昼食時、ガヤガヤとうるさい食堂で俺の目の前に座る名前は、いつもと変わらず物静かに食事をとっていた。
ただひとつ、普段ならば結っているはずの髪を今日は下ろしている。朝からずっと気にはなっていたものの、聞くことが出来ずにいた俺は意を決し、淡々と箸を進める彼女に話を振った。


「珍しいな」
「なにが?」
「髪、下ろしてるだろ」
「あぁ、これね」
「何かあったのか?」
「いいえ、何も。ただの気分転換よ」


てっきり何かしら理由があるもんだと思っていたのだが、その予想に反して彼女の返答はあっさりとしたものだった。
呆気に取られぼんやりと名前を見ていれば、急に箸を止め顔を上げた彼女と視線がぶつかる。


「もしかして、似合ってない?」
「い、いや、すげぇ似合ってる」
「そう、ありがとう」
「お、おう」


不意を突いた問い掛けに、思わず柄にもない事を口走ってしまった。そんな自身への恥じらいや、礼とともに向けられた彼女の微笑やらで、一気に顔が火照る。


「なんでィ土方さん、顔が茹でタコみてぇになってやすぜ」


そんな俺のもとに姿を見せるなり嫌味ったらしい言葉を吐き捨て割り込んできたのは総悟。食事の乗った脇取膳片手に見下したかのような笑みを浮かべ、名前の横に腰を下ろす。


「う、うるせぇ!つうか、お前今まで何処で何やってた?」
「縁側で一眠りしてやした」
「てめぇまたサボりやがって、ちったァ真面目に仕事しやがれ」
「仕方ないわよトシ。総悟、今日は早起きしたんだもの」
「なっ…」
「姐さんの言う通り、仕方ねェだろ土方コノヤロー!」
「総悟、それは言い過ぎよ」
「すいやせんでした」


呆然とする俺をよそに、素直に謝った総悟の頭を撫でる名前。
稀に思うが、名前は総悟に関しちゃ甘いところがある。そして総悟も名前にだけは素直になる。目の前の状況が今まさにそれだ。恐らく総悟は名前を姉のように慕い、彼女もまた総悟を弟のように慕っているのだろう。


「で、2人して何話してたんですかィ?」
「ただの世間話よ」
「なーんだ、俺はてっきり土方さんに口説かれてんのかと…」
「口説いてねェよ!」
「まぁ、ムッツリMの土方さんなんざに興味ないですよねィ。ねぇ、姐さん?」
「そうね、ムッツリでMなんて流石に引いちゃうわ」
「ふざけんな、俺はムッツリでもMでもねェんだよ!」


総悟に釣られて名前まで俺をからかい始め、結局それは食事が終わるまで続いた。必死になる俺へと向けられた総悟のドス黒い笑みは異様に腹が立ったが、珍しく名前は声に出して笑っていた。

それよりも気分転換だと言った答えに対し腑に落ちないわけでは無いのだが、どうにも胸の底にあるわだかまりが解けない。だからと言って髪を下ろしている以外、名前に変わった様子は見受けられなかった。

このわだかまりは、特別な感情を抱いているゆえの単なる俺の思い過ごしだろうか…


思考する器官


20171129 Title byプラム


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