宙に浮いた心臓
真っ赤なマスタングが夜の街を駆け抜ける。運転席には、目の下の隈がひどく、ニット帽を被ったとんでもない男前が座っていた。その男は、助手席に座る女、つまりは私なのだが、に一声かけてから窓を少しだけ開きタバコに火をつけた。


「君は、」
「苗字です。苗字名前」
「そうか、名前。君は」
「ちょ、名前呼びですか」
「ダメか?」


公安とFBIによる合同調査の一環として、つい先日からこの男、赤井秀一と組んでいるが未だにキャラが読めない。今も捜査の帰りで唐突に話しかけられたかと思ったら、名前呼び。そういえば今まで名前を呼ばれる事がないなと思ったら、まさか私の名前を覚えていなかったのか。頭は切れるし、身体能力も抜群、長距離射撃をさせたら外すことはない。そんな超人がまさか人の名前を覚えられないなんてそんなことありえるのだろうか。っていやいや。赤井さんとは何度か会った事があるし、自己紹介もしている。きっとアメリカンジョークだな。しばらくはペアで動かなければならないし、仲を深めようとしてくれているのだろう。さすが、できる男はやはり違う。
目つきの悪い厳つめのイケメンが、捨てられた子犬の様に私に名前呼びを許可してもらおうと待っている様は非常に恐ろしいが、特に断る理由もない為承諾した。


「ありがとう。俺の事は秀一と」
「引き続き赤井さんとお呼びします」
「フッ、つれないな」


外国の方はみんなこうなのか?こんな男前にじゃれるように構われたら、普通の女は速攻ドボンだぞ?まぁ、私は唯一無二の降谷さんという史上最高の上司で、人生のバイブルが存在している為、被害を被ることはないが。
赤井さんは可笑しそうに笑って、ほとんど根元まで吸いきったタバコを灰皿に押し付けた。その後、窓を閉じながら私を横目で見て口を開く。


「名前は、降谷くんの事をどう思う?」
「はぁ、どうとは」
「男として」


何を言うのかと思ったら、降谷さんの事が知りたかったのか。そりゃそうだ。彼は日本が誇るリーサル・ウェポンで、その実力はFBIにまで轟いているのだろう。大好きな上司の話となればと、私は先程までの怪訝な態度が嘘のように饒舌に語り始めた。


「完全無欠な方です。与えられた任務では、それ以上の事を行い、上司からの信頼も厚い。更には私たち部下に対しての気遣いも常に忘れず、部下からの尊敬や畏敬も一身に集めてらっしゃいます。かくいう私も心の底から尊敬しております!あの人の為なら私は命も捧げます」
「ホォー・・・降谷くんは良い部下を持ったな」
「そう思っていただけるように日々精進しております!」
「君はもう充分頑張っていると思うがな」
「いえ、私など降谷さんの足元にも及びません」


赤井さんって結構話しやすい人なんだなぁ。と降谷さんの話を力説しながら私は思った。ここにいなくても話題を提供してくれる降谷さん、一生ついていきます。
しばらく降谷さんトークで盛り上がっている内に、目的地である警察庁へ到着した。盛り上がっているといっても、私が降谷さんの素晴らしさについて語るのを、絶妙な相槌で聞いている赤井さんの図なのだが。赤井さんは非常に聞き上手な為、私も際限なく上司自慢をしてしまった。
マスタングを駐車場へ停めて、今日の捜査についての報告の為に警察庁まで二人で歩いて向かう。入ってしばらくすると、前方から降谷さんが歩いてくるのが見え、私は一度立ち止まり頭を下げた。降谷さんは私を認識した後で赤井さんに気がついたらしく、苦虫を噛み潰したような顔をしている。相変わらず赤井さんの事は苦手なようだが、私は比較的人間らしい降谷さんが見られるので、この顔が結構好きだったりする。
私がお辞儀しているのを律儀に止まって待ってくれていた赤井さんが、腰をかがめて私の耳元に顔を寄せてきた為私も顔を少し寄せる。


「報告はこちらでしておこう。降谷くんには君から直接するといい。また君の自慢の上司について聞かせてくれ」
「! はい、まだまだお話したいことはありますので!」
「そうか。楽しみにしている」


赤井さんに降谷さんを認めてもらえたようで、嬉しさのあまりに顔が火照ってふにゃふにゃとした笑顔を浮かべてしまう。それに赤井さんも口端を少し持ち上げて笑顔を返してくれた。顔を近づけてきたのは、降谷さんの事についてだったからなのか。そりゃあいい話であろうとも、その人の前で噂をするのは気が引けるものなので、気を使ってくださったんだな。
報告をしてくださるとの事だった為そのまま立ち止まって赤井さんを見送っていると、すれ違うように降谷さんがこちらにやってきた。相変わらず表情は仏頂面で面白くない、と顔に書いてある。


「今日の成果はあるのか?」
「お疲れ様です!それが、一つ気にかかる点が浮かび上がってきまして、」
「名前!」


降谷さんへの報告をしようとしていると、少し離れた場所にいる赤井さんに名前を呼ばれた。降谷さんで壁になっており赤井さんが視認できないので、失礼とは思ったが少し体を傾けて顔だけを降谷さんの体の横から飛び出させた。


「また明日、よろしく頼む」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!」
「降谷くん、明日も君の部下を借りるぞ」


何事かと思えば別れの挨拶だったようで、笑顔で返事をすると赤井さんは満足そうに今度こそ去っていった。さて、降谷さんに報告の続きをと思い顔を上げると、降谷さんは返事もせずに赤井さんが去っていった方向を睨むように見ていた。確かに少し前までは会えば喧嘩するような仲ではあったが、今は無視したりするほど仲が悪いわけではないはずなのに、降谷さんは赤井さんからの言葉に返事をしなかった。礼儀正しい降谷さんにしては珍しい。具合でも悪いのだろうか、そういえば隈もひどいから最近寝ていないのかもしれない、と上司の体調が不安になった。
どう言えば寝てくださるだろう、と考えていると、降谷さんに右腕を掴まれすぐ側にあった会議室へと引っ張りこまれた。私の背中で扉が閉まる音がするのを最後に、私と降谷さん以外に人がいない部屋の中はしん、と静まり返った。


「あの、降谷さ」
「随分と仲がいいんだな」
「へ?」
「耳打ちで赤井に何を言われていた」
「え、あの・・・その・・・」
「僕には言えないことか」


次回の降谷さんを褒め称える会について相談してました、なんて恥ずかしくて口が裂けても言えない。そもそもなぜそこまで私と赤井さんの会話にこだわるのだろうか。仕事に関してのことは余すことなく報告している。今日の報告はまだだが、耳打ちで仕事の話をするわけがない為、私用の話である事は降谷さんもわかっているはずだ。だからなんとか追求は勘弁願いたい。私はもにょもにょとよくわからない言語を発しながら、どうにかしてごまかそうと後ずさりながら目線を泳がせた。
私のハッキリしない態度に苛立ったのか、降谷さんは隈の濃い顔を歪ませて私の顔の右側の壁に、自らの左手を勢いよく叩きつけた。あまりの迫力に私の喉からヒィ、と小さく悲鳴が上がる。


「二人きりで捜査に行くだけでも相当我慢してやってるのに、なんだよ最後のあいつの顔は」
「あ、あの、」
「しかも仲良く並んで帰ってきたと思ったら、顔を寄せて内緒話しやがって。なんか可愛い顔してるし。その後に至っては名前呼びだと?ふざけるな」


ブツブツと早口でまくし立てているのもあるが、どんどん顔が近づいてきており、目と鼻の先にある降谷さんの整った顔のせいで全く話が耳に入ってこない。このままでは緊張で死んでしまうと、なんとか抜け出そうと身じろぎするが、残った方の手も顔の横に叩きつけられてしまい、降谷さんの腕で檻のように囲われてしまった。
ギラギラと肉食獣の色を浮かべた青灰色の瞳が私を捕らえて離さない。ミルクティー色の髪がさらりと私のおでこに触れ、その後を追うように降谷さんのおでこがこつりと触れた。あまりに近すぎる距離に私の心臓がバクバクと高鳴って口から飛び出しそうだ。


「頼むから・・・俺から逃げないで。赤井になんか渡さない」


そう言って、壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめられた。あまりに突然の事に私の身体はガチガチに固まってしまい、口はだらしなくぽかりと開いている。行き場のわからない両手は、持ち上げて降参のポーズをとっていた。
どうすればいいのか混乱していると、少しだけ震えているような降谷さんに気がついて、脳が少し冷静になる。きっとこの人は、もう身近な人を失いたくなくて、私のような部下にまでその想いをぶつけてくださっているんだ。私が赤井さんと仲が良くなって、FBIに転職してしまうとでも考えているのだろう。上司に部下として大事にしてもらえている事が嬉しいはずなのに、どこか胸の奥底がもやりとする。そのもやもやに内心首を傾げながら、この迷子のような上司を安心させてあげたいと、持ち上げたままだった両手で降谷さんの肩辺りのシャツを握りしめた。


「私はずっと、降谷さんが許す限りお側にいます」
「ほんとうに?」
「はい。公安として、降谷さんの部下として、これからも頑張らせてください」
「・・・今は、部下としてでも・・・いつか・・・」


それだけ言ったあと、唐突に降谷さんの体から力が抜け、私の方に全体重がかかってきた。慌てて支えるが、重すぎてドアにもたれながらズルズルと座り込んでしまう。やはり具合が悪かったのだろうか、と焦って降谷さんの顔を覗き込むと、長い睫毛に覆われた瞳は閉じられて、穏やかな呼吸を繰り返していた。眠気が限界にきて、気を失うようにして眠ってしまっただけのようでほっと一安心する。とりあえず降谷さんの体制が苦しそうだった為、私を抱きしめている両手をなんとか離して、私の膝に降谷さんの頭がくるよう慎重に動かした。その間も目が覚める気配はなく、相当疲れているのだろう。自然に目を覚まされるまではこのまま枕替わりにでもなんにでもなろうと姿勢を正した。
最後の言葉はきっと、いつか部下としてではなく同僚として、という意味だろう。私の目指すべき姿の公安である降谷さんにそのような激励をいただいて嬉しいはずなのに、先程からのもやもやは晴れることはなく、自分の気持ちがわからない。とりあえず、降谷さんが目を覚ますまでにはこのうるさすぎる心臓を少しは大人しくさせなければ、と自分の気持ちは置いておいて、なるべく降谷さんの寝顔を見ないようにして心臓の制御にかかったのだった。
一万打フリリク企画
悠様:赤井に嫉妬する降谷