そして電話の音が鳴る(米倉隊)




「これからの総合の時間では、2週間掛けて調べものをして、発表をして貰います」

 週末が終わり、沢山の宿題も出し終えたあと。あくびを噛み殺した米倉たちの前で、教師はそう言って黒板を叩いた。"総合的な探究の時間"いつも講演会やら、親睦を深めるレクリエーションやらに使われていた時間を、三年生が間近に迫るからと、違うものに使うのだという。

「対象はなんでも構いません。例えば動物の生態であるとか、部活でしているスポーツの歴史でも、なにか興味のあることを、1つ、調べてまとめて下さい。ですので、来週も、この時間は図書館に集合です」

 配られたA4紙には、ただ1つ、名前の欄だけが書かれている。本当に一からやるのだろう。面倒そうな声を出すクラスメイトたちを尻目に、米倉は、どうしたものかと頬を掻いた。
 
(やるからには、全力でやりたいけどな)

 今日は、授業を終えるよりも前に防衛任務に行かなければいけないし、来週は遠征だ。総合の時間は、歴とした授業というよりもコミュニケーション的な側面が強い授業であるため、防衛任務と被せがちである。

(遠征直後に用事があるから、防衛任務に穴も開けられないしなぁ……)

 いつもは補講、宿題でカバーと色々便宜を図って貰っているが、自習中心ではそうはいかないだろう。とすれば、家でやる他無い。
 とすれば、だ。出来れば三門市内である程度まで調べられるもので、完成度が高く出来そうなもので、自分の興味のあるものーーとなると、まあ、1つだ。



「三門の白い妖怪伝説?」
「そうなんですよ!」

 白塔の問いに、米倉は笑って答えた。
 隊の控え室には、今のところ二人しかいない。学校が終わってすぐ本部を訪れた米倉は、すぐさま部屋へ赴き、与えられたパソコンの電源を入れた。三門、妖怪、白、幾つかのキーワードを入れると、信憑性の不明な個人のブログから、研究論文まで、様々な情報が並ぶ。
 その中の1つ、「虫妖怪について」と書かれたpdfを開くと、お目当ての画像が顔を出した。

「これは三門の伝説じゃないんですけど」

 先んじて隊室のデスクに座していた白塔に、ディスプレイを向ける。文字は読まなくて良いんで、と断ると、白塔はスクロールして出てきた浮世絵に視線を向けた。足が何本も生えた、1m近い大きさの白い妖怪の絵だ。その論文の中では虫妖怪、と呼ばれているそれは、なるほど確かに、虫のような形をしていた。

「虫、と言うには大きい気もするけど」
「まあそこは、フォルムだけっすね。こういう妖怪の記録って、実は全国各地に残ってて。三門にもあったんですよ」

 それが、三門の白い妖怪伝説だ。むかーし何かで読んだので、気になっていたものである。確か、三門では時折白い妖怪が道を歩き、人を連れ去っていたのだという。良くある伝説だが、地元に根差す妖怪ということで、地元の人向けに編纂された資料が存在していたのだろう。
 米倉はかつてどこかでその資料を読んだ筈なのだが、学校には無く、家にもなく、図書館にもなく。いったいどこで読んだのか、と、お手上げ状態で隊室に来たのだった。
 良く本を読む白塔なら、どこかで見たことがないだろうか。期待して見ていたが、白塔は眉を下げ、「悪いけど」と口を開いた。

「妖怪に関しての本は見たことがないかな」
「やっぱそうですよねー……」

 流石にか、と米倉は項垂れる。その本さえ見付ければその本と論文を照らし合わせて内容を書けるのだが、どこにあるか分からないのであればどうしようもない。
 だが、ではどうしたものか。米倉が唸ると、丁度隊室の扉を開いて、足袋と絹川が顔を出した。

「え、なになに? 米倉くんが頭抱えてるとか珍しいね!」
「お、二胡サンに優吾サン」

 米倉は斯々然々、と順を追って説明する。PCに写された白い妖怪に食いついたのは、当然と言うべきか、足袋であった。ぐいと覗き込み、むむ、と考え込む。

「んー、白い物に関しては一家言あるつもりだけど……その一家権にまーったく関係なく、この化け物、見たことある気がするよね」
「関係なく?」

 足袋は頷いて、自らのデスクからまっさらな紙を取り出し、手早く何かを書き始める。
 書いているのは、米倉が見せたものと同じ妖怪の絵のようだ。特徴を捉えて書かれた絵は、確かに同じものを描いているように見える。

「こんな風に輪郭やわやわ浮世絵だと、妖怪にしか見えないけどさ、輪郭をはっきりさせて、あと足を細くして、飛び出してる目を嵌めたら……ほら」
「! うわ、完全にトリオン兵だ」
「確かに、小さいモールモッドみたいだね」
「全く気づきませんでした、確かにそうですね」
「そうそう!ま、だからって、米倉くんが見た資料の場所が分かる訳じゃ無いけど……何かの役には立つのでは?」

 近界民が、ずっと昔の三門にもトリオン兵を送り込んでいた。適当に選んだ題材だが、実にボーダー隊員らしくて良いではないか。まあ、変な不安を煽るであろうから、レポートにその記述を入れるべきでは無いだろうが。
 やりたくはないが、最悪、記憶と、この研究論文だけで書くしか無い。でも……と考えたところで、じっと考え込んでいた絹川が米倉を見た。

「その資料、いつ頃見たものか分かる?」
「んー、結構前なんスよ。中学校……かな。授業で、地元の資料を読もうってのがあって」

 クラスごと図書館に集まって、ボックスに入れられた本から好きなものを選んで読んだのだ。でも確か、それは学校のものではなくて……どこのものだったか。

「僕が通っていた中学校でも、似たような事をしたよ。確かそのときは、地元の公民館から本を持ってきていたから」
「公民館……」

 言われてみると、そんな気がしてくる。米倉はなるほどと頷いて、いやでも、とまた頭を抱えた。

「警戒区域内だ……!」
「あちゃあ」
「……なんとかなるんじゃないですか?」

 白塔が口を挟む。白塔は、自分で開いていたパソコンを閉じながら立ち上がり、足袋のイラストを指差した。

「忍田さんに許可をとれば、自由に動けますし。……もし、トリオン兵が関与していると疑われるものなら、上層部にとっても価値のあるものでしょう」
「おぉ、確かに」

 いつ頃に良く目撃されたのか等が分かれば、近界の調査に繋がるかもしれない。それは確かに、ただのレポートのための資料以上の価値があるものだろう。
 となれば、上手くやれば、防衛任務後に公民館に寄る許可を得られるかもしれない。

「そうと決まれば、俺ちょっと忍田さんのとこ行ってきますね!丁度防衛任務の開始前報告もあるし!」

 そう言って、米倉は早足で廊下を駆けていった。その勢いの良さに、白塔は後ろからため息をつく。

「元気が良いですね、うちの隊長は」
「若いよねぇ〜」
「防衛任務開始まで、まだ少し時間もありますから、珈琲でも淹れましょうか」

 A級の隊室から忍田の居室まではそう遠くない。すぐ帰ってくるだろうと、絹川は四人分の水をポットに注いだ。
 お湯が沸いた頃、椅子に座ったまま考え事をしていた絹川は、扉をノックする音に気が付いた。隊長ではない。まさか、忍田ごと来たのかと扉を開けると、そこに立っていたのは、支部の違う同僚である、迅だった。

「や、どうも」
「迅くんだ、遠征前の顔見せ?」

 足袋の言葉に、迅は笑って頷く。遠征に行くのは来週だが、それぞれの予定が合うとも限らないため、こうやって事前に未来を"視"に来たのだろう。それは過去にもあったことだ。案の定、迅は、遠征の際には別の場所に顔を出した方が未来が良さそうだから、と言う。

「間が悪かったですね、米倉くんはちょうど席を外してますよ」
「いやあ、見た感じ遠征は問題なく進みそうだから、良いですよ」
「それは良かった」

 迅はそれだけ言って踵を返す。相変わらず忙しい人だ。持っているサイドエフェクトの都合上、仕方が無いところもあるが……彼は米倉と同い年なのにと思うこともある。彼の若々しさを見ていると、余計に。

「許可出ました!」

 入れ違うように隊室に現れた米倉は、何時ものようににこやかだ。実に平和で、良いものだ。白塔はカップを置いて、そっと三門市付近の地図を出した。
 

✳✳✳


 遠征は、恙無く終了した。迅の言った通りに、奇跡的と言えるほど穏やかに進行した遠征計画を終え、何の問題もなく予定どおりに玄界へと帰りつく。
 上層部と、残っていたA級の出迎えはいつもどおり。一目見た程度では、警戒区域内もとくに変わりがなさそうだ。ただ、迅が居ない。一息ついた白塔は、そう疑問の言葉を出した。

「迅さんは居ないんですね」
「スカウトで県外遠征中だ。……何かあったのか?」
「ああ、いえ、特には」

 首を振る。その通りだ。迅が居ないことなんて良くあることで、特に何か危惧するものもないーー、ふと、そう思っただけで。

(何故、こんなことを聞いたのだろう)

 明日は朝から用事があるからと、帰路へと着いた米倉を後ろからながめながら、白塔はただ、ずっと心を蝕んでいる、漠然とした何かへの引っ掛かりが気になって仕方がなかった。

 そしてその答え合わせは、2日後になされるのである。