02
「突然すみません、こんにちは」
「おぉ、名前君か。よく来たのぉ。」

ふくよかな身体に白衣をまとった立派な髭の持ち主である阿笠博士は、そう言って快く私を家に招き入れてくれた。いつもは予定を確認する為に一度連絡を入れてから阿笠邸に訪問するのだが、今回は突撃訪問してしまった。それにも関わらずいつものように笑顔で出迎えてくれた阿笠博士に私も笑顔を向けてお邪魔する。途中で手土産として購入した少しお高いケーキを阿笠博士に渡せば、心底嬉しそうにキッチンまでスキップで向かってしまった。哀ちゃんに怒られてしまうようになるまでは、私が甘やかしてあげよう。自分が食べたいのもあるけれど。
私をリビングに案内する前にキッチンに向かってしまった阿笠博士はいつものことなので、私もいつものように勝手にリビングへと向かった。天井の高い近未来的なこの家は、いつか小さな探偵たちの笑い声で満たされるのだろう。ということは、ここは前世の私にとっては聖地ではないか。そう思って最初にここに訪れた際、両手を合わせて拝んでしまったのは記憶に新しい。ちなみに私の中の聖地No.1である喫茶ポアロにはすでに巡回済みだ。尊い。
5分程ソファに腰かけて携帯のメールをチェックしていると、お盆にケーキを3つも乗せた阿笠博士がリビングへと入ってきた。

「いや〜いつもおいしいお菓子をすまんの。」
「いえいえ。喜んでいただけて何よりです。」
「実はどれにしようか迷ってしまってのぉ。名前君から選んでくれ。」

そう言いながらコーヒーカップを私の目の前に置いてくれた。私は無類のチョコレート好きであり、チョコレート中毒患者といっても過言ではない。チョコレートがないと私はきっと死んでしまう。いや、現実的には死なないだろうけど、精神的にはきっと死ぬ。それを目の前の気のいいおじいさんもわかっているのか、チョコケーキが私から一番近い位置に置かれていた。その優しさに心がぽわりと温かくなった。本当にいい人。遠慮なくチョコケーキを選び、いただきます、と一口ケーキを口に入れる。少しお酒の効いた濃厚なチョコレートの味が口内いっぱいに広がり、思わず口角が上がる。はぁ〜おいしい。

「名前君は本当にチョコレートが好きじゃのう。」
「はい、大好きです!ところで、博士はケーキどちらを召し上がるんですか?」
「ふむぅ。決められんので両方食べることにしたんじゃ!」

はーっはっは!とまるで悪役のように高らかに笑いながら、一口食べてはもう一つのケーキを一口食べるという贅沢食べをしている阿笠博士を見て、私も声をあげて笑ってしまった。これは確かに気味の悪い笑い方だ。哀ちゃんが呆れてしまうのもわかる。こらえきれない笑いを隠さずに、私も目の前のチョコケーキへと意識を戻した。





「して、今日はどうしたんじゃ?」
「実は変声機の調子が悪くて・・・」
「ふむ。見せてくれんか?」


ケーキを食べてしばらく談笑していたが、一度話題が途切れた時に阿笠博士は話を切り出してきた。私は鞄に入れていたチョーカーを2つとも取り出して阿笠博士へと手渡した。


「名前君でわからないとなると、部品関係かの。」
「一応システムは調べてみたんですが異常はなかったのでおそらくは。」


情報屋の際に必ず必要なこのチョーカー型の変声機は、システムの面で私もお手伝いして阿笠博士と共同で作り上げたものだ。数年後には阿笠博士1人で作り上げてしまうことは知っていたが、どうしても欲しくてお手伝いをさせてもらった。しかし、まだ世間に出回ってはまずいので、手伝った見返りにしばらくはお金を払って独占使用させてもらう約束を取り付けた。その為、このチョーカーの存在はまだ私と阿笠博士しか知らない。
情報屋兼ハッカーであるフルールの正体は誰も知らない方がいい。いや、正確には他の誰にバレてもいいが、降谷君にだけはバレたくない。しかし、情報はどこから漏れるかわからない。こんな仕事をしていると殊更感じる。だからこそ、他の誰にもバレてはいけないのだ。
いつのまにか工具を取り出してカチャカチャとチョーカーをいじっている阿笠博士は原因がわかったのか、私では理解できない機械工学らしき事をぶつぶつとつぶやきながら部品を交換していた。作中では少年少女に好き勝手言われていたが、実際とても有能な人なのだ。あの数々の発明品を見ていたらわかる。ただ、作るものが少しアレなだけで知識だけは世界に誇れるのではないかと私は思っている。
手持無沙汰な私は、阿笠博士に断りを入れてから持参したノートパソコンを開き、副業をすることにした。平日の昼間からいい大人の独身女性が家に引きこもっていると、ご近所の噂の的なのである。あ、実はハッカーやってまして、その兼ね合いで情報屋もやってるんすよ。だから普段は家で怪しい人たちと頻繁に連絡をとってます、ははは。などと言えるわけもなく無難に作家ということにした。しかし、ミステリーなど私が書けるわけもなく、前世にはあって今世にはない絵本を細々と出版している。売り上げはそこそこある為、月に一冊は書き上げないと担当さんに怒られてしまうのだ。さすがにここで絵は描けない為、パソコンにだいたいのあらすじを書いていく。何本か担当さんにメールで送信し、次回作を決めるのだ。
しばらく私のキーボードを叩く音と、博士の工具をいじる音が響いた。このなんでもない日常が、私はたまらなく好きだった。自分はここにいていいのだと、そういってもらえている気がして。


「よし、できたぞい!」
「ありがとうございます!」
「ええんじゃよ。部品にガタがきてただけじゃから、またこれでしばらく大丈夫なはずじゃ」
「本当に博士はすごいですね。ありがとうございます。」


担当さんへのメールも無事送信完了しネットサーフィンをしていた私は、惜しみない心からの称賛を述べた。阿笠博士はだらしない笑顔で喜んでいた。きっと普段褒められることが少ないのだろう。不憫すぎる。修理が無事終わったチョーカー型変声機をケースに入れてカバンにしまってから引き続き談笑を楽しんでいると、突然リビングのドアが開いて一人の少年が入ってきた。


「あれ、名前さん来てたんだ。」
「こんにちは新一くん。学校お疲れさま。」
「サンキュー。またなんか二人で作ってんの?」


学校の制服に指定のカバンを持ってリビングに入ってきたのは、幼いながらも大人顔負けの推理力を持ち、モデル並みのルックスから怖いくらいモテている工藤新一その人だった。阿笠博士と懇意にさせてもらっているつながりで、隣に住んでいる新一くんとも自然と仲良くなった。たまに新一くんの思い人である蘭ちゃんも交えてご飯を食べたりする為、家族に近い付き合いだ。最初は仲良くなるつもりなどなくそれとなく断っていたのだが、あざと可愛いミニ新一くんとミニ蘭ちゃんにしょんぼりされ続けて断れるやつがいるだろうか。いや、いない。いるならここまで連れてこい。あれ?このくだり前もやったぞ?
阿笠博士と私は、今までもいくつかのものを共同開発してきたので、今回もそうだと思ったのか新一くんはカバンもおろさずに私と博士の手元を覗き込んだ。しかし、もうとっくにチョーカーはカバンにしまっていた為そこにはコーヒーカップが人数分並んでいるだけだった。チョーカーの存在をまだ明かす気がない私はにっこりとほほ笑んで、


「えっち。」
「え、あ、いや。って別になんもねーじゃねーか!」
「あはは。動揺しすぎ。」


後に”日本警察の救世主””平成のシャーロック・ホームズ”と名高い彼も、今はまだ私に弄ばれてもらおう。というか、高校生になった後でも弄べないと情報屋としてはやっていけない。こっそり彼で自分の実力を試していると知ったら新一くんはなんというだろうか。少し頬を赤く染めてつまらなさそうに唇をとがらせている新一くんを見て、私はまだいけるな、と失礼なことを考えて隣に座るように促した。


「さあさあ。愛しの彼女のことを聞かせてよ。最近会ってないからさあ。元気にしてるの?」
「べ、別に蘭は彼女じゃ・・・!」
「あらぁ?蘭ちゃんなんて私は一言も言ってないけど?」
「名前さん!!」


本当、からかうの楽しい。かの有名な名探偵も好きな子の話になると、どこにでもいる普通の少年になる。不満そうに携帯をいじる新一くんを見て幸せになってほしいとは思うが、生憎私の両手はそんなに大きくない。本当に守りたいものの為に、彼には江戸川コナンになってもらう。降谷くんを助けてもらう為に。
彼らといると、とても楽しく幸せな気持ちになるが、それと同時に罪悪感で胸がいっぱいになり言いようのない気持ちに襲われる。私は、私の大事な人の為に大好きな人たちを不安と恐怖に陥れるのだ。さながら疫病神かな。未来を知っているという点においては神というのもあながち間違いではないかもしれないが。
だめだ、考えすぎるとどんどんネガティブになってしまう。チョーカーは直ったことだし、新一くんが帰ってきてしまった今、早々に帰ったほうがいい。そう決めた私は残りのコーヒーを飲み干して、カバンを手に立ち上がった。


「では博士、今日はありがとうございました。」
「もう帰るのか?夕飯でも一緒に・・・」
「いえ、また来ますので。」
「そう言って名前さんは最近全然一緒にいてくれないよな。」
「・・・そうかな。ありがたいことに絵本がよく売れるからね、忙しいんだよ。」
「ふーーん」


新一くんは携帯から目を離さずに、先ほどからかった時の不満そうな顔とはまた違った、気に食わないような表情でそう言った。たしかに、最近はできるだけいつでもフェードアウトできるように阿笠博士と以外あまり一緒にいないようにしていたが、まさか気づかれていたとは。不自然にならないように気を付けていたのに。さすが未来の名探偵。これは弄べなくなる日も近いかもしれない。


「残念だけど、今日は帰さないぜ。」
「いやいや、帰るからね。」
「蘭の様子が気になるなら自分で確認すればいいだろ。」
「・・・まさか新一くん。」


恐る恐る問いかけると、新一くんはしてやったりと「そのまさか。」と言いながらにやりと笑った。携帯の画面を私に見せつけるように向けてきたため、画面に目をやった。開かれていたのはメール受信画面で、送信元は予想通り蘭ちゃんだった。


『名前さんをどんな手を使っても引き留めておいてね!!あと5分で着くから!!』


受信時間は今からおよそ5分前。そう認識した瞬間に阿笠邸のインターフォンが響き渡り、阿笠博士が元気よく返事しながら鍵を開けに玄関に向かっていった。私はまだカバンを手に立ち上がったままだ。


「蘭ちゃんに弱いの知ってて黙ってるのはずるいよ。」
「俺たちから逃げようとする名前さんが悪い。どうせたいした用事じゃないんだろ?」
「・・・・・・」
「蘭と話してやってよ。名前さんに会えなくて寂しがってたから。」


もちろん、俺も寂しかったし。と少し頬を赤らめながら言われてしまっては、さすがの私も帰るなんてもう言えなかった。さらに、嬉しそうに笑った蘭ちゃんに勢いよく抱きつかれて、帰るのを完全に諦めるまであと5分。

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