優しく笑った。「いっぱいイかしてやっただろ。俺もさ、ヤるのはよくねえと思うよ」
「ぇ、あ……なん、やだ。ずる、い。ラムず、やだ」
抱きつけば膨れたソレが蜜口に当たる。無意識に腰を動かし、割れ口に笠を引っ掻くように擦る。入口をじゅぐじゅくと出たり入ったりしても、どうしても奥まで入れてくれない。
「ぁん……。らむず、ね、ぁ……ねぇ、おねが、」
「いいの。嫌って言ってたのに」
またひとつ硬質な音が落ちていく。誰かの腕が落ち、わっと跳ね返った氷片が彼の後ろでダイヤみたいに煌めいた。
あれはたぶん、もう人じゃない。氷にしてくれたし、もしかしたら最初から氷だったのかもしれない。そうじゃなきゃあんなに綺麗に光らないし、それにもう──……どうでもいいや。
「れて。ぃれて、ね。したい。……したい、おねがい。だいすき、すき。すき……すき」
手首から滴った血の雫を彼が舐めとる。「あま」
脚をさらに高く持ち上げられ、ぐぃと腰を引き寄せられる。入口に屹立が突き立てられると、膣襞を抉るように這い広げ、一直線に奥を貫かれる。
「ぁあぁぁあ! やあ、っあ! んああぁあ!」
内壁が擦れ、快美の波がうねり襲う。奥を突き上げる肉棒の先が体の中に埋まり、抜かれ、卑猥な音を立てて擦っていく。ずんッと重く突き上げられると凄まじい絶頂感に体が仰け反り、息が苦しくなるほど快でいっぱいになった。
「ぁん、や、あッ……。は! ぁ……」
焦らすようにじわじわと引き抜き、悶絶するほどの肉欲を連れて膨張した鬼杭をぐちゅんと突っ込む。机がぎしぎしと音を立て、絶えず動かしていた腰の勢いにピンヒールの靴が落ちる。彼の首に腕を回し、呼吸のままならない声で喘いだ。
ずぷずぷと突かれるたび、先が奥を虐め抉られる。入れて数分もしないうちに絶頂へ誘われた。彼の白い首やこちらを見る冷えた青眼にさらに煽られ、体が発情して熱くなっていく。
「すき、すき……き、だいすき。むず、らむず。だち、しゅき。すき。す、き……」
何を悩んでたんだろう。何もかもどうでもよくなった。こんなに格好よくてどきどきさせてくれる彼氏がいるなら、あんな元彼どうでもいいし、死んだ彼女だって私が気にすることなかった。他に死んだ人……いた気がするけど、悦に浸った曖昧の海に流されしまった。ラムズがいいって言うならいいんだ。
「お前はさ、ずっと俺の味方だよな」
「え、あ。ん……うん。ん。好き。だいすき、しゅ、き……ぁ! あん、あ……すき。うん」
彼は首の側面に噛みつき、さらに血を啜った。じゅるじゅると血を吸う音が色っぽく、脚を背中に回してぎゅうと体を近づけた。
「す、き……だいすき。しゅき、あ。ごめ、んなさい。ごめんなさ、い。なんでも、いいッ、から」
「ああ」
「いっしょ、に、いて。ね、ぁん、あ……ねがい。すき、すきだから」
この数ヶ月ずっと彼のために生きてたんだ。今更離れるなんて考えられないし、別に離れる必要だってない。もともと酷い人って知ってたもん。それにあの人たちは私の知らない人で、どうでもよくて、それでラムズが悦んでやってることなら、好きでしたことなら、別にいい。ラムズは私のすべてだし、私はラムズのものだから、ぜんぶ彼の言うとおりにしなきゃだめだった。いなくなるの嫌だもん。だいすき、だいすきなんだもん。
「すき、ぁ、ん。ああぁあッ! しゅ、き」
卑猥な音が腰元から聞こえてくる。イかされ続けた女窟が彼のモノを締め付けぎゅうぎゅうと絞り取るように伸縮する。それさえまた違った快の呼び水となって、他と混ざり合い再び絶頂へ持っていかれる。
「俺もだいすきだよ」
「ん、うん。んッ、うん……」
最後にもう一度白い瞬きを掴まされたあと、彼はずるりと腰を引いた。泡立った愛液が零れ、下の口が焦れったくひくつき追いかけ、ついにずぷりと抜けてしまう。
「んぁ……」
肩で息をしながら、上げていた足を力なく下ろす。ぼんやりと俯いた先には透明な液は流れていても、彼の精がなかった。ラムズはそっと魔法で水を出し、自分のも私のところも洗い流す。
「出さなかった、の」
「あー、まあ。魔法かけんの忘れたから」
「ぁ……。あ」避妊のことなんてまったく頭になかった。
膣内で悦を求める熱はまだ燻っている。誤魔化すように彼に抱きついた。
「ごめ、ん……」
「別にいいよ。どうせできねえし」
「そぉなの」
「まあできても、殺せばいいから」彼は軽く笑った。
ぞく、と背筋が凍る。冷たい体をさらに引き寄せる。
「赤ちゃん殺しちゃうの」
「いらねえだろ」
「ん……うん、今は。まぁ、……うん」
ラムズとの子ならほしいけど、ラムズはいらないんだろう。それにできたら、きっと迷惑をかけるんだろう。
「大丈夫、できねえから。なにも出してねえし」
「そっか。うん」
ラムズは左右を見渡し、床に落ちていた私の靴を取り上げた。脚をそっと持ち上げ、それぞれを履かせてくれる。なんだか王子様みたい。
「だいすき、うれしい」
「こんなんで?」
「……ん、うん」
彼は頭を叩き、優しく笑った。「履かせるくらい、いくらでもやってやるよ」
彼は私の腰を掴み床に下ろした。がくがくになった腰や足のせいで、床に崩れ落ちるように体が傾く。
「大丈夫?」
腕を持ち支えられ、私は腕に掴まってもう一度立ち上がった。「だいじょーぶ」
「外で待っててくれる?」
「……え、なんで? 何かするの?」
「いてもいいが、魔法解くから。見たくないんじゃねえの」
迷った末に、椅子に座り頷いた。「いい。ここにいる」
「へえ」
彼は嗤い、短い破裂音を出して指を弾いた。氷が溶ける。さっきまで完全に氷像に変わっていたはずの死体が、本物の肉体に変わり床に落ちる。服が擦れる音や鈍い音がする。割れていた氷像の一部は、ぐちゅぐちゅの肉の塊に変わっている。ダイヤみたいに綺麗だと思った氷の欠片は、そのまま血のへばりついた肉片でしかなく、想像以上にグロテスク、悲惨な床から目を逸らした。
彼は何人かの死体をまさぐり、金目のものや金貨を根こそぎ奪った。店長のいたカウンターの奥へ行くと、鍵のかかった引き出しや簡易な金庫を軽々と開け、中のお金をすべて奪う。
「お金……大事だもんね」
彼に視線を縫い付けるように、意識的に目を見開いていた。
「まあ、せっかく殺したからな」
「せっかく、ん。んー」
生返事の私に彼は軽く笑い、奪った金品をすべて仕舞って戻ってきた。魔法で手を洗い、私の頭を撫でる。
「出よっか」
「うん! 出るとき見られない?」
「見られたら殺すからいいよ」
「……そっか。わかった」
ラムズにとって人間を殺すのって、息を吸うくらい簡単なことなのかな。いや、そもそもどうでもいいのかも。私にとっての弱い魔物が、ラムズにとっての人間なのかな。私も魔虫みたいな小さな魔物はなんにも考えずに殺しちゃうもん。
ぐるぐると胸に燻る思いを押しやって、私は笑顔を繕った。
腕を引かれ店を出る。幸い目に見える距離でこちらを目撃した人はいなくて、誰かが殺されることはなかった。……まぁ、もういいんだけどね。ラムズと一緒にいるなら割り切らなきゃいけないってわかったもん。
「ねぇ、ごめんね」
「なにが?」
「最初……嫌って、言って。ラムズのこと……受け入れなくて」
軽く笑った。「気にしてねえ。怯えてんのもかわいいから」
彼の指を悪戯に強く絡めた。「も〜。ばか」
「帰れる?」
「……なにが?」
彼は黙って歩き、いつかに行った古びた宿屋まで案内した。部屋に入り、こくと首を傾げる。
「甘すぎるかな。今日は連れてこないつもりだったのに」
「え? ラムズのお家、行くの?」
私の頭を優しく撫で、|魔法円《ペンタクル》の上に立たせる。
「俺の知らねえとこで泣くよりいいから」
「私……、だけど」
開きかけた口はラムズの詠唱の声に閉じていく。意味もなく髪を引っ張り、かさぶたになった傷を撫でる。すぐに白い瞬きと時計の針の音が聞こえはじめ、彼の城に着いていた。
|魔法円《ペンタクル》から降りる。ラムズの部屋じゃなくて、前に私が寝ていた部屋だ。転移先を変えたんだろうか。
三日前に来たはずなのにすごく懐かしい感じがする。ずっとこの部屋にいられたらいいのに。お姫様みたいに豪華なお部屋で、魔法がいっぱいあって便利で、なによりラムズが近くにいるから。