ブルーライトの光るPC画面とにらみ合いながらいったい何時間がたったんだろう
頭の中にある担当アイドルを売り出すための企画書をアウトプットするため、キーボードをガシャガシャと叩き続ける
ああでもない、こうでもないと唸りながら作業をし続けて、先ほど帰り際の山村くんからプロデューサーさん怖いですよと苦情まで入れられてしまった
「うう〜ん…なんかもう少しパンチが欲しいかなぁ〜」
どうにか出来上がった企画書のアウトラインを睨み付けて、動きの悪い脳を動かしながら考える
うちに所属している最高のアイドルたちを輝かせるために、錆びついた脳みそでも回転させなければ
それでも今日は何だかいつも以上に考えがまとまらない
中古で購入した年期の入った椅子の背もたれは寄り掛かればギシリと悲鳴をあげた
いつも事と椅子の悲鳴を無視して、天井へ視線を向ければ凝り固まった首や肩へ少しだけ血液がめぐる気がする
「はー、少し休憩しようかな」
頭が熱をもったようにぼんやりと鈍っていて、スッキリしない
我ながら根を詰めすぎたかと朝からこれまでの仕事を振り返りつつ、コーヒーでも飲もうかと視線を天井からデスクへと戻せば
デスクのすぐ傍にたたずむ人影に驚いて思わず肩をビクつかせてしまった
「わ!」
「あ……ごめん、なさい」
猫のようにいつの間にか近くに寄ってきていたのは、担当アイドルHigh×Jokerのメンバーである榊夏来だった
彼は物静かで気配も薄めだからか、近くにいてもすぐに気が付くことができない
ぱっと目を引く綺麗な外見をしていて目立っても不思議ではないのに、輝や同じグループの四季のように自ら発する存在感というものに乏しい
それがミステリアスで、彼をよく知りたいという気持ちにも繋がるアイドルとしての彼の魅力でもあるとは思うけれど
「ううん、大丈夫。お疲れ様夏来。レッスン上がり?」
「うん……」
コクリとひとつ頷いた夏来が、少し目を彷徨わせる
その仕草は彼がまだ何か言いたいことがあるときのものだから、私はまた夏来の口が開かれるのをじっと待てばいい
私が夏来の言葉を待っているのに安心したのか、何か焦るような空気が霧散して安心したように微笑んだ夏来に目を奪われた
彼、榊夏来はヴィジュアルがとにかく良い。粒ぞろいの我が315プロダクションの中でも上位争いに食い込む外見の良さ
そんな夏来に、目の前で真正面から微笑まれてしまえばもうただでさえ疲れで茹っていた頭はもう完全に思考停止してしまう
ああ〜〜、うちのアイドル今日もサイコ〜〜〜
「えっと……渡したいものがあって……待ってた…」
「え!待たせてたの?ごめん気がつかなくて」
「ううん……プロデューサー、忙しそうだったし……俺も、待つつもりで…来たから」
夏来サイコーとか思っている場合じゃない発言に、さすがに我に返った
レッスン帰りの疲れているだろうアイドルを待たせてしまうなんて、彼らのプロデューサーとして良いこととは言えない
なのに優しい夏来は大丈夫だとひとつ頷いた
こうなっては、そうそうに用件を聞いて夏来を送り届けなくてはと
頭の中で現在時刻と会社の車は使用中じゃないか確認しつつ、肝心の夏来の用件を聞きだすことにする
「それで、渡したいものだっけ?なに?春名のシフトとか?旬からの勉強計画?」
「ううん、違う…よ」
「じゃあ、四季の面白ろテスト回答とか?珍送したハヤトの曲?」
「ううん」
「んっと、夏来の猫ちゃんの写真とか?」
思いつくものをあげてみても、そのすべてに夏来は首を横に振る
どうやら今までに見せてくれたものや思いつく限りのものではないらしい
夏来の渡したいものの予想がまったく出来なくて、降参ですという気持ちで首を傾げて両手を挙げた
そんな私が可笑しかったのか、小さく笑みをこぼしながら彼が肩にかけていた学生鞄から何かを取り出し始める
案外、夏来のテスト結果だったりして
たまに褒めて欲しいと視線で訴えてくる事のある彼だから、ド直球に要求に来たのでは?なんて考えていると
夏来が鞄からアイボリー色の何かを、目の前に差し出してきた
「これ……プロデューサーに」
「これって……?」
「これ……はね」
夏来が差し出してきたのは、ハンドクリームだった
どこぞの雑貨屋さんで売っていそうな可愛らしいデザインとちょっと良い香りのするようなもので
使わずに机に放り込んである、私が買ったドラッグストアのセール品とは色々と違うものに見える
くれる、という意味だろう。でも何故だろうとハンドクリームと夏来に視線を彷徨わせていると
夏来は綺麗な髪を揺らして小首を傾げながら、ハンドクリームの蓋をクルクルと回して開けてみせる
「花のかおり…だって。プロデューサーさん……少しでも疲れがとれるように」
話しながら夏来は自分の手に少しだけクリームを出して、香りを確かめさせるようにクリームを出した夏来の手をこちらへ差し出してくる
夏来の手から、確かにふわりと優しい花の香りが漂ってきて思わず少し身を乗り出して嗅いでしまう
「うん。本当だ、いいにおいだね」
「よかった……プロデューサーさん、好き?」
ハンドクリームの香りが好きかどうか、確認している夏来の主語のない質問は
何だか少しだけ告白じみていて複雑な心境になる
それを決して顔には出さずに、目の前にいる彼に笑いかけた
「うん、好きな香りだよ」
「俺も、すき」
一緒だねと笑う夏来は、最初はこんな風になついて微笑みかけてくれる子じゃなかった
スカウトした当初からは想像もつかない程に、お互いに信頼関係が築けたと思う
なんて考えて微笑みあっていたのに
「保湿、するけど…ベタベタはしないんだって……お店できいたけど本当みたい、だね」
「え?あ、うん…?」
いつの間にか私の両手は夏来の両手に包まれて、彼が今しがた差し出していたハンドクリームを手すがらぬりこまれている
ベースを弾いているからか、少し硬い指先と思っていたよりも大きな手のひらがくるくると私の両手を滑っていく
手を見る為に俯いている夏来の顔は、前髪で隠れているのにふと流れたその隙間から見える縁取られた長い睫毛に思わず見惚れてしまう
ぼんやりと夏来に見惚れていた私も、指と指を組んで指の間まで丁寧に塗りこむ仕草には流石に羞恥心がわいてくる
「あの…夏来?そんな丁寧にぬってくれなくても自分でできるから」
「うん……でも、あと少しだから…」
思いのほか頑固な彼が何か楽しげに、私の指先へまでもクリームを塗りこんでいく
丁寧に手入れされた両手はしっとりとして気持ち良いのだろうけど、夏来の手の感触が強すぎて今ひとつ分からない
「おしまい」
「…ありがとう」
「うん……」
終わったと宣言した夏来だけれど、私の両手はいまだ夏来にゆるく繋がれたまま開放されていない
まだ何かあるのかなと、彼相手には待つクセのついている私は夏来の出方をただじっと待ってしまう
つながれたままの両手を持ち上げて、香りを確かめるように夏来の端整な顔が私の両手に近づいていく
「いい匂い……」
私の両手を握ったままに、私の指先に唇が触れる程近づいて呟く夏来
17歳とは思えない色気にあてられて、じわじわと頬が熱くなっているのが分かる
顔を伏せていた夏来が、ふと視線を私へ向けた
自然と上目遣いになるのに、その視線にあざとい愛らしさはなくひらすらに透明で射抜くような強さがある
思わず心臓を跳ねさせていると、シルバーグレイの瞳がトロリと溶けるように滲んで
いつもよりも優しげに微笑みながら夏来がゆっくりと口をひらく
「好き」
囁くような声と指先へのリップ音が、小さな事務所でよく響いた