01
「好きだ。俺と付き合ってほしい。」


昼休みなのにも関わらず人気のない校舎の裏で、私はそんな言葉を浴びせられていた。目を見開き口をだらしなく開いている私を見て、彼、降谷零は眉間に皺を寄せ怪訝な顔をした。
金髪に青灰色の瞳を持つ端正な顔立ちの降谷君は恐ろしくモテる。高身長で学力も校内トップ。才色兼備に文武両道。まさかこんな完璧超人が存在するとは私も思っていなかった。天はなぜ百物も彼に与えてしまったのか。私にも三つほど分けていただきたいところである。そしてそんな少女漫画のツンデレヒロインも腰砕けな男に私は告白されていた。いや、ちょっと待ってほしい。降谷くんと私は世間でいう幼馴染だ。だから、「(家族的な意味で)好きだ。(そうそう今ちょうど欲しいものがあってな。ただ一人では入りずらい店で、だからといって他の奴に見られたら少し恥ずかしいんだ。だからその店まで)俺と付き合ってほしい。」と言いたかった可能性がある。そうだ、そうに決まってる。幼馴染だからってなんでも伝わると思ったんだろうが、危うく変な勘違いをして降谷ファンクラブの方々に殺されるところだった。ふー危ない。
ここまで考えてから、私は思考を目の前の降谷くんに戻した。


「どこに行きたいの?どこでも付き合ってあげる。」
「なんでそうなる。」


どうやら違ったようで、私はまた思考の海へダイブした。いや、正確にはしようとしたが失敗した。降谷くんがハァ、と大きくため息をついてから再度話し始めたからだ。


「名前の事が家族としてじゃなく、恋愛的な意味で好きだ。」
「え、あの」
「何かを買いたいから店まで付き合ってほしいわけじゃなく、交際してほしい、ってこと。」


降谷くんはまるでエスパーのようにさっきまで私が考えていたことを当てて、それらを否定していく。先ほどまで寄せていた眉間の皺は今はなく、いつもの自信満々な顔とは裏腹に緊張したような固い表情でこちらをうかがっている。深海のような深い青色の瞳は不安からかうろうろと彷徨いながらも私をしっかりと捕らえていた。その降谷くんの瞳に写る自分を見た瞬間、私は目の前が真っ暗になるのを感じた。いや、比喩などではなく実際に周りの景色が一切入ってこなくなった。一気に膨大な量の情報が脳内を駆け巡った。体感的には永遠にも感じたが、実際は瞬きほどの時間だったのだろう。降谷くんは急に活動を停止した私を、また怪訝そうな顔で見ている。そんな顔ですら男前で本当にずるい男だ、と思うのと同時に、


「ごめん、無理」


反射的にそんな言葉が口から出たのは、仕方ない。





ハッと目を開くとまだ部屋は暗かった。枕元の携帯で時間を確認すると、2時だった。昼の。そういえば遮光カーテンだった。むくりと体を起こして、ベッドから降り遮光カーテンを開く。真昼のまばゆい太陽が容赦なく寝起きの私に光線を浴びせてきて、私は目を細めた。
懐かしい夢を見た。あれは高校時代の夢だから、10年程前経つのだろうか。それなのに未だに鮮明に覚えている。木漏れ日が綺麗な金色の髪に当たりキラキラと輝いていたこと、さわさわと風が木々を撫でている音、はるか遠くから聞こえてくる喧噪。そして、すべてを思い出したあの日のことを。
そう、私はあの深海の瞳に写る自分を見た瞬間すべてを思い出した。前世で海に溺れて死んだこと、好きだった漫画のこと、私の完璧超人幼馴染は前世で好きだった漫画の登場人物であることを。思い出した瞬間に幼い頃から感じていた違和感にも納得がいった。
今までも降谷くんと目を合わせることは何百万回とあったはずなのになぜあのタイミングだったのかわからないが、結果的にはよかった。あの時思い出せなければ、私は遠くない未来で彼の恋人になっていただろうから。そりゃ、あの化け物クラスのスパダリと幼い頃から一緒にいて、途中から女子の嫉妬が怖くて苗字呼びに変えようが、他人行儀な態度をとってみようが、なぜか根気強く仲良くしてくれる降谷くんを好きにならないやつがいるだろうか。しかも好きとか一回言われてみろ。いやいない。いるならここまで連れてこい。ほら、いないだろう。
とにかく、なぜかあの日あの瞬間にすべて思い出して今世の自分と違和感なく混ざった時に思ったこと、いや、願ったことは「降谷零の幸せ」だけだった。これから彼は日本という国を守るために警察を志す。そして、公安に配属され、警察学校時代の友人を亡くし、潜入捜査では親友も亡くしてしまう。それでも日本の為に戦う彼を見て最後は幸せになってほしい、と前世ではいつも思っていた。
そして今世では、幼い頃から私とずっと一緒にいてくれて、いつも守ってくれて励ましてくれた。
その二人の人間が混ざった結果、私は咄嗟に降谷くんの告白を断っていた。降谷零という男は一度自分の懐に入れた人間は必ず大事にしてくれる。それはきっと将来公安になり危険な仕事をこなしていく者には弱点にしかならない。幼馴染だからすでに懐入ってんじゃん、とかは考えない。降谷くんならばうまくこなすかもしれないが、私の知る物語から外れてしまうと危険だ。
そして私は決心した。せっかく思い出せたのだから自分の願いを叶えようと。たとえそれが自己満足だとしても。

太陽のまぶしさに慣れてきたころ、仕事用の携帯が着信を告げた。携帯と一緒においてあるチョーカーを首にまいて、あーあーと声を出して男性の声になっていることを確認してから通話ボタンを押した。


「もしもし。」
「バーボンです。先日お願いしていた件ですが。」
「はい。もう用意できています。裏もとってありますのでいつでもお渡しできます。」
「いつも仕事が早くて助かります。ぜひ一度会ってお礼をしたいのですが、お茶でもいかがです?」
「男二人でお茶とかキモイので、お気持ちだけ受け取っておきます。」
「つれませんね。」


たいして残念に思ってないだろうに表面上だけは残念そうに言った電話相手に、着金確認でき次第ものを送ることを伝える。了承した旨の返事を聞き、電話を切ろうとしたが、その前に言っておかなければならないことがあったことを思い出す。


「いつもご苦労ですが、逆探知しても無駄ですよ。」
「・・・バレてましたか。」
「まぁ、専門みたいなもんなんで。あんまりしつこいともう仕事受けませんよ、バーボンさん。」


悪びれずクスクスと笑いながら謝罪の言葉を口にする男の言葉を無視して電話を切った。ハァ、と大きく息を吐いて心を落ち着ける。あの頃と比べると話し方こそ全く違うが落ち着く声色は変わっていなく、電話をして元気そうな声を聴くたびに安心している。降谷零の幼馴染としての苗字名前としてはお互いが大学を卒業してからまともに連絡をとっていないため、もしかしたら私の事はもう好きでもなんでもなくて、もはや忘れているかもしれない。といっても、あの日私がこっぴどく告白を断った日以前も以降も、彼はそれらしき態度は一切見せなかったのだが。今となっては本当に私のことが好きだったのかも疑問である。閑話休題。それでも念には念を入れて正体を隠すために性別を偽り、冷たく対応していた。しかし、降谷くんの幸せの為に自分のステータスを全振りふるほどには大事に思っているので、仕事を受けないというのは嘘である。相手もその事をどこかでわかっているのか、携帯に口座にお金が振り込まれた通知とバーボンさんからの「次もよろしくお願いします」というメールが届いた通知が表示されていた。
着金確認をしながら寝室から仕事部屋へと移動する。そこでパソコンを起動し、バーボンさんに頼まれていた商品、つまり情報を送信した。これでひとまず急ぎの仕事は終了である。ググッと両手を天井に突き出して伸びをした後、朝食兼昼食を食べるために私はリビングへと向かった。
そう、私はハッカー兼情報屋という中二病も真っ青な職についていた。
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