公安になった理由
「高校生になったら、僕は留学することにしました」
「そっかぁ、探くん頭いいもんね。頑張って!」
「・・・ありがとう。ただ、筋トレを中断して話を聞いて欲しかったな」
「え?あ、ごめんごめん。でもちゃんと聞いてるから」
「そういう問題ではないでしょう」


ダンベルを使って筋トレをしていると、私の年の離れた幼馴染である白馬探くんが、一人暮らしをしている私の家にやってきた。筋トレしながらでも話は聞けるのでそのまま聞いていると、呆れたように注意されてしまった。解せぬ。
探くんはそのままソファに腰かけた為、まだ話したいことがあるようだ。しぶしぶダンベルをいつもの場所にしまい、向かいの床に座った。


「あんなに小さかった探くんが、もう高校生かぁ。私も大人になったもんだ」
「名前さんより、僕の方がよっぽど大人ですけどね」
「私は一応社会人だからね!?社会の荒波に揉まれてるんだから、探くんよりは大人に決まってる!」
「その必死な所が子供みたい」
「ぐぬぬ」


10近く年が離れているこの幼馴染は、恐ろしいほど頭がよく、昔から年の差をほとんど感じていなかったが、これには意義を申し立てたい。私は、テーブルに両手を叩きつけて、キッと探くんをにらみつけた。


「私が子供なんじゃないの、探くんの頭が良すぎるの!」
「名前さんが子供で、僕の頭がいいから同レベルの会話になるんだよ」
「ぐぬぬ」


先程からぐぅの音も出ない論破をされている気がするが、気にしたら負けだ。確かに私は子供かもしれない。だが、学力的には問題はない。いや、むしろ警察学校を主席で卒業しているから、いい方に分類されるはずだ。しかし、完全努力型の私と違って、「え?学校のテスト?教科書呼んでたらわかるでしょ(笑)」を地でいくキングオブチートの探くんにとっては、私なんて道端の石に等しいんだろうなあ。


「まぁ、とにかく。外国は色々大変だと思うけど、頑張ってね」
「ありがとう。名前さんも、警察の仕事頑張ってね。詳しい仕事内容は聞いた事ないから知らないけれど」


ニッコリと、邪気のない笑顔でそう言った探くんだが、本当はわかっているのだろう。警察学校を卒業した人が、親しい人にも言えない部署に配属された、ということの意味を。







「・・・い、おい。起きろ、苗字名前!」
「ふぁい!」


フルネームで名前を呼ばれ、脊髄反射で立ち上がって返事をする。起き抜けの働いてない頭を必死に動かして周囲を確認すると、呆れたように腕を組んでいる眼鏡の男性がいた。


「か、ざみさん・・・」
「お前、何徹目だ?」
「えーっと・・・」


上司の名前を呼ぶと、はぁ、とため息をついて何徹目か聞かれたが、起きたばかりでなかなか思い出せない。やっと頭が動き出して、色々思い出してきた。
ここは警察庁の一角である公安部署で、私の職場。執務に追われていた私は寝る間も惜しんで働いていたが、いつの間にか意識を飛ばして夢を見ていたらしい。先程の探くんの夢だ。元気かなぁ。
ぼーっと意識を飛ばしていると、いよいよやばいと思ったのか、風見さんが心配そうにこちらをうかがってきた。


「おい、大丈夫か?目がおかしいぞ」
「あ、はい。大丈夫です。勤務中に睡眠を取って申し訳ございません。質問の返答がまだでしたが、今日で五日間、家には帰っておりません」
「よし、帰れ」
「しかし、まだ仕事が・・・」
「・・・頼んでいたデータの整理は終わっていないのか?」
「いえ、そちらは処理済で、会議資料まで作成しております。今は先日の事件のリストを整理中です」
「それは明日でいい。一度帰って、明日の昼に登庁しろ。そのまま作業を続けたところで効率も悪くなる」
「このリストだけでも・・・」
「降谷さんに言いつけるぞ」
「!? そ、それだけはご勘弁を!」
「なら帰るんだな」


私の大尊敬する上司で、人生のバイブルでもある降谷さんに言いつけると言われてしまえば、私にノーと言えるはずもなかった。降谷さんはとても部下思いの方で、私の食生活が乱れていないか、仕事は無理をして行っていないかを逐一確認してくださる。自分は長期の潜入捜査に当たっており、私よりもはるかに忙しいはずなのに、部下への気遣いを忘れない。なんて出来た人なのだろうか。
という訳で、風見さんにより私が五徹目だということが降谷さんにバラされてしまうと、しこたま怒られ、最悪の場合、部下として体調管理のできないやつなどいらない、と見放されてしまう恐れがあるので、大人しく家に帰ることにした。

荷物をささっとまとめて、風見さんや職場の皆さんに挨拶を告げて、私は部署を後にした。時間は19時を少し回った所だ。エレベーターを待っている間、目を閉じて帰宅してからの予定を組み立てる。冷蔵庫には何も入っていないが、どうせ明日からまた警察庁に篭るのだから食材は買わない方がいいだろう。コンビニでお弁当でも買おうかな。和食が食べたい。
チーン、とエレベーターが到着する音がして目を開く。扉が開くと中には上司である降谷さんが乗っており、驚いたように少し目を見開いてこちらを見ていた。私はびしっと背筋を伸ばし、エレベーターの正面からズレて敬礼をする。唐突の降谷さんは心臓に悪い。しかも睡魔で油断しきっていた為、イケメンオーラが眩しくて、少し目を細めてピントをずらす事でなんとか目を合わせる事に成功した。


「苗字か?」
「はい、苗字です!お疲れ様です!!」
「・・・相変わらず固いやつだな」


おかしそうに笑う降谷さんの格好は、白シャツに黒のスキニーとラフな事から、潜入先から直接登庁したことがわかる。手には大きな紙袋を持っており、いつものように何か食べ物を差し入れてくださるようだが、私は今まさに帰るところなのでいただけないのが非常に残念だ。


「今から帰るのか?」
「はい。風見さんに許可をいただきましたので」
「・・・隈がひどいが、睡眠は?」
「(一日一時間の仮眠は)とれています」
「一日一時間の仮眠はとれていると言わない」
「!?な、なぜ」
「はぁ・・・やっぱりな。ちょっとここで待ってろ」


あえて心の中で呟いた事を、一言一句違わず言い当てられてあわあわと動揺してしまう。やっぱり降谷さんはすごい。
呆れたようにため息をついたかと思えば、ここで待てとの事だった為、忠犬よろしくエレベーターの脇で直立不動のまま待機することにした。ジッとしていると眠くなる恐れがあったので、スクワットをして待っていると、これがなかなか熱中してしまう。100回目指して一心不乱にスクワットをしていると、しばらくして戻ってきた降谷さんに止められて中断となった。


「そんなに体鍛えてどうするつもりだ」
「もちろん、降谷さんのお傍にいる為です。いつ何事にも対応でき、お役に立てるよう日々精進しております!最近リンゴを潰せるようになりました!」
「なんでリンゴ」
「いつでもフレッシュジュースを提供できます」
「いらない」


いらないのかぁ。少しがっかりしていると、降谷さんは先ほどから持っていた紙袋を軽く持ち上げて、一緒に食べよう、と言って空いている会議室へと向かっていった。まさか、家に帰って寝るだけという私ごときの分を、わざわざ分けて持ってきてくださったとでもいうのだろうか。感動でどうにかなりそうだったが、とりあえず降谷さんをお待たせするわけにはいかないので、スクワットの為脇に置いていた荷物を手にとり、急いで後を追う。
中に入ると、降谷さんはすでに紙袋の中からお弁当を取り出しており、お茶まで準備してくださっていた。


「ふふふるやさんにそこまでしていただく訳には・・・!」
「寝る為に帰るんだろうに付き合わせてるんだから、僕がやるさ」
「いえそんな!一緒にお食事させていただくことが、私にとっては睡眠より休息になりますので!」
「ふっ、そうか。まぁ、いいから食べよう」


私の分であろうお弁当箱が置かれている、降谷さんの隣の席に腰かけ、再度降谷さんにお礼を告げる。手を合わせていただきます、と言ってから蓋を開けると、なんと中身は私の好きなものだらけだった。和食中心で、ご飯には塩昆布が乗せられており、どれから食べようか迷うが、まずはお箸で卵焼きを掴み、口に入れた。優しい出汁の味がじゅんわりと広がって、思わず口端が持ち上がる。


「おいひいです・・・」
「そうか」
「人数分のお弁当を作ってくださったんですか?」
「いや、あいつらにはおかず別にタッパーに詰めたのを渡した。ちゃんと弁当に詰めたのはお前だけだよ」


頬杖をついてこちらをじっと見る降谷さんに、ごくり、と口の中に残っていた卵焼きを飲み込んだ。私だけに、お弁当を作ってくださったと言うこと?そんなのって、


「私が女だからと気を使ってくださったんですね。いつもお気遣いして下さり本当にありがとうございます!ですが、私も一端の公安警察です。次回より他の方々と同じものをお願いします。お手間をおかけする訳にはいきませんので」
「手間じゃない。僕が好きでやってる事だ。気にするな」


なんでこんなに優しいんだこの人は。周りの人全員にこんなに優しくしていたら、変に勘違いされてしまう。ただでさえ顔が整っているのに、勘違いしまくった数多の女性に埋もれる降谷さんが容易に想像出来た。もちろん、私は勘違いなどしない。小さい頃からなぜか公安警察になりたくて、死に物狂いで努力してその夢を成して降谷さんに初めてあった時、私はこの人の役に立つ為に公安警察になりたかったのだと理解した。なぜかはわからないが、きっと運命かなにかだろう。この国に全てを捧げる降谷さんの手助けをする為に私は生まれてきたのかもしれない。だから私はずっとお側で部下として支えていくのだ。
だから、手料理を頂くくらいで勘違いなど、絶対しない。


「どうだ、美味いか。苗字の好きな和食にしてみたんだが」
「とても美味しいです!完全に胃袋を掴まれております」
「ついでに心も掴みたいもんだよ」
「? 既に掴まれておりますが。降谷さんの為なら命も捧げます」
「・・・そうだな、苗字は本当によくやってくれてる。でも意味が違う」
「どのような意味でしょうか?」
「気にするな。それ食べたら帰ってちゃんと休めよ」
「はい!」


降谷さんはこうしてたまによくわからない事を仰る。きっと私などでは理解できない事なのだろう。風見さんならわかるのだろうな、と思うと同時に、それはつまりまだまだ私も成長の余地があるということだ。もっと頑張ろう、と決意して引き続き降谷さんお手製のお弁当を堪能するのだった。

一万打フリリク企画
やよい様:公安主が上司降谷を全力推し