反面教師


 学校の先生という職業は、損だ。進路希望届けと共に配られた学部の簡易一覧表に、明代は1つバツを付けた。教育学部だ。
 高校も二年生になり、将来について考えるようになると、明代は真っ先に教師という職は目指すまいと決めた。
 教職というのは、手間と結果と得られるものが少なすぎる。正直に言ってしまえば、教師職は酔狂な奴で回しているのだ。その歯車に自分がなりたいとは思わない。
 だってそうだろう。毎日子供の面倒を見て、帰っても、休日だろうが仕事のことを考えるのだ。そんな生活はいつか気を狂わせる。そして、そんな仕事を笑顔でこなす人間の横に立つこともまた、避けたいものだ。
 なにせ、狂わされた人間を一人知っているもので。進路希望の紙越しに、ふと一人の教師の姿が浮かぶ。目の隠れた大男。一見不審者だが、生徒にはとても人気があった。  
 ……名前は思い出せないが、確か眞鍋とかいう名字だった筈だ。教育に一途で、子供に真摯で、そして……誰にも底を見せない教師。
 明代は昔、その底と狂気を垣間見たのだ。たしか何か怪我をして、保健室に向かう途中だった。運悪く保険医の留守で引き返したところに、近くにあった応接間から、尋常でない物音が聞こえてきたのである。
 ガシャン、ドカ、バタン。やめておけばいいのに、子供心に恐怖心を克服しようと思い、応接室の窓へ、そっと近付いたのだ。中を覗き込もうとは思わなかった。しかし、天井付近に飾られた歴代校長の写真に中が反射して、先生が、誰かの親に掴みかかっているのは見えた。ついでに、あなたは子供のためにならないとか、子供の気持ちを理解できない理由はとか聞こえてきた。お前が言うな、と明代は思う。
 あの先生は、教育に狂ってしまったのだろう。だから明代は、教職にはならない。
 というか、あの姿を見て、教師をやりたいと思う奴は、逆に教師に向いているだろうと思わされた。反面教師である。教師冥利に尽きることだろう。
 
 そう、ちなみにその先生は、つい最近死んだのだそうだ。
 世の中が平和になって、結構なことである。