カエルには毒をもっている奴がいるから気をつけよう


どおん、と銃声音が屋敷中に響いた。この場で撃たれるとしたら、それはカエルだけ。近藤さんは出歩きだしたカエルを引き止めにいっていた。隊士の叫び声で庇って撃たれてしまったのだとわかる。土方くんが山崎くんに狙撃手を追わせたのを聞き、群がる隊士たちを退かせて近藤さんの隊服を急いで脱がしにかかる。

「救護班を呼んで!」

ばたばたと隊士が走り出したのを横目に、シャツをボタンごと引きちぎった。幸い弾丸は貫通している。骨も筋も傷付いてはいないようで少し安堵した。救護班が来るまで傷口を押さえ、止血する。もう少し下を撃たれていたら、事態はもっと深刻だったに違いない。部屋に布団を敷くよう指示を飛ばす。
鼻で笑う音が聞こえた。

「猿でも盾代わりにはなったようだな。」

後ろにいた沖田くんが構えにかかった。斬るのはまずい。焦って振り返ると、指示を出し終えた土方くんが腕を掴んで止めていた。シャツで無理矢理左肩をふん縛って、隊士たちに布団まで運んでもらう。ばたばたと走ってきた救護班に簡単に状態を説明して、その場を任せた。カエルは既に別室に待機させている。しかし、あの発言は場にいた全員が聞いていた。大元を叩くまで身辺保護の任務は終わらないのに、こんなことが起こってしまっては無事に終わることはできないだろう。現に沖田くんは斬りかかろうとしていたのだし。私だって、護る気にはなれない。

夜が更けても近藤さんの目は覚めていない。狙撃手を追っていた山崎くんが調べをつけて帰ってきた。ホシは攘夷党とも負けず劣らずの過激派浪士集団"廻天党"。報告を聞いた土方くんは煙草をふかしている。もう一度、護衛を仕切り直す旨を話すとあちらこちらから反対の声があがる。みんなカエルを敵視してしまっていた。大切な大将が身を呈して庇った挙句に、さらに馬鹿にされたのだから致し方ないことだろう。山崎くんも先日掴んだ証拠を提示して、幕府についての懐疑心を吐露していた。今の幕府は人間のためになんて、とうの昔から存在していない。友人はきっと今も、理想のためにたった一人で戦っている。私はそんな彼のために手を汚すことを選んだ。土方くんは、自分の居場所を、侍としての誇りを護ってくれた近藤さんのために。

「…幕府でも将軍でもねェ。俺の大将は、あの頃から近藤こいつだけだよ。大将が護るって言ったんなら仕方ねェ。俺ぁそいつがどんな奴だろーと護るだけだよ。」

気に食わないなら帰れと言い残し、屋敷の見廻りに行ってしまった。それなら仕方ないなあと腰をあげる。みんなの顔は曇っている。迷っているのだ、土方くんの考えが理解できてしまったから。私は行くよ。部屋を出て土方くんを追いかけた。

「帰ると思ってたよ、お前も山崎と一緒に探ってたみてェだからな。」
「えへへ、バレちゃってた?」
「わかりやすいからな。」
「ふふ、土方くんの補佐だからねえ。土方くんが行くって言うならどこまでも着いていくよ。」

そうかい、と煙を吐き出した。
屋敷内を見廻っていると、玄関の前で沖田くんが焚き火をしていた。夜にぱちぱちと木が燃えている灯りはよく目立つ。というかよく見ると、磔にされたカエルの足元で燃えている。火あぶりの刑とかいうやつだ!テレビで観た!土方くんが絶叫している。どうやらこれは沖田くんの作戦らしい。この身動きの取れないカエルを餌に浪士たちをおびき寄せ、一気に片をつけるのだとか。確かに攻めの護りだ。わあこんな感じなんだあとしげしげ見遣る。結構足のすぐ近くで燃えているんだな、この火がどんどんと大きくなって自分が燃えていくのを待つだけの気持ちってどんなものなのだろう。

「ねえ、自分が燃えて死んじゃうかもしれないってどんな気持ちなの?こわいの?それとも諦めちゃうもの?」
「貴様らァこんなことしてタダですむと…もぺ!」

カエルの大きな口に沖田くんが薪を突っ込む。ずごずごと口を薪でいっぱいにしていく。土方くんの話を聞いていたのか、薪を抱えながら話しだす。近藤さんはみんなに愛されている。それはきっと、あの人の良さひいては器の大きさゆえなのだろう。しかし時として長所は短所に反転する。その人の良さゆえに、他人の良いところばかり見つけ、悪いところを見ようとしない危うさ。そんな大将でも未だ真選組が健在しているのは。

「俺や土方さんみてーな性悪がいて、それで丁度いいんですよ真選組は。花畑頭もいることだし。」

満足そうに頬を緩めた土方くんは沖田くんにもっと薪を焚くように言った。ぼうぼうと煙が立ち上がっていく。さらっと言われたが、もしかして花畑頭って私のことだろうか。多分きっとそうだ。何故ならいつもそう言われているからだ。結構頑張ったと思うんだけどなあ私。沖田くんと一緒になって薪を燃やしていると、弾丸がカエルの頬を掠った。敵だ。

「天誅ぅぅぅ!!」
「奸賊めェェ!!成敗に参った!!」

門から堂々と浪士たちが入ってきた。中には狙撃手のような風貌の者もいる。多分近藤さんを撃ったのは、あの人だろう。各々武器を構えた。準備はいつでもできている。
背後から声が聞こえた。

「まったく、喧嘩っ早い奴等よ。」

ああ、ようやく目を覚ましたのだ。

「トシと総悟、燐子ちゃんに遅れをとるな!!バカガエルを護れェェェェ!!」

みんな近藤さんが大好きだから。
後日今夜のことが新聞に載り、カエルの悪事は世間に晒され、真選組の評価も少し上がった。
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