不破湊
 
 自分の部屋に不破くんがいる違和感よりも、自分の部屋に不破くんがいない違和感の方が強くて、そこで初めて不破くんの事を自分が思っていた以上に好きだったんだって気づいた。
 お酒を飲んで、賑やかな空間で、自分以外の女の子に笑顔を振りまく不破くんを頭の中で勝手に想像して、胸が苦しくなる。
 自分の部屋なのにそこに居るのが嫌で夜の町に出る。行く宛なんてない、でも誰もいない道を気まぐれに歩いていると、冷え切った空気がざわつく心を少しだけ落ち着かせてくれた。
 名前を呼ばれた気がして目を覚ました。痛いほど両肩を掴まれて瞼を開ける。朝日が登り始めた世界が眩しくて、でもその中に不破くんがいて、寝ぼけながら周囲を見渡して漸く自分が歩き疲れて公園のベンチに座ったまま眠ってしまったのだと理解した。
「なんで、帰ったら家におらんの?なんかあったんかと思って、俺めっちゃ焦って、わけわからんくらいめっちゃ探して」
「……」
「なんで?なんで、こんな所で寝てんの?風邪でも引いたら、どうすんの?変な奴おったら、なにされるかわからんやろ、なあ」
「……ごめんなさい」
「あんま変な事せんで……頼むから」
 額に汗を滲ませて、息を切らした不破くんがベンチに座る私の前にしゃがみこんだ。下を向いて咳き込みながら息を整える不破くんの背中を擦る。仕事で疲れているはずなのに、ずっと私を探してくれていたのだろうか。申し訳なさと嬉しさが混じり合って変な気持ちになって、涙が溢れて止まらない。顔を上げた不破くんに不細工な泣き顔を見られてしまった。
「なんで泣いてんの?……いやもう、泣きたいのは俺の方なんやってえ……」
 涙に揺れる視界の向こうで、不破くんが困ったように眉を下げながら力無く笑っている。それすら嬉しくて、愛しくて、息ができなくなりそうだった。



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