確定消すな
佐野万次郎
靴を脱ごうとしたけれど、床に散乱し
た食器の破片で怪我しそうだったからや
めた。土足で廊下を進み、声をかけるよ
りも先に電気を付け忘れた部屋の中央で
ぼろぼろに切り裂かれたカーテンの隙間
から差し込むネオンの光をぼうっと眺め
るている背中を抱き締めれば、痩せ細っ
た万次郎の体は生きた人間の体温などま
るで感じない程に冷え切っていた。
「万次郎」「……なんで」「ごめんね」
「おきたらいなくなってた」「万次郎」
「どこにいってた」「鯛焼きを、買いに
行ってたの……万次郎好きでしょう?」
「いらない」「万次郎」「いらない、だ
から……」「うん、わかった、どこにも
行かない、行かないから……」
私の腕の中で身動ぎ一つせず遠くを見
つめる万次郎の体を強く抱き寄せる。無
力な私は、涙が溢れそうになるのを堪え
ることしかできなかった。
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