カエルには毒をもっている奴がいるから気をつけよう


平和で騒がしい街、江戸。その水面下では善良な市民を冒そうとあらゆる悪事が行われていた。若者の間でひっそりと流行りだしたという麻薬。一度嗅げば生まれ変わったような快感を得られる"転生郷"。宇宙最大犯罪シンジケート、宇宙海賊"春雨"が関わっている可能性が浮上し、捕まえるための網を用意していたところに驚きの情報が舞い込んできた。なんでも"春雨"一派と思しき船が二人の侍によって壊滅させられたというもの。キャプテンのような格好をしていたとかなんとか。内一人は攘夷党の桂だと確定している。沈没した船はすっからかんで、証拠品を押収し損ねてしまったらしい。もう少しで手が届きそうだったのに。
どうにも"春雨"と繋がっていた幕府の官僚もいるらしいし、そんな噂ほど回るのは早い。早速聞きつけた攘夷浪士の中で、奸賊を討つべしという動きが大きくなってきている。土方くんには内緒で、山崎くんと噂の官僚の屋敷に忍び込んで調べてみると"転生郷"が大量に見つかった。それでも真選組は幕府直属の組織で、クロだとわかっている官僚を護らなければならない。
納得するには、難しい。

「明日から禽夜様の身辺保護の任務を預かることになった。気を引き締めていくぞ。」

心優しい友人の顔が浮かぶ。
手を貸せるならと思ったけど。君の理想を叶えるのは、ひどく難しいことだね。
案外世界は悪意に満ちている。

攘夷浪士たちの間で噂が出回っているということは、屯所でも出回っているということ。誰にも明かしていないとはいえ、裏付けされた九割九分正確な噂だ。護る気持ちになれない隊士がいてもおかしくはない。近藤さんからより詳細に説明されたときも、不満の声があがっていた。案の定みんなの気持ちは宙ぶらりんで、山崎くんなんかは土方くんのいないところでミントンの練習をしている。最近のブームらしい。
真選組で一二を争う正直者の沖田くんは。

「砂利の上に直接座ったら、お尻痛くならない?クッション敷く?」
「お、あざーす。これ、座り心地良いですねェ。ふかふかですぜ。」
「この屋敷のやつだから、お高いやつなんだろうねえ。」

ぱっちりおめめデザインのアイマスクをして昼寝をしていた。どこで見つけてくるんだろう、こういうの。柱にもたれかかった方が寝やすいと思うんだけどなあ。クッションを下敷きに、縁側にもたれかかっている。清濁併せ呑む、と言うのだっけ?沖田くんは受け入れづらいことだろうなと思う。だって誰も納得できていない。普段からサボり癖があるからそう見えづらいが、案外沖田くんの正義感は強い。難しいね、と頬杖をついた。本当に。
ちゃき、と刀を向けられる。

「こんの野郎は… 寝てる時まで人をおちょくった顔しやがって。オイ起きろ、コラ。警備中に惰眠をむさぼるたァ、どーゆー了見だ。つーか燐子、てめェも一緒になってサボってんじゃねーぞ。」
「なんだよ母ちゃん、今日は日曜だぜィ。ったくおっちょこちょいなんだから〜。」
「そうそう、たまには休むのも大事なことだよ〜。」
「今日は火曜だ!!今休んでんじゃねェよ!」

沖田くんの胸ぐらを掴んで、お説教する土方くん。日常風景だ。そのままヒートアップしていってどんどん声が大きくなっていくのも、いつものことだ。ここが屯所であれば、の話だが。二人の頭をがん、と殴って、ここ一番の大きな声で近藤さんが二人を叱ると、その近藤さんががん、と殴られた。ガマガエル星人は近藤さんに怒ると、役立たずの猿めが、と吐き捨て部屋に戻っていった。あの人嫌だなあ。
縁側に並んで座る。なんだか楽しくない。

「幕府の高官だかなんだか知りやせんが、なんであんなガマ護らにゃイカンのですか?」
「総悟、俺達は幕府に拾われた身だぞ。幕府がなければ今の俺達はない。恩に報い、忠義を尽くすは武士の本懐。真選組の剣は幕府を護るためにある。」

沖田くんの疑問も、近藤さんの答えも、どちらも正しい、と思う。悪いことをしている人を護らなければならないことを嫌だと思うことも、恩人に報いるためにできることを尽くそうとする心も、理にかなっているような気がする。かちかちとオイルが切れかけのライターを鳴らす土方くんの代わりに火をつけてあげた。
その答えにもやはり納得のいかない様子の沖田くんはミントンの練習をしている山崎くんを引き合いに出す。土方くんは山崎くんを怒りに走っていってしまった。

「総悟よォ、あんまりゴチャゴチャ考えるのはやめとけ。目の前で命狙われてる奴がいたら、いい奴だろーが悪い奴だろーが手ェ差し伸べる。それが人間のあるべき姿ってもんだよ。」

そう諭して、勝手に出歩きだしたカエルを引き止めに行ってしまった。はあ、と大きなため息がひとつ。

「底なしのお人好しだ、あの人ァ。」
「近藤さんはすごいねえ。」

私は見殺しにしてしまったなあ。
近藤さんなら、手を差し伸べてたんだろうか。
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