確定消すな  



 
相澤消太
「せんせい」
 私がそう呼ぶと、相澤先生はいつも困
った顔をする。それを見て、私はいつも
笑って見せる。どうして先生がそんな顔
をするのか、どうすればそんな顔をしな
くなるのか、全て分かっているのに、私
は敢えてそれをしようとはしない。だっ
てこれは、先生を戒める為に必要な言葉
だから。プロヒーローであり、教師であ
る相澤先生が未成年の少女、しかも教え
子と交際しているという事実を忘れさせ
ない為に。合理主義の先生が、自らの主
義に背いてまで私を求めた結果がこれな
のだと、先生に忘れさせない為に。


甲斐田晴
「可愛いね」
 そう言って頭を優しく撫でられると、
僕はなにも言えなくなってしまう。可愛
いじゃなくて格好良いって言われたいと
か、僕より君の方が可愛いとか、言いた
いことはたくさんあるのに胸が苦しくな
って言葉が詰まってしまう。
「赤くなってる……照れてるの?」
 彼女の指が火照った僕の頬に触れる。
そのまま掌を添えられてしまえば、本当
は恥ずかしくて今すぐにでも隠したいは
ずのだらしない顔を彼女に向けることし
かできなくなる。
「本当に、可愛い」
 彼女に吸い寄せられるかのように柔ら
かな唇を求めて顔を近づければ、小さく
微笑んだ彼女の甘い吐息が落ちてきた。



五条悟
 霞む視界の端に、見覚えのある誰かの
足が見えた。それが自分のちぎれた下半
身だと気づくよりも先に私の上半身を五
条が抱き止める。体を真っ二つにされた
私を呆然と見下ろす五条の顔があまりに
も間抜けで笑ってやろうと思ったけど、
残念なことに口角すら全く動かせなかっ
た。どうして五条を庇ったのか、数秒前
の自分の行動が理解できない。助ける必
要なんてなかったのに、それでも気づけ
ば体が勝手に動いていた。
 五条がなんか言ってる。なんだよ、も
っと大きな声で言えよ、聞こえないんだ
よ。せっかく助けてやったのにまた文句
かよ。よくも今まで人のこと馬鹿にして
くれたな、雑魚で役立たずの弱虫で悪か
ったな。お前を見返す方法を私はこれし
か思いつかなかったんだよ。どうだ、
「ざまあみろ」


剣持刀也
「大人とか子供とか年の差とか世間体と
か、そんなつまらないことを理由にして
今まで僕の気持ちを散々蔑ろにしてきた
癖に!こんな都合の良い時だけ優しくし
ないでください……!」
 いつもの落ち着いた刀也くんとは違う
冷静さを欠いた行動だと思った。私の手
首を掴む手は震えている。私を睨みつけ
る瞳は涙で揺れている。眉間に皺を寄せ
て、奥歯を噛みしめる表情はまるで鋭い
痛みに耐えているようだった。
「振るならちゃんと振ってださいよ!そ
うじゃないと……勘違いしたくなる」
 私より高い背、私より広い肩幅、私よ
り強い握力。その全てが十六歳でありな
がらもう大人の男とさほど変わらないは
ずなのに、私の肩に頭を乗せて悔し涙を
隠しながら喉奥で嗚咽を圧し殺す姿は酷
く幼い子供のままだった。



ネズ
 ポケモンバトルでもストリートライブ
でも、一度スイッチが入ったネズは並大
抵のことじゃ止まらない。普段はあまり
感情を表に出さない彼だからこそステー
ジの上で有り余る程の情熱と輝きを放つ
ネズのパフォーマンスに魅了されてファ
ンになる者も多い。恋人としてはそれが
嬉しくも誇らしいけれど、ステージから
降りてもなおその熱に浮かされているネ
ズは厄介だ。控え室でステージの感想を
言う前に普段の彼からは想像もできない
乱暴な手つきでベンチに押し倒されてし
まえば恐怖よりも焦りの方が上回る。
「ちょっと、ダメだって」「人払いなら
してあります」「そういう問題じゃなく
て」「じゃあどういう問題ですか」
 こちらの制止する声も聞かずに上着を
脱ぎ捨てたネズの汗ばんだ色白な体から
漂う色気に目眩を起こしながら「家に帰
るまで我慢してよ」と言えば、長く垂れ
下がった前髪を乱雑に掻き上げたネズが
薄く笑って「貴女の方こそ、家まで私に
触れるのを我慢できるんですか?」と挑
発的な視線で私を見下ろしてくるのだか
ら本当に私の恋人は厄介極まりない。
 首元で揺れるチョーカーの輪に指を掛
けて引き寄せると、待ちわびたと言わん
ばかりに彼の口が私を受け入れるように
薄く開かれる。そのまま唇を重ねれば、
彼の中で今も燻る激しい感情が熱い吐息
と共に流れ込んできた。


葛葉
 背中に回された葛葉の細い腕が震えて
いる。けれどそれを指摘すればいつもと
同じ態度で否定されるとわかっていたか
ら、なにも言わないまま大人しく頼りな
い腕に抱かれることにした。
「葛葉」「なんだよ」
 別に?と誤魔化して葛葉の背中に腕を
回す。薄い胸板に顔を寄せて隙間なく体
を密着させると、体温の低い葛葉の体が
私の体温と混じり合って少しずつ温まっ
ていくのを感じた。
 吸血鬼と人間が一緒に生きられる時間
は限られている。そんな現実を少しでも
惜しいと感じてくれているのなら、葛葉
にそう思わせることができた人間が私な
のだとしたら。
「……んふふ」「変な笑い方すんな」
 きも、と呟かれた言葉とは裏腹に私を
抱きしめる腕の力は増していた。



我妻善逸
 縋り付くように私を見る不安げな瞳は
酷く私を恐れていた。手を伸ばしてまだ
乾ききっていない涙の筋が残る善逸の頬
に触れれば、その証拠と言わんばかりに
肩を大袈裟に震わせる。できるだけ優し
い手つきで頬を撫で、親指の腹で唇をな
ぞるように撫で、そのままうっすらと開
いた口の中に親指を差し入れると息を詰
まらせ、善逸が苦しげな声を上げた。無
意識に逃げる舌を追いかけ、歯並びをな
ぞり、頬を内側から触り続ければ、再び
溢れた涙と共に閉じる事ができない善逸
の口から唾液が滴り落ちる。
「……ねえ、いいのよ、善逸」
 指を噛んだり、体を突き飛ばしたりし
て、いくらでも私を拒めば良い。羽織り
の裾をきつく掴んで、全身を緊張と恐怖
に強ばらせて、そうまでして私の悪戯を
受け入れなくて良い。けれど善逸はゆる
ゆると首を左右に振り、涙と唾液に濡れ
た顔で開いた口から情けない声を漏らし
ながらも一度として私を拒まなかった。
 その事実がたまらなく私の加虐心と支
配欲を刺激しているという事を、善逸は
知らないのだろう。ここでもし善逸が私
を拒んでくれれば、私は素直に止める事
ができたのに。ここでもし善逸が嫌だと
はっきり口にしてくれれば、私もごめん
ねと口にする事ができたのに。
「そうね、善逸は、いつも、そう……」
 胸の奥から湧き上がる苛立ちに耐えき
れず力を込めて親指の爪で善逸の頬肉を
内側から千切るように引っ掻けば、悲鳴
と唾液混じりの血が手にかかった。



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