遭遇
「僕の名前は降谷零ですが、訳あって普段は安室透と名乗っています。なので僕の事は安室透と認識してください」
「偽名ってことですか?どうして?」
「それは言えません」
「あ、はい」
「人には言えない仕事をしているので、普段は私立探偵という事にしています。僕の事はしがない私立探偵と認識してください」
「本職はなんなんですか?」
「それは言えません」
「あ、はい」
先日、高そうな個室の和食屋さんにて、先程自己紹介されたばかりの降谷さんと食事をした。そこで降谷さん改めて安室さんは自分の事を教えてくれるような事を言っていたのに、蓋を開けてみればこの始末。何を質問してもいいのかとワクワクしながら着いていけば、全部「それは言えません」だった。分かったことは、本名は降谷零だが呼ぶ時は偽名の安室透であること。29歳であること。本職は秘密だが探偵ということにしているということ。なんだこれ。結局やばい人なんじゃないか。というか、人には言えない仕事ってなんだ。言えないならそもそも私にも探偵だと言ってくれればよかったのに。
結局、私から質問して答えてもらえたものはただ一つだけ。
「どうして私の名前を知っていたんですか?」
「探偵ですから。顔と住所が一致していれば名前を調べることなど造作もありません」
「なるほど」
以上である。昨今の探偵はこうも優秀なのか。そういえばテレビでも連日『眠りの小五郎』という名探偵が事件をズバズバ解決していると言うし、さすがに毛利小五郎までとは言わないが、安室さんも相当凄腕探偵なのだろう。よし、本職が何かを気にするのはやめよう。探偵だと思ってほしいと言っていたし、本名である降谷零も聞かなかったことにして、安室透さんとして接すればいい。
そう自分を納得させる頃には食事は終わり、二人で歩いて私の家まで向かってエントランス前で別れた後だった。連絡先の交換もしなかった為、次に会うことがあるとしたらそれはまた彼が怪我をした時だろう。だが、以前は知らなかった事を少しだけ知れた事が嬉しくて、なぜ安室さんが私の家まで迷わず来れたのかなんて気にならなかったのである。
*
あれから数日。今日は仕事が休みだ。仕事終わりはなかなかスーパーに行く時間がない為、休みの日に一週間分を買い込むスタイルの私は、仕事用のカバンをそのまま持って米花町のスーパーを目指して歩いていた。天気は快晴で、太陽は一番高いところで煌々と輝いて存在を主張している。雲一つないすっきりとした空の青を見ると、安室さんの瞳の色を思い出して少し心がふわふわする。
スーパーへの道のりの途中にある公園の前を通りかかった時、小柄な少女が中から飛び出してきたかと思えば、ビターン!!と気持ちいいくらい目の前で地面に叩きつけられるように転んだ。少女はそのままピクリとも動かなかった為、慌てて駆け寄って抱き起こす。
「大丈夫?どこか痛い?」
「お膝が痛い・・・」
「そっか。泣かないで偉いね。ばい菌入っちゃうといけないから、私に手当てさせてもらってもいいかなぁ」
「いいの?」
「もちろん!じゃあまずは公園で傷洗おうか」
そう言って手を差し出すと、思いの外簡単にその小さな手で握ってくれて、不用心さに少し心配になった。もちろん私に誘拐などをする気は全くないのだが。
そのまま手を引き歩き出しても、カチューシャを着けたその可愛らしい少女は、涙目になりながらも決してその雫を零したりせず私の手をぎゅっと握りしめて堪えていた。な、なんて可愛いんだ!!仕事用の鞄を持ってきておいてよかった。この鞄には安室さん用の救急セットが入っているから、膝を擦りむいた程度の傷ならば難なく手当することが出来る。
公園に入り、水道で膝や汚れた手のひらを洗ってもらってから声をかけて脇の下に手を入れて抱き上げる。小さな身体ではベンチに座るのも一苦労だと思ったからだ。そのままベンチに少女を座らせてから自分は地面に膝をついて鞄の中を漁っていると、焦ったような声で静止された。
「お姉さんのお膝汚れちゃうよ!」
「え?あぁ、いいのいいの。私は怪我してないから。ちなみに私の名前は名前っていうんだけど、あなたのお名前は?」
「歩美は歩美って言うの!」
「そっか、歩美ちゃん。今から消毒液をかけるから、ちょっと痛いかもしれないけれど我慢できる?」
「歩美、我慢できるよ!」
えらいえらい、と頭を撫でてあげると嬉しそうに頬を染める歩美ちゃんは本当に可愛い。まだ5、6歳だろうか?私が5、6歳の頃はこんなに素直で女の子らしくなかった気がする。まぁ今もなんだけど。
自分の幼少期へ思いを馳せながらも、歩美ちゃんの膝に消毒液を吹きかけて余分な液をガーゼで拭き取ってから、大きめの絆創膏で傷を覆い隠す。安室さんの手当てをする内に随分と手慣れた為、迷う事なくテキパキと手を動かした。これでよし、と絆創膏の上から手を当てて顔を上げると、キラキラと瞳を輝かせて私を見つめる歩美ちゃんと目が合った。
「お姉さんすごーい!ナースさんみたい!」
「いやいや、私はしがない事務員だよ!」
「じむいん・・・?」
「あー・・・会社で他の人達の手助けをする仕事かな・・・」
「やっぱり人を助けるお仕事なんだ!名前お姉さん、優しくて素敵だからピッタリ!!」
「わ、わーい。ありがとう・・・」
少し間違った認識をされている事はわかっていたが、子供の純粋な憧れを奪うわけにもいかずとりあえず喜んでおく。うふふ、とお互いに微笑み合っていると、遠くの方から子供たちが歩美ちゃんの名前を呼びながら駆け寄ってきた。歩美ちゃんは呑気に大きく手を振って彼らを出迎えようとしているが、これはやばいのではないだろうか?見た感じは幼女の膝に触れているいい年の女である。どうみても不審者です、どうもありがとうございました。その証拠に、もう目の前まで来ている子供たちの内の二人ほどに警戒心丸出しの目で睨まれている。あぁ、そんな目で見ないで。
「かくれんぼしてたのにどこ探してもいねえから心配したぞ!」
「そうですよ!ちゃんと鬼のコナン君から離れすぎるのはダメってルールだったじゃないですか!」
「ご、ごめんね」
大柄な少年とそばかすの少年にやいやいと詰め寄られて、申し訳なさそうに謝る歩美ちゃんは、残りの二人の視線には一切気が付いていないようだった。赤毛の少女と大きな眼鏡をかけた少年は、子供とは思えないような警戒を宿した目で私を睨みつけている。とりあえず歩美ちゃんの膝から手を離して、まずは話しかけることにした。コミュニケーションをとって、なんとか通報を待ってもらおう。
「みんなは歩美ちゃんのお友達かな?」
「・・・そうだけど、お姉さんはここで何してたの?」
「目の前で歩美ちゃんが転んで怪我してたから、手当してたんだよ。ね!」
「そうなの!すっごく上手に治してくれたんだよ!」
歩美ちゃんに同意を求めると、純粋な笑顔で肯定してくれて、メガネの少年はそれで信じてくれたのか苦笑いを浮かべて私に疑ってごめんね、と謝ってくれた。それに慌てて気にしてないことを告げる。この位の年頃は警戒し過ぎるに越したことはない。逆に、こんなに礼儀正しい少年は初めて見た為動揺してしまった。最近のちびっ子はすごい。でもえらく顔が整っているし、大変な思いをしてきたのかもしれない。イケメンも大変なんだなあ。
その後、全員で自己紹介を行い彼等が小学一年生で、少年探偵団というものに所属している事を教えてもらった。探偵だから困った時は俺たちに言ってくれよな!と輝く笑顔でそう言われ、心がきゅんとした。
会社と家の往復で心がすさんでいた所にときめきをありがとう。という訳で、歩美ちゃんの処置も終わったし買い物に行こうかな、と立ち上がる。
「じゃあ私は行くね。歩美ちゃんお大事に!」
「えー!いっちゃうの!?」
「俺達と遊ぼうぜ!」
「せっかく仲良くなれたのに寂しいです!」
ひしっ!と私の足に絡みついてる子供達を振り払うことなど出来るはずもなく、どうしようかとおたおたしているとコナンくんと哀ちゃんが三人に止めるように言ってくれた。どう見ても同級生ではなく保護者だ。
「おめーら、今から喫茶ポアロで安室さんに新作ケーキ食べさせてもらうんだろ?」
「それもそうでした・・・」
「そーだ!名前お姉さんも一緒に行こうよ!」
いい事思いついた!と言わんばかりに歩美ちゃんが両手を叩いてそう言った。懐いてくれるのは嬉しいが、ケーキをご馳走してくれるアムロさんとやらを私は知らない。安室透さんなら知っているが、私立探偵だと言っていたし喫茶店で働く人ではないだろう。安室ってそこまで珍しい苗字でもないし。というかもしそうならば世間狭すぎる。一応確認で聞いてみてもよかったのだろうが、「そのアムロさんって金髪で褐色の肌のイケメンで合ってる?」とか聞いた日には「こいつやべぇぞ、妄想と現実の区別がついていない・・・」となり、私は本格的に不審者の烙印を押されることになるだろう。そうならない為にも、私はその言葉を飲み込んだのだった。
足にしがみついている子供達の頭を撫でながら、体のいい断りの言葉を口に出す。
「アムロさんって人の事、私は知らないしやめとくよ」
「大丈夫だよ!安室さん優しいもん!それにポアロは喫茶店だから名前お姉さんはお客さんとして行けばいいよ!」
いこーよいこーよ、お願い〜!と力ずくからの正論+可愛さ攻撃に私はとうとう白旗をあげた。まぁ、喫茶店らしいし黙って座ってたらいいよね。みんながおいしそうにケーキを頬張る様を、なるべく存在を薄くして見守った後に静かにお暇すればいい。そうすれば彼らも満足して解放してくれるはずだ。
という事で、みんなで公園を出てゾロゾロと目的地である喫茶ポアロへと向かってT字路を左に曲がろうとした時、哀ちゃんという名の赤毛の女の子が、突然「じゃあね」と言って右に向かって歩き出した。それに対して歩美ちゃん達は「ばいばーい!」とお別れの言葉を言ってから、無情にもどんなケーキかの推理をしながら歩き出してしまう。
え、小学生ってこんなドライなお別れだっけ?女子高生でももう少し名残惜しんでお別れすると思うんだけど。大人っぽいコナンくんでさえも、頭の後ろで両手を組んで少し気怠そうにしながらも、歩美ちゃん達を追って歩いて行ってしまった。もしかしたら、この光景がいつもの事なのかもしれないが、一応私はまだ初対面であり礼儀は通さなければと、もうすでに少し遠くに行ってしまった哀ちゃんの傍に少し走り寄って話しかけた。
「哀ちゃんはケーキ食べに行かないの?」
「・・・私はパス」
「体調でも悪いの?大丈夫?よかったら私送ろうか?」
「大丈夫よ。あの子達と一緒に行ってあげて。ほら、あなたを待ってるわよ」
顔色を見るに、確かに頬は微かにピンク色に染まっており健康そうだ。ケーキを食べる気分ではないのか、それとも何か他の理由があるのかわからないが、私にそれを探る権利などない。体調不良ではないであろう事に安心してほっと息をついてから哀ちゃんが促す背後を振り返ると、元太くんのお腹が限界なのか少し怒りながら私の名前を呼んでいた。
「ほんとだ。じゃあまたいつか会えたらよろしくね。帰り道気を付けて!」
「・・・えぇ、さよなら」
ふいっと無表情のまま顔を背けて去っていった哀ちゃんは、私にはないクールビューティーそのもので年下ながらも、勝手に心の師匠にさせていただきたいほどであった。私もあんな落ち着きのある人になりたい。
心の中でそう決意して、元太くんに謝りながら元の場所へと走って戻る。それから、わいのわいのとアムロさんが用意してくれる新作ケーキについて話しながら歩いていると、喫茶ポアロに着いたのか元太くんが「ケーキ!」と叫びながら走って行き、その目的地らしいお店へと入っていった。それを追いかけるようにして光彦くんも走っていき同じく店の中へと消える。あの二人すごいね、と残った三人でのんびりと歩きながら話していると、歩美ちゃんが思い出したかのように私の名前を呼んだ為、歩きながら少し身をかがめて顔を寄せる。
「あのね、安室さんはすっごくイケメンさんなんだよ。名前お姉さんもきっとドキドキしちゃうから気をつけてね!」
「え、そんなにイケメンなの?・・・それってもしかして、」
金髪で褐色の肌なんじゃない?と先程は飲み込んだ言葉を聞き返す前に、元太くんと光彦くんが店から背の高い男性を引き連れて出てきた。案の定その人は、染めたものではないであろう自然な金色の髪と褐色の肌を持っており、夜の微かな明かりでさえも余すことなく反射していた金糸が、今は太陽の光で眩しいほどに輝いている。青灰色の瞳は私の見たことのない色を宿しており、その瞳に私を映すと少し驚いたように見開いてから優しく弓なりに形を変えた。
「こんにちは」
その柔らかい声も寸分違わず安室透さんのもので、私は歩いていた足を止めて、口をぽかりと開いたまま固まってしまった。それを安室さんがイケメン過ぎてドキドキしていると勘違いしたのか、「ね!イケメンさんでしょ!」と私に嬉しそうに話しかけてきた歩美ちゃんに返事をするのには、少し時間がかかりそうだった。