確定消すな  



 
我妻善逸
 目障りだから殴った。耳障りだから殴
った。馴れ馴れしく話しかけて来たから
殴った。許可なく視界に入って来たから
殴った。そんな理不尽な暴力を日々当た
り前のように奮ってる私もかなり可笑し
いけど、どれだけ殴られても次の日には
またへらへらと笑いながら私の前に現れ
て今日も可愛いねとか俺には君しかいな
いとか結婚してほしいとか一生幸せにす
るとか気色の悪い言葉を平気で言って来
るこの男もなかなか狂っていると思う。



五条悟
 五条悟という男が、私は嫌いだった。      
 私と五条はただの同期というだけなの
に、私の言動に何かと文句をつけては小
馬鹿にしてくるその態度がとても目障り
だった。確かに五条は「五条」という名
の通り選ばれた人間だった。呪力も術式
も一流だし、呪術師としては規格外の強
さを誇っている。そんな男から見れば私
という存在は人間としても呪術師として
も中途半端で弱いだけの足手まといにし
か思えないのだろう。だからできるだけ
五条と関わらないように視界に入らない
ようにこちらが気を使ってわざわざ距離
を置いているというのに、何故か五条は
好んで私の近くに来ては私の短所ばかり
を容赦ない言葉で指摘して嘲笑う。それ
が不快でたまらなかった。弱いのも、足
手まといなのも、呪術師に向いてないの
も、五条に言われるまでもなく自分がよ
くわかっているというのに。
「うっわぼろぼろじゃん、ダッセー」
 その日も五条は私を馬鹿にしてきた。
任務で負傷して帰って来た私を見て「だ
から俺言っただろお前には無理だって、
黙って俺の言うこと聞いとけばこんな怪
我しないで済んだのにさ」と矢継ぎ早に
心無い言葉を頭上から突き刺してくる。
家入の治療を受けたいにも関わらず、で
かい図体が目の前に立ち塞がっているせ
いでいつまでも動けない。
「お前って本当に頭悪いよな」
 いつもは聞き流せていた言葉が、その
日は上手く聞き流せなかった。怪我の痛
みから心に余裕がなかったのかも知れな
い。気づけば口を開いていた。  
「五条、私のことが嫌いなのはわかるけ
ど、いちいち突っかかって来るのもうや
めてくれない?」「……は、っ?」
「あんたに馬鹿にされ続けるのも限界な
んだよね。そっちは弱者を見下すのが楽
しくて仕方ないんだろうけどさ、こっち
は強くなるために必死なの。退屈しのぎ
なら他を当たってくんない?」
 そこまで言って遥か上にある相手の顔
を見上げれば、丸いサングラスの奥にあ
る綺麗な瞳を見開いたまま呆けている五
条の顔があった。いつも愉快そうに顔を
歪ませていた男が見せる初めての表情に
驚きつつ「家入の所に行きたいからそこ
退いてくれる?」と続けて言えば、五条
は何も言わずにふらふらとした動きで道
を譲ってくれた。てっきり青筋立てて言
い返して来るかと思っていただけに拍子
抜けしたが、それを気にしてる暇はなか
った。そのままただ廊下に立ち尽くす五
条の横を通り過ぎて家入がいるであろう
教室へと向かう。痛む体とは反対に、言
いたいことを言えた解放感から心はとて
も穏やかだった。


我妻善逸
 善逸の泣き顔が好きだった。涙と鼻水
に濡れた汚ならしい顔がどうしようもな
く見ていられなくて、ずっと見ていたか
った。修行が辛くて泣いていた時の顔も
女にこっぴどく振られて泣いていた時の
顔も好きだけど、一番は私に弄ばれて泣
いている時の泣き顔がたまらなく好きだ
った。誰よりも優れているせいで誰より
も敏感な善逸の耳を食み、わざと水音を
立てて舌を動かし、吐息をたっぷりと絡
ませた声で名前を呼べばまるで陸に上げ
られた魚のように体を快楽に震わせなが
ら泣く事しかできない善逸の姿はとても
可哀想で、可愛かった。絶え間なく与え
られる刺激に恐怖を覚えた善逸が拒むよ
うに首を振る度に溢れた涙が敷き布団に
小さな染みを作る。落ち着かせようと涙
と汗で濡れた頬を撫でてやれば、涙の膜
によって美しく揺れる欲に蕩けきった瞳
が私を見上げる。その泣き顔のなんと欲
情的で嗜虐心を刺激される事か。もっと
泣かせたい。他の誰でもなく、私の手で
泣く善逸の泣き顔が見たい。抑える事の
できない黒く穢れた感情に突き動かされ
るまま、私は善逸の耳に食らいついた。



夏油傑
 白檀の香りが強く染み付いた直綴が私
の体を覆い隠した。左肩にかけられた五
条袈裟の布が頬に押し当てられ、高専に
いた時よりも伸びた黒髪が首筋に落ちて
来て、私は漸く夏油に抱き締められてい
るのだと気づいた。抱き締め返す事も突
き飛ばす事もできないまま宙を彷徨う自
分の両手が憎くて仕方ない。もう互いに
歩む道を違えてしまったというのに、そ
れでも心のどこかでもしかしたらと考え
てしまう自分の甘さに吐き気がする。
 何もできない私を嘲笑うかのように、
夏油が耳元でそっと囁いた。
「呪術師に飽きたら私の所においで」


松野千冬
「千冬また喧嘩したの?」「……っす」
 気まずそうに視線をずらして俯く千冬
の顎を掬って無理やり顔を近づける。
「あーあ、口切れてるじゃん」
「こんなの、唾付けとけば治ります」
 顔を赤らめて私から離れようとする千
冬の態度に可愛いなあと思いつつ「ふー
ん」と興味無さそうに呟いてから不意打
ちで血の滲んだ唇に噛み付いた。
「んっ!?ぅんんっ、なぁにひて!?」
 痛みと突然の行動に驚いて後退る千冬
の背中に腕を回して体を密着させれる。
「んぁ……はあっぅ、んっう、うっ」
 切れた口端に強く吸い付き、ざらつい
た表面を湿らせるように舐め、呼吸の仕
方すら分からない初な中学生の苦しそう
に漏れて来る声を聞きながら千冬の唇を
好き勝手に貪ればあっという間に体の力
が抜けて行く。
「はい、おしまい」
 最後に下唇を前歯で甘く噛んでから唇
を離せば、目の前には先程よりも顔を真
っ赤にした千冬が薄く涙を浮かべて私を
見つめるその可愛さに胸が高鳴った。
「な、っんで、?」
 震える声でそう訊いて来る千冬の口元
は私の唾液でしっとりと湿っている。
「唾付けとけば治るんでしょ?だから私
が唾付けといてあげたの」
 もしかして足りなかった?とわざとら
しく訊き返せば首を左右に激しく振って
否定された。



七海健人
「何で戻ってきたの?」
 数年ぶりに会った同期の顔を見て挨拶
も無しにそう訊けば、七海は無言で眼鏡
を軽く押し上げた。正直またこうしてあ
の頃と同じように七海と一緒に戦えるの
が嬉しくないと言ったら嘘になる。背中
を預けるにしても肩を並べるにしても頼
もしい味方だから。けれどそれ以上に七
海には戻ってきてほしくなかった。七海
には普通のサラリーマンとして生きて、
普通の人間として普通の死に方で死んで
ほしかった。呪術師になれば、誰もが得
られるはずの「普通」すら望めない。そ
んな私の気持ちも知らないで、七海は短
く息を吐いてこう言った。
「理由はいろいろありますが……そうで
すね。最大の理由は、貴女まで失いたく
はなかったから、です」


三途春千夜
 目を覚ますと、隣で寝ているはずの春
千夜の姿がなかった。不思議に思って体
を起こそうとすると、誰かが私の体の上
に覆い被さっていることに気づく。呆然
としたまま相手を見上げれば、薄暗い部
屋でもわかるほどに顔を涙と涎でぐちゃ
ぐちゃに汚した春千夜が虚ろな目で私を
見下ろしていた。意味がわからないけど
刺激しないほうが良いと判断してできる
だけ優しい声で「どうしたの?」と声を
掛けてみるが「なんでなんで……だなん
でなんでおれ……おれがおれをおおおお
れのおれの、もんなに……なんで……」
と意味のない言葉を呟いている春千夜の
耳には届いていない。どうしたものかと
子供をあやすように優しくピンク色をし
た頭を撫でていると、ぴたりと泣くのを
止めた春千夜の今まで私を見ているよう
で見ていなかった目がこちらを見た。
 呂律の回らない口で「なんで、なんで
……なんでなんで、っおま、はなんで」
と呟いた瞬間、私の胸元に顔を埋めて「
う、うぅううう、なんでっおれをすてん
のかよぉおっ!っうぇええ、うぇっおえ
っええ、おまえ、もおれからは、なれ…
…!ひっく、うう、ぐっううぇええっク
ソがよぉおお!」と大声で喚き始めた。
 いよいよ収集がつかなくなって来た春
千夜の醜態に溜め息しかでない。私は薬
に溺れた恋人が泣き疲れて眠るまで睡魔
と戦いながら頭を撫で続けた。



鶴丸国永
 あろうことか火を着けたばかりの煙草
を横から掠め取り、あっと声を出すより
も先に掌で握り潰してみせたのは私が煙
草を嗜むことをなによりも嫌悪し、やめ
させようと躍起になっている鶴丸国永だ
った。刀剣男士であろうと人の体を成し
ている以上痛覚はあるのだ、さぞ熱かっ
ただろうに顔色ひとつ変えず、怒りのこ
もった目でじっと睨まれては然しもの私
も二本目に火を着ける気にはなれない。
「わかったよ、やめるやめる」
「そう言ってやめてないだろう、君」
「はいはい、ごめんなさいね〜」
 私の態度が気に入らないのか、整った
顔が苛立ち気に歪む。かと言ってこちら
も吸いかけどころか一度も吸えていない
状態の煙草を目の前で潰されて苛立たず
にはいられない。互いに睨み合い次に口
を開いたのは鶴丸だった。
「どうしてそんなものを吸うんだ」
「鶴丸には絶対にわからんさ」
「自分の寿命を自分から縮めるなんて」
「それでも吸う価値はあるんだよ」
「俺は!」
 適当にあしらうような態度に業を煮や
したのか、急に語気を強めた鶴丸の声に
煙草をしまおうとした手を止める。
「俺は……君と長く共に在りたい」
 だからそんな有毒なもので限りある大
切な時間を削ってほしくないのだと、そ
う言う鶴丸の鼈甲飴のような瞳にはいつ
の間にか涙の膜が揺らめいていた。困っ
たものだ、この刀剣男士はなにを勘違い
しているのだろうか。私はその限りある
大切な時間を、審神者などという職に、
政府に尽くすためだけに終わらせたくな
いのだと、肺炎になって審神者辞められ
れば御の字なのだが、それが叶わないの
ならいっそのこと肺癌にでもなって早く
人生を終らせられればと、そう思ってい
るのだが。このことを今のこいつに言っ
たらどうなるだろうか……そう考えて、
面倒なことになるのが目に見えていたか
らやめた。
「……あっそ、」



不破湊
 不破くんは優しいから、私がする恋人
のくだらない惚気け話も笑って聞いてく
れる。不破くんは優しいから、私がする
恋人のつまらない愚痴も笑って聞いてく
れる。不破くんは私にだけじゃなく誰に
でも優しいから。きっと不破くんにとっ
て私は大勢いる女の子の一人だから。
「好きな女から惚気け話聞かされて……
俺がどんな気持ちだったかわかる?」
 そう思い込んでいた私に、初めて見せ
る男の顔をした不破くんが熱っぽい眼差
しを向けてくる。指の間まで深く絡め取
られた手を振り解くことができない。
「好きな女が恋人と上手くいってないっ
て知って……俺がどんだけ喜んだか」
 わかる?と小首を傾げた不破くんに腰
を抱かれて引き寄せられる。拒まなきゃ
いけないとわかっているのに心の奥でこ
のまま不破くんに身を委ねたらどうなる
んだろうと考える私がいる。
「不破く……まっ、」「もう待たんよ」
 押し当てられた不破くんの唇はあたた
かく、嫌になるほど優しかった。



リヴァイ
 不機嫌な恋人の相手をするくらいなら
巨人と戦っていた方がマシだと思う。そ
んなことを口に出したら間違いなく口を
削ぎ落とされるから言えないけれど。
 目だけで人を殺せるのではと思えるほ
どの眼光で私を無言で睨む男は、私を壁
に追い詰めると動きを止めた。どうして
こんなことになっているのかわからず困
惑するしかない私はリヴァイ兵長から目
を逸らすことも声をかけることもできな
い。そしてなによりシンプルに怖い。
 ここで「どうしたの?」と軽々しく聞
けばもっと機嫌を損ねるだろうし、無理
に両腕から逃げ出そうとすればもっと不
機嫌になるだろう。普段からあまり感情
を顔に出さないせいでこういう時に思考
が全く読めず困ってしまう。
「おい」「は、はい」
 しまった、思わず敬語で返事をしてし
まった。二人でいる時は恋人らしく敬語
は無しと言われていたのに。眉間に刻ま
れている皺がより深くなった気がする。
私のよそよそしい態度が気に入らなかっ
たのか、再び口を閉ざしたリヴァイに私
は余計に困惑した。どうすればいい、な
にがいけなかったんだ、人類最強の機嫌
を取ることがこんなに難しいなんて。
「リヴァイ」「なんだ」「……おいで」
 お手上げという意味も含めてリヴァイ
の前で両手を大きく広げれば、数秒なに
かを考えてからふんっと短く鼻で笑って
素直に抱きついてきた。背中に回された
腕の力が強くて息苦しい。けれどここで
引くまいと私も力を込めて抱きしめると
より密着するようにリヴァイが私に体重
をかけてきた。これでだめならもうだめ
だ、大人しく不機嫌な理由を聞いて謝ろ
うとしたのだが、少しだけ雰囲気が和ら
いだ気がしなくもなくもない。
 私の肩に頭を預け、胸に鼻先を押し当
て、静かに目を閉じてなにかを確かめる
リヴァイの行動の意味はよくわからなか
ったが、とりあえず恋人としての取るべ
き正しい行動は取れたと思う。迫る巨人
の大きな手から命からがら逃げ延びた時
と同じ安堵感だ。内心冷や汗をかきなが
らこれからはリヴァイの喜怒哀楽を表情
から読み取る訓練をしようと思った。



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