「何か食べて帰らない?」
「そうだな、ちょうど腹も減ったし、行くとするか」


トシに誘われて映画を見に行った帰り道、私から声を掛け2人で行きつけの居酒屋に寄った。


「名前が涙脆いとは知らなかったな」


注文した料理が揃い乾杯を終えたところで、トシは思い出したかのようにクスリと笑い私をからかう。
彼の前で泣いてしまったのは不本意だったが、私にだって一応感情はある。映画の内容があまりにも感動的で思わず涙が零れてしまった。


「あら、人のこと言えないでしょう」
「だから俺は目に…」
「ゴミが入っただけなのよね?」
「お、おう」


そんな彼に負けじと言い返せば、口ごもってしまい、その姿が可笑しくて今度は私がクスリと笑う。
トシとは仕事柄一緒に過ごすことが多い。そのため会話はよく交わすが、こんなにまで笑い合うことは初めてだ。今は互いに隊服を着ていないからか、緊張感もなく緩やかな時間が流れている。


「ねぇ、ふと思ったんだけど…」
「ん、どうした?」
「私のことあまり知らないのに、よく好きになれたわね」


実は以前からずっと気になっていた。
断った私が口にすることではないだろうが、お酒に呑まれたせいにして聞いてみた。すると案の定私の言葉に反応して、目を見張らせたトシ。けれどそれはほんの一瞬で、彼は軽く微笑むと思いもよらぬ言葉を発する。


「そんなもん、好きになってから知って行きゃ良いだけだろ。それに知らなくとも、魅力がありゃ自ずと惹かれんだよ」
「ふふ、トシって顔に似合わずクサいこと言うのね」


咄嗟に冷やかしてしまったけれど、こんな欠落した私が、そんなことを言ってもらえるなんて素直に嬉しかった。
今日の私は、自分でも驚くほど自然体でいれている気がする。
それは間違いなくトシのお陰で、これがトシの魅力だとすれば、自ずと惹かれるのは無理もない…なんて、彼の発言に納得してしまう。


「私から言い出したのに、ご馳走になっちゃってごめんなさいね。ありがとう」
「構わねぇよ、お前の泣き顔見れたしな」
「もう、いい加減からかわないで」
「はは、悪かった。さっ、帰るか」
「えぇ」


返事をしたところで不意に左手を握られ、トシはその手を離すことなく無言のまま歩き出す。不思議と嫌悪感は感じず、代わりに心が温まるような感覚がして、私も何も言わずそのまま歩みを進めた。
黙ったまま半歩先を歩くトシの表情は窺えないが、きっと赤らんでいるだろう。そう思ったらつい笑ってしまって、「なんだよ?」と振り返った彼の顔はやっぱり赤らんでいて、尚更笑ってしまった。

トシに想いを告げられた時、「色恋なんかに興味はない」と私は彼にそう告げた。
だけど本当は、興味がないわけではない。
物事には全て終わりがある。色恋にだってそう…
私はただ、その終わりを迎えることが何よりも怖い。


感情図鑑


20171229 Title byプラム


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