#93




ちゃっぽん。


露天の熱めの湯に浸かりながら、眼前の景色を眺める。
といっても。薄暗い間接照明で見えるのは、ほぼ近くの山々だけ。


腕の中の杏は、富士山…と少し不貞腐れてる。
そんな姿も可愛らしく映るので、俺って大概にして、こいつに頭やられてるよなぁ。なんてしみじみ思う。


「わりかったって。明日朝一予約とっとくから、朝の富士山拝もうぜ、な?だあって杏がえろ可愛いから、我慢できねぇんだもんよ」


俺の言葉にぶくぶくと湯船に沈んでいく。
多分、思い出して羞恥に死にそうになってるんだろう。

溺れないように胸元を──主におっぱいを。支えながら、俺も少し反芻してみた。


なんか勢いであんなことしちまったが。
本当、生で杏を犯しちまうような事態にならなくて良かった。

えらい。よく我慢した。頑張った俺。
やれば出来る子。



つうか、素股って初めてしたけど。

結構クるもんがある。
ものすげぇ気持ちよかったし。とにかく見た目もやべえくらいエロかったし。

うん。またやろう。

んで、太ももやお腹にさ。
俺の出したもんがこう、どろっと付いてる様子は本当なんつうか、たまんねぇもんがあった。


俺の素晴らしい記憶力よ。今こそ存分に、遺憾無く発揮してくれ。

フェラといい、永久保存版だよ。
海馬君、ちゃんと仕事よろしく。



…っても、あんまさっきのエロいの考えてっと、あっちゅー間に、復活の呪文を唱えるかのように俺のブツが生き返りそうなので。
思い返すのは今はこんくらいにしとこう。

ま、腕の中で杏がこうしていんのが、ぶっちゃけ一番の回復薬なんだけどな。


「──ごめんな?次はちゃんと優しくすっから。部屋戻ったら、杏ん中、入ってもいいか?」

「──っ、ぅ、うあ」


いちいちそんな確認取らないで…!とさらに沈み込みそうになる杏を支えながら、耳元で囁く。


──杏は?挿れて欲しくなんなかった?俺はすげぇ挿れたかったんだけど。


「、っ、ぅぅ…!そんな聞き方は、絶対ずるい…!」


色気魔王だ…!とぶくぶくしてる杏が本格的にゆでダコになりそうなのを、喉の奥でくくっと笑う。

あいも変わらず、えろいことした後の杏の恥ずかしがり方はかーわいーよなー。



ま。湯あたりするといけねぇから、そろそろ上がるか。
そう、鼻歌まじりで杏を抱え上げて、風呂場を出た。













露天風呂のあったロッジの建物を出た瞬間、辺り一面の景色に一瞬息を吸うのを忘れた。


昼は明るく、大道芸人にあふれていた遊歩道が、今は幻想的なイルミネーションの通路になっているのが、丘の上から見えて。
きらきらと光が舞うような、そんな景色に思わず感嘆の息を漏らす。


まあほんと、おとぎの国みてぇに、別世界だな。



ちらりと杏の顔を伺うと、わかりやすくキラキラとした瞳で、景色を眺めていて。




──多分、俺はこいつのこの顔に非常に弱いんだろうな、と。その顔を見つめながら思う。

俺の視線に気付いた杏が顔をこちらに向けて、嬉しそうに笑った。



「すっごいね!昼と夜じゃまた全然違う!ほんと、おとぎの国の魔法みたいっ!」



すっかり今ほどの行為も忘れてるような、その真っ直ぐな反応に、思わず微笑んだ。



くるくるとよく変わるその表情を、全部、目に焼き付けたい。

楽しいと、全力で笑うその顔を、ちゃんと。





──ドバイへ立つまで、あとひと月を切った。






もちろん、思い出作りにするつもりなんて、毛頭ないけれど。

こいつと一緒に、ここへ来れて良かった。



…まあ。その瞳をキラッキラにさせてやろうと意気込んだマジックショーで、よその野郎と酒飲んで、そっちに視線を奪われてたのは、想定外だったけどな。


グレイさんもグレイさんだぜ。
俺が使いそうな道具一式、綺麗に用意してあったしよ。

あの真田さんの様子といい、あいつら絶対ぇグルだ。
もともと俺にマジックさせるつもりだったんだ、ぜってぇ。


──おとぎの国みたいなロマンチックな場所で、彼女と楽しい時間をプレゼントしたんだから。

困った時はお互い様だよね?



なーんて電話越しで言い捨てて電話切りやがったからな、グレイさんの野郎。


くそ。それはまぁ良いんだけど。


真田さんも、わざわざ俺のショーの真っ最中に、杏んとこに茶々入れに行かなくて良いだろうによっ。



…それで簡単にかっとなる自分も、まだまだだよなっちゅー自覚はある。



だけど。



本当、綺麗…!



そんな風に、感動してる顔。
すごい!とその顔が語ってる、その表情。



こいつのこういう顔が見たくて、グレイさんに甘えた形だけど、ここに来たわけで。



で、だ。
こいつにこういう顔をさせたくて、さっきのショーも引き受けたわけで。



だから。


──俺のマジックんときは、俺だけ見てて欲しい、なんて。




本当、俺、心せめぇー。







「──快斗君」

「ん?」

じっと景色を見つめていた杏が、そこで俺を呼んだ。



「今日、ここに連れてきてくれて、本当にありがとう。すごく、楽しい」



本当に、感情を噛みしめるかのように、そんな事を言う。

薄明かりに照らされたその横顔が、なんだか無性に愛しくて。



「…また、来ような」

「うん!」



──絶対だ。また、ここに来る為にも。

絶対。助けるし、無事帰ってきてみせる。












ヴィラに戻って、杏を約束通り、優しく抱いた。

愛しいと、その身体にゆっくりと刻み付けるように。




「…なんだ、ろ」

「──ん?」

「しあわせ、だなぁ、って」




──熱いくらいの杏ん中で、睦み合ってる最中。

そう、熱に潤んだ瞳で杏が告げた。










…本当は。

本当は、今日。
ホワイトデーん時の、プレゼント渡して。
全部、ちゃんと伝えるんだ、って。そう決めてた。


──でも。

こんな。

綺麗な顔して幸せだって笑う愛しい女に。



今日の想い出に、余計な影を落としたくねぇ。



この顔を、曇らせたく、ねぇんだよ。







なんて。

…きっと。哀ちゃん辺りが今の俺の心情を知ったら。
本当馬鹿。って冷めた瞳で告げるだろう。




──でも、やっぱ、ダメだ。


ドバイに立つ、その日まで。


…叶うなら。俺が無事、戻ってくるまで。





──杏を助けられる確証を得れる、その日まで。


余計な不安を与えずにいたい。




…勝手な奴で、ごめんな。



そう心の中で呟いて。


目元に唇を寄せて、愛しそうに笑うその表情を、きつく瞳に焼き付けた。