確定消すな  



 
宗左左文字
 自分は籠の鳥だと嘲笑する宗三左文字
を可哀想とは思わない。それは彼の今ま
での在り方を侮辱してしまう事だから。
ならば私が宗三にしてあげられる事はな
にもない。愛でられる事を望まないので
あれば、人間である私が必要以上に近づ
かないのが一番だと思った。
 唯一私が審神者として望んだ事と言え
ば、他の刀剣男士と同じように田畑を耕
し、厨に立って人間の味覚を覚え、共に
同じ飯を食い、夜通し酒を酌み交わす事
もあれば兄弟と共に肩を並べて眠り、刀
の本分である戦場へと出陣し、どんな敵
だろうと斬り伏せられるほどの力を身に
つけ本丸の仲間を守ってほしい。そんな
当たり前の望みだった……それなのに、
どうしてこうなってしまったのか。
 夜更けまで一人執務に勤しんでいた私
の元を珍しく訪れた宗三は、なにを思っ
たのか突然着物を脱ぎ始めたのだ。
 ぱさりと音を立てて袈裟が落ちる。続
いて桃色の鮮やかな着物が華奢な肩から
下へと滑り落ちて行く。手を添えただけ
ですぐに解けてしまった帯は最初からそ
の役目を果たしておらず、はだけた着物
の合わせを気にせずこちらに近づいてく
る宗三の素肌は蝋燭の僅かな明かりだけ
に照らされてとても艷やかに、より魅惑
的に見えた。
 その姿に目を奪われている内に、宗三
が近づいてくる。なにをされるかわから
ず、そこでやっと恐怖心が芽生えて体を
動かせた。尻餅をついたまま情けなく後
退り、できるだけ距離を取ろうとする。
けれどあっという間に近づかれ、音もな
く私の体の上に覆い被さった。
 長い髪が落ちて来る、香の匂いが鼻に
つく。夜の冷たい空気に触れた肌は少し
ずつ体温を奪われている。まるで生娘の
ように震える声でやっと名前を呼べば、
乱れた前髪の隙間から左右の異なる目が
私をじっとりと見つめる。
「貴女は僕を、魔王の刀だからと贔屓せ
ず、軽蔑する事もしなかった……それが
僕にとってどれだけの幸福だったか、貴
女は知らないでしょう?」
 淡々とした口調で、宗三が語る。細い
指が私の頬を撫で、倒れた拍子に口に入
った数本の髪を払い、慈しむような手付
きで私の目元に滲んだ涙を拭う。
「けれど、貴女は僕を遠ざけた……いい
え、気を使ってくれていたのでしょう?
それが分かっていたからこそ、僕は貴女
の優しさに甘える事にしたのです。貴女
より兄弟と共にいる時間の方が……今ま
では大事でしたから」
 緊張から手先が震える。逃げなきゃい
けないと分かっているのに体が思うよう
に動かせない。上から無理やり力で押さ
えつけられているわけでもないのに、身
を捩ればどうとでも逃げられるはずなの
に、宗三の声に耳を傾け、宗三の瞳に視
線を奪われてしまう。
「……なぜでしょう。いつからか、貴女
に必要とされたいと思うようになったの
です。戦場に駆り出されるだけではなく
近侍として貴女の支えになりたい。叶う
ならその手で愛でられたいと……おかし
いでしょう?あの頃はあれだけ嫌悪して
いたと言うのに……でも、今更そんな烏
滸がましい願いを口にできるわけない」
 悲しげに細められた宗三の目は、私の
心を揺らがせるには十分だった。抱くま
いと思っていた可哀想という感情が、庇
護欲が、私の理性を奪う。宗三の行為を
許容してしまいたくなる。そしてなによ
り、目の前にある体に手を伸ばしても許
されるという喜びが、私の中にあったな
にかを呼び覚ましてしまいそうで怖い。
「僕には、あの人の名が刻まれた忌々し
い体を使う事でしか、貴女の興味を引く
方法が思いつかなかった……どうか、こ
の一晩でいいのです。全てが終わったそ
の後は、解刀されても構わない」
 だから、私を、愛でてください。
 そう言って、宗三の震える唇が私の唇
へとゆっくり押し当てられる。やわらか
い、あたたかい。その感触にぷつんっと
脳の奥で張り詰めていたなにかが切れた
ような音がした。



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