#94_K




楽しい旅行の時間はあっちゅー間に過ぎて。

新学期を迎え、俺たちは三年生になった。

4月ももう、後半戦。
事前準備に追われ、杏の家へ行くのも、週2がやっとで。

その分、べったりとひっつき虫のように杏のそばから離れない俺に、何気に鋭い杏は、きっと何か、疑問を感じてるだろう。
それでも杏は擽ったそうに笑いながら、何も聞かずに、自身も俺に身を寄せるのだ。



愛おしさなんて、募るばかりで。











「じゃ、しっつれーしましたー」
「いや待て、黒羽、話がまだ…!!」


先生の言葉を無視して、ガラガラと扉を閉めて。
ふう、とひと息ついたそん時だった。


「──行くのね」

「うお。びびった。──紅子か」



長期休学の届けを提出した、直後の廊下で。
ぬ、と効果音が付きそうな雰囲気で、紅子が話しかけてきて。



こいつのこのタイミング、たまにマジでビビる。
ねぇ。魔女ってどういうセンサー付いてんの?



「…いつもいつも。止めておきなさいって、私の意見を貴方はまるで聞かないけれど」

「なんのことだよ。つーか、いや、だから俺はキッドじゃねーって…」

「今回は、ダメよ」


きつくこちらを見据え、ずばり、とそんな風に言う。
本当、他人の言葉を聞かないよなーと、ぽりぽりと頬をかいた。


「どの予言も、白き翼を持つ貴方の消滅を予告してくるわ。…ねぇ、本当に、ダメなの。予言だけじゃない。タロットで貴方を占っても、出てくる結果は全て──」


いつも以上に、どこか怒りにも似た、深刻な表情が迫る。

おーおー。美人が怒ると迫力満点。
魔女だっちゅーのに。こいつって何気にすげぇ心配性だよな。



「…もう、他人の女のモノになった俺にゃ、興味もないんじゃなかったっけか?」

「…っ!」

「ま、あれだ。俺はキッドじゃねぇし?今回はマジックの修行にちっくら高飛びするだけだって。おめぇが心配するこた、何もねぇからよ」



先生にもそんな説明で、届けを出しに行った。
まあ、俺のすんばらしい頭脳を惜しむ先生は、この大事な時期に休学せずとも、受験後でも遅くないんじゃねえかと言い募っていたけれど。
帰ってきたら補講とテスト三昧かもしんねぇな。上手いことサボろう。



にしても。
何も言ってもねぇのに、なーんでこいつにはわかるんだろうな。
このタイミングといい、魔女ってすげえ。



──んでも。わりぃな、紅子。



例えルシファーや閻魔大魔王が俺の終わりを告げたとしても。


そんなもんで止めるくれぇなら、元々杏に惚れちゃいねぇよ。





「…忠告は、したわよ」

「へいへい。だから俺はキッドでもなんでもねぇってば。──まあでも、いつもいつも、あんがとな」


にか、と笑うと、紅子はこれみよがしに溜息を吐いて。


「──もう、貴方なんかに、興味なんてないわ。…ないけど」


ばし、とそこで胸元に白い拳が1つ。


「…?」

「──持っていきなさい。いずれ世界を統べる女王となる、この私が作った御守りよ」



効果抜群に違いないでしょう?



そう、妖艶に笑うクラスメートに、ハハハ、とから笑い1つ返した。

いやもう、本当どんなお守りより効きそうで、ちょっとコワイ。



「…マジック修行に行くだけだけどよ。赤魔術の正当なる後継者な小泉紅子様の、御手を煩わせてまでお納め下さった御守りだしな。有難く頂戴しとくわ」

「そうよ?他のどんなものより効果覿面ですわ──だから」



──私のあずかり知らぬところで、勝手に居なくなるんじゃなくってよ。




そんな、どこか祈りにも似た声が、俺の元へ小さく届く。



「大げさだっつの。ちゃんと戻ってくっからよ」

「その言葉。違えたら承知しないわよ…っ」

「──ああ」



しっかりと思いを込めた俺の返事に、ふるりと瞳を伏せて。

まるで、泣くのを堪えているかのようだ。



それでも、あっという間にいつもの強気な表情に戻った紅子は、ごつり、と胸元を1つ叩いて、俺に黒い布に包まれた御守りとやらを握らせて去って行った。














「──ふむ」

顎に手を当てて。
わざとらしく小難しい顔をした気障野郎が、教室へと戻る途中廊下で、俺の行く先に立ちふさがっていた。


…なんなの。こいつら本当、いつもなんなの。
このタイミング。なんなの。


廊下の壁に寄りかかってカッコつけてっから、無視して通り過ぎようかなー、とか思っていたら、壁からすっと身体を起こしてきやがった。


くそ。無視しづれぇな。

仕方ねぇので、其方にジト目を向けて。



「──白馬おめぇ、絶対俺のストーカーだろ」

「…まあ、狂おしいくらいに、君を捕らえたいとは思っていますけどね──白日の下へ、ですが」

「やめろっ、その言い方!なんかサブイボ立つわ!あと俺はキッドじゃねーっつの」

「先程、紅子さんがここを通りまして」


そんな俺の文句を華麗に無視して、白馬は難しい顔して言葉を続ける。どいつもこいつも人の話を聞かねぇ奴らばっかよな、本当!


「──目元がほんの少し、いつもと様子が違えていました。そして、この廊下の先──行く先は、職員室でしょう。…例え先生に呼び出しを受けたとしても、君が真面目に職員室に向かうとは思えません。つまり、自主的に、そちらへと向かったということ。わざわざ、職員室へと行く用事──休学か、退学届でも出しに行かれた、とか」

「おめぇは俺の重すぎる彼女かなんかかっ。嫌だわーその1つの行動で根掘り葉掘り推測する思考!これだから探偵は嫌いなんだよ」


勘弁してくれよ、とばかりに俺が舌を出すも、空気読めないコイツは全然堪えちゃくれない。


「で。どちらに行かれるつもりなんです。紅子さんのあの様子を見ても…何か大きなコトでも仕出かすつもりなんじゃ、ないですか?」

「マジック修行だよ、マジック修行。あ、誰にも言うんじゃねーぞ?土産買って帰んのめんどくせぇから黙って行く気なんだからよ」


はいこの話はおしまいおしまい、と白馬の横を通り過ぎようとしたところで、少し低めの声が届く。



「──杏さん」


ぴく、と思わず足を止めた俺に、白馬の真っ直ぐな栗色の瞳が俺を見据えた。


「…彼女の身に、何かが起こっているんですか」

「んだからよー。なんもねぇってば。つうか、他人の彼女の名前気安く呼ぶんじゃねぇーっつの」

「…全く、君って人は──」

なんもございませんよ?なポーカーフェイスで不敵に笑ってやると、とうとう白馬がため息を吐いた。
俺がこの話はここで終いだと、譲らねぇ体勢な事に、いい加減諦めもつくだろう。


「…いいですか?キッドは、僕がこの手で捕まえるんですからね。どこぞの輩にほいほい捕らえられるんじゃないですよ?わかりましたか?」

「だから、俺はキッドじゃ──」


鋭い視線が、俺を見据える。
あーもう、こいつらほんっと…。



「わーったわーった。俺はキッドじゃねえけどよ。キッドはどこぞの輩になんぞ簡単に捕まえられる様な奴じゃねぇってこと、おめぇが一番わかってんだろーが」

「──仕方がありませんね。まあ、いいでしょう」



ふう。やっとこさ納得してくれたであろう白馬の言葉にひと息ついて、今度こそ場を離れようとすると。後ろから声が届く。



「あ、杏さんのことは、僕にお任せ下さいね」

「はあ!?何言ってくれてんの?」


とんでもない台詞に、被りを振って振り向くと、憎たらしく口角を上げた表情とかち合って。


「どうせ、ろくなフォローもせずにどっかに行くつもりなんでしょう?女性はシャンパングラスより儚いんです。僕がフォローしておきますから」

「いらねぇよ!ばーか!俺が居ない間に杏の半径1キロ以上に近付くんじゃねえかんな!」

「心配なら、とっとと、無事に帰ってくることですよ」

「わーった!わーってるから!てめぇが余計な心配増やすなよ!?」



ふっ。

俺の言葉に返事も返さずに、そんな鼻で笑う気障な姿を見せつけて。白馬は踵を返していった。



──あいつ、結局何がしたかったんだっつの。

あれで『気をつけていってこい』って言いてぇなら、まじでコミュ障じゃね?


…とりあえず杏には、白馬には気を付けろ、ってよおっく言い聞かせておこう。