昨日、突如として起こった立て籠もり事件。
過激派と呼ばれる攘夷浪士等が江戸中心部にある幕府御用達の料亭を襲撃し、その場に居合わせた客や従業員を人質に取り、以前真選組の手により拘束された仲間の開放を要求してきた。
対して近藤局長が下した判断は、要求には応じずなおかつ人質を最優先に事態を収拾すること。直ちに私やトシを含む各部隊は任務を遂行した。
結果として、事件を速やかに終結することが出来た。ただ、突入後攘夷浪士達の抵抗により料亭内は惨劇と化し、敵味方双方に死傷者が出た。人質に死者はおらず、軽症者が出た程度だったことは不幸中の幸いだろうか。


「気持ち悪い…」


そう呟いたのは事件後の現場内でのこと。鉄サビのような臭いが充満し死体が転がっており、何度見ても慣れはしない。特に昨日は酷く感じ、それは吐き気を伴うほどだった…



―――――――――



明け方、日が昇らぬうちに万事屋を後にした私は帰路に着き、自身の心情の落ち着きと共に再度就床した。


「姐さん、起きてやすかィ?」
「えぇ、起きてるわよ」


朝礼前に部屋の外から声を掛けてきたのはいつもならばまだ寝ているはずの総悟だった。彼は私の返答を聞くなり障子を開け中へと足を踏み入れる。


「珍しいじゃない、総悟がこの時間から起きてるなんて」
「珍しく目が覚めたんで姐さんの寝顔を拝みに来たんですが、とっくに起きてやしたね」
「あら、それは残念だったわね」


髪をといていた私の元へ歩み寄ると、総悟は大きなあくびをして当たり前のように寝転び頭を私の膝の上に乗せる。彼の行動に驚かないのは、休憩中や昼寝時に時折今みたいに私の膝を枕代わりにしているから。


「ところで、姐さん」
「なにかしら?」
「昨日はどこの男に中出しされたんですかィ?」
「えっ?」
「それ、アフターピルでしょ」


それ、と何食わぬ顔をし顎で示したのは机の上に置かれた箱。仕舞うのを忘れ出しっぱなしだった薬をパッと見ただけで避妊薬だと言い当てるなんて、流石は総悟とでも言うべきか。


「ついでに、暫く髪は下ろしといた方がいいですぜェ」
「どうして?」
「スカーフしてても見えてやすから」


髪を結おうと動かしていた手を止め下を向けば、こちらを見上げていた総悟と目が合い「首のソレ」と寝転んだまま右手を伸ばし耳の下辺りを指さした。そこにあるのは、昨晩あの人に付けられたであろう痕。思い出したと同時に自然と溜め息が溢れる。それは自身が落ち着きを取り戻した証拠だろうか…
総悟の助言通り髪結いを諦めた私は、仕方なく再度長い髪に櫛を通した。


「姐さんって実はMだったんですねィ」
「そうね、意外とMなのかも」
「どおりで俺と姐さんは馬が合うわけでさァ」
「ふふ、そうかもしれない」


いたずらに笑う総悟につられて私も自然と笑みをこぼす。身支度を終え空いた手で栗色の髪に指を通し優しく撫でれば、総悟は目を細め気持ち良さそうな表情を浮かべる。その様子はまるで猫みたい。
こうして彼を甘やかしてしまうのは、生まれながらに持ち合わせた母性本能のせいだと思う。そして総悟はその母性をくすぐるのが本当に上手い。


「姐さん」
「ん、なぁに?」
「誰かに縋るほど、寂しかったんですかィ?」


不意に名前を呼ばれ撫でていた手を止めれば、総悟は閉じていた目を開き言葉を発した。彼の洞察力の鋭さには度肝を抜かれる時がある。
寂しかったわけではない…いや、本当は寂しかったのかもしれない。けれどそれは、今ここで口にすることではない。


「さぁ、どうかしら…」
「まぁ、命のやり取りした後は人肌恋しくなるって言いやすしねェ」
「えぇ、そうね…さっ、そろそろ行かないとトシに怒られちゃうわよ」


話を切り上げ、ポンポンと軽く頭を叩き起き上がるよう促せば、総悟は「へーい」と間の抜けた返答をして体を起こし背伸びをした。

言葉を濁した私に、きっと総悟はこれ以上追求しては来ないだろう。それがあの子の優しさだから。そして私はそれに甘える。それをあの子は望むであろうから…

先に部屋を出た総悟の背中を眺めながらそんなことを考えていた。


優しくせず、馬鹿にして


20171128


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