確定消すな  



 
不破湊
 自分の部屋に不破くんがいる違和感よ
りも、自分の部屋に不破くんがいない違
和感の方が強く感じるようになって、そ
こで初めて不破くんの事を自分が思って
いた以上に好きだったんだって、気づい
た。お店で自分以外の女の子に笑顔を振
りまく不破くんを頭の中で勝手に想像し
て胸が苦しくなる。まるで自傷行為だ。
自分の部屋なのにそこに居るのが嫌で夜
の町に出れば、冷え切った空気がざわつ
く心を少しだけ落ち着かせてくれた。
 不意に誰かに名前を呼ばれたような気
がして目を覚ます。次に痛いほど両肩を
掴まれて瞼を開けた。朝日が登り始めた
世界が眩しくて、でもその中に不破くん
がいる事がわかって、周囲を見回して漸
く自分が近くの公園のベンチに座ったま
ま眠ってしまったのだと理解した。
「不破くん」「なんで帰ったら家におら
んの?なんかあったんかと思って、俺め
っちゃ焦って、わけわからんくらいめっ
ちゃ探して」「不破くん」「なんで?な
んでこんな所で寝てんの?風邪でも引い
たら、どうすんの?変な奴おったら、な
にされるかわからんやろ、なあ」「不破
くん」「頼むから、あんま変な事せんで
……なあ、ほんまに……頼むから」
 額に汗を滲ませて、息を切らした不破
くんがベンチに座る私の前にしゃがみこ
んだ。息を整えているのか不破くんの顔
が下を向いているせいで見えないけど、
私を逃さないように膝の上に置いていた
両手をきつく握って離さない。仕事を終
えて疲れてるはずなのに、ずっと走って
私を探してくれていたのだろうか。申し
訳なさと嬉しさが混じり合って変な気持
ちになって、涙が溢れる。手の甲に雫が
落ちて、自然と顔を上げた不破くんに不
細工な泣き顔を見られてしまった。
「なんで泣いてんの?いやもう、泣きた
いのは俺の方なんやってえ……」
 涙に揺れて霞む視界の向こうで、不破
くんが困ったように眉を下げながら力無
く笑っている。それすら嬉しくて、愛し
くて、息ができなくなりそうだった。



折原臨也



竈門炭治郎
 鬼に殺された人を見る度に、仲間の死
を見る度にいつか私もこんな風に死ぬ時
が来るのだろうか、と考える。鬼殺隊に
長く身を置いていると、共に歩む仲間よ
り先に逝った仲間の方が自然と多くなる
ものだ。あの世で待つ仲間の元に行って
またあの頃のように笑って語らう事がで
きるのだと思えば死ぬのは怖くないが、
それでも自分の死に際を想像して不快な
気分になるのは事実だ。死に不安がない
と言ったら嘘になる。特に死に方だ。鬼
に殺されるのは別に良い。剣士としても
隊士としても全うに生きたからこそでき
る死に方だから。だけど鬼に体を切り裂
かれていつまでも意識が残っているのは
嫌だ、手足をもがれて死ぬのは嫌だ、腸
を撒き散らして死ぬのは嫌だ、どうせな
ら私だと誰にも気づかれないくらいの血
溜まりか肉片になりたい。そんな事を考
えつつ、仲間を弔う為の穴を掘っていた
私の手に誰かの土に塗れた手が触れた。
まるで私を引き止めるかのように力強く
掴んで離さない手に地面ばかり見つめて
いた視線を上げると、そこにいたのは今
回の任務で一緒に行動する事になった、
まだ鬼殺隊に入隊したばかりだという私
よりも若い少年のこちらを心配そうに見
つめる憂いを帯びた瞳だった。
「貴女から死の臭いがしたんです」



折原臨也
 嗚咽どころか吐息一つ漏らずに泣き始
めるものだから、もしかして嘘泣きなん
じゃないかと疑ってしまった。けれど目
薬をささずとも次から次へと溢れ出る涙
は間違いなく本物で、いつも人を小馬鹿
にして嘲笑っている顔は能面のように虚
ろで、空っぽで、それなのに眉間に刻ま
れた皺は隠しきれない感情を懸命に伝え
ようとしているようだった。
「……こうやって黙ってれば、あんたっ
てすごく良い男なんだけどね」


加賀美ハヤト
 休日のショッピングモールを行き交う
人達にぶつからないよう二人肩を寄せ合
って歩いていたせいか、加賀美さんの指
先が私の手に触れた。すぐに離れると思
っていた感触は私の掌をなぞり、指の間
を押し広げて深く絡められる。ウィンド
ウショッピングをしていた視線を隣に向
けると、思ったよりすぐ近くに加賀美さ
んの整った顔がある事に気づく。もしか
して、買い物に夢中になっていた私をず
っと見ていたのだろうか。
「……加賀美さん」「はい、貴女の加賀
美ハヤトです」「……買い物しに来てる
んですけど」「もちろん、そのつもりで
すが?」「それならちゃんと売り物を見
て下さいよ」「ははは、そうですねえ」
 と笑う加賀美さんの朗らかな声とは裏
腹に、瞳は私を熱く見つめて離さない。
その瞳の奥に見え隠れするほのかな独占
欲に気づいて強く手を握れば、より強い
力で握り返された。
「……加賀美さん」「はい」「ワイン、
まだ家にありましたっけ」「ええ、もち
ろん……とびきり上等なものが」
 二人揃って踵を返し、足早に駐車場へ
と向かって歩き出す。せっかく買い物に
行ったのだからワインに合うつまみでも
買えば良かったと少しだけ後悔した時に
はもう加賀美さんの腕の中だった。



宗左左文字



相澤消太
「ねえ、先生、自分がいつもどんな目で
私を見てるか……わかってます?」
 同級生の男子と他愛もない会話をして
いる時、上級生の男子にアドバイスをも
らっている時、他の男性教師に質問をし
ている時、鋭い視線を感じて振り向けば
そこには必ず先生がいた。私と目が合う
とすぐにその場を離れて行くその寂しそ
うな後ろ姿を今日こそはと追いかけて空
き教室に引きずり込めば、先生は気まず
そうに顔を逸した。


リヴァイ
「私が巨人に食べられそうになっても、
兵長は助けに来ないで下さい」
 お茶を飲みながら天気の話でもするか
のようにそう言えば、兵長は普段から怖
い顔をもっと怖くしてこちらを睨んだ。
何故だと言わんばかりに向けられる鋭い
視線に気づかないふりをしてティーカッ
プに口をつけた後、味もわからない紅茶
を飲み込んで「私を助ける暇があるなら
一体でも多く巨人を駆逐して下さい、私
よりもっと有能な兵士を助けて下さい、
巨人に掴まった時点で私の命はそこまで
です……兵長の、足手まといにだけはな
りたくないんです」と言い切った。
 しばらく無言が続き、兵長が掌で覆う
ように持っていたティーカップを皿の上
に置いた音で俯いていた顔を上げる。
「お前の覚悟はわかった」
 いつもと同じ淡々とした声に少しだけ
安心する。私の願いを受け入れてもらえ
た事にも。けれどティーカップを掴む私
の手を包むように重ねられた無骨な手の
暖かさに再び緊張が走る。
「確かに兵士としてはその選択が正しい
……だが、お前に惚れた男としては到底
聞き入れられねえ」
 衝撃的な発言に思考が止まる。兵長は
今なんて言った?惚れた?誰が?私の聞
き間違い?恐る恐る聞き返そうと開いた
私の口を塞ぐように重ねられた唇は、ほ
んのりと紅茶の味がした。



剣持刀也
「え、っと、刀也くん?どうし」「なん
でもないです」「な、なんでもなくはな
いんじゃ……?」「なんでもないです」
 そう頑なに言い張る強気な口調とは裏
腹に、私を抱き締める刀也くんの手つき
はぎこちなかった。突然の行動に戸惑い
ながら刀也くんの背中を軽く叩いてみる
が離れる気配はない。それどころか私の
肩に顔を寄せた状態のまま動かなくなっ
てしまった。仕方なく仕事をしていた手
を止めノートパソコンを閉じる。そうい
えばここ最近、仕事が忙しくて刀也くん
と会えない日々が続いていた。今日だっ
て、刀也くんが剣道の大会の帰りにたま
たま近くを通りかかったついでに家へ来
てくれなかったら、休日にも関わらず仕
事に追われて一日が終わっていたかもし
れない。大人なのに、彼女なのに、私は
いつも自分の事だけで精一杯だ。
「……ごめんね」「なにがですか」「寂
しい思いさせちゃって」「……別に、勝
手に寂しいと思ったのは僕の方なんで」
「ううん、そう思わせちゃった私が悪い
んだよ……刀也くんは悪くない」
 ごめんね、ともう一度謝ってから刀也
くんの背中に腕を回す。すると刀也くん
が私の肩に顔を埋めたまま緩く首を左右
に振った。そして「本当は、大会、今日
じゃないんです……」と呟いた。



富岡義勇
「行くな」
 私の手を強く掴み、ただそれだけを言
い放つと、富岡さんは黙ってしまった。
私はその手を振り払う事も握り返す事も
できず、目も合わせられないまま、富岡
さんが手を離してくれるのを願うしかな
かった。私は鬼殺隊の隊士だ。己の剣の
腕を磨き、任務に赴いては鬼との戦いに
明け暮る。明日の命も知れぬこの身で、
誰かを愛する事はできない。弱い私にそ
んな資格もなければ勇気も持ち合わせて
はいない。それなのに何故私は富岡さん
の手を振り払えないのだろうか。何故私
は富岡さんを拒む事ができないのだろう
か。自分の感情が理解できず困惑する私
を、富岡さんの底知れぬ夜の海のような
瞳が見つめていた。



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