#11





ああ。暗くなってしまった。
暗いと見つかりにくいのに。


少し途方にくれながら、私はスイーツミュージアムへときょろきょろと下を向きながら歩いていた。

お父さんが中々研究室へと行かなかったので、結局夕方過ぎに家を出たのだ。
いつもだったら嬉しい事だけど、今日ばかりは早く行けと思ってしまった。

お父さんにも「なんだか今日の杏ぴりぴりしてるね。乙女の日かな?」とか聞かれてしまった。

自分の父親ながら、すらっとセクハラ発言出来るのには驚くよ。うん。
大学で生徒に訴えられたりしてないだろうか。


途中、交番にも行ったけど、それらしいものは届いていないとのことで。


誰か、持って行っちゃったりとかしてたらどうしよう。

どうして、気付かなかったんだろう。


あの時、意識していれば。

後悔ばかりが浮かんで来る。このまま見つからなかったら、と思うと目の前が真っ暗になりそうだ。

「あぁもう! うじうじしてる場合じゃない!!」

ふるふると頭を振り、自分を叱責する。絶対、見つけなきゃいけないんだから。

スイーツミュージアム、この時間はまだやっているだろうか。

──やってなくても、頼み込んで開けてもらえばいい!
とにかく行こうっ。


掻き立てる焦燥をそのままに、走り出し。



空には、月がその輪郭を浮き立たせ始めていた。









「……なんでこんなに警察の人がいるの??」

息を切らせながら、9時前になんとかビルまで着いた。
着いたはいいが、ビルの前にずらっと警察官が並んでいるのだ。


何なのこれ?ちょ、入りづらいんですけど!!

別段悪い事をした覚えもないし、今も警察の人には後ろめたい事は何も無いけれど。
何だか、警官がこれだけ見張っていると、自分が悪い事をしていないのに後ろめたい気持ちになる。

これって、人間の心理だよね。


入っていいのかな、これ。


そろりそろりと、入り口へと向かう。
自然に抜き足、差し足、忍び足。みたいになるのは、反射のようなもので。

ぐわし、と襟首を掴まれた時には、心臓が一回転して、また戻ったんじゃないかってくらい驚いた。


「え、と」


じろじろと私を見る目は、ぎらぎらと燃えていて。
真実を見抜こうと、一瞬の隙も見せないぞという気迫が伝わってくる。

襟首を掴まれ、じろじろと自分を見つめているオジサンに、叫びたい気持ちよりも、なんだかごめんなさいという気持ちが強まった。


怪しい動きしていてごめんなさい。実は怪しいものではないんです。


「あの、怪しいものではありません」

ああ。正直に言うと、逆に怪しく聞こえる!
どうしようかな、と思っていると、襟首を離された。


「──キッドに限って、ここまでわかりやすく怪しい少女になるとは思えん。あいつは自然とこの中に入っていくようなやつだ。こんなわかりやすく怪しんで下さいと言わんばかりであほみたいに怪しい動きで来るわけが……いや、これもトラップなのか?」

なんかぶつぶつ言っているような気がするが、内容は上手く聞き取れない。

でも何かバカにされている気がする。


「キッドじゃない、な?」

確認するように、こちらを伺う、髭がダンディーなんだか不精何だか微妙だなぁと思うおじさん。

一度捕まってしまえば、悪い事も何もしていない私は落ち着いたもので。
目の前の警察であろう、スーツを着込んだいかつめのおじさんを目の前にして、これでうちのお父さんと同じくらいだったらどうしよう。とか思ってしまう私は、十分ファザコンなのかもしれないな、とどこか他人事のようなことを思う。


てか。ん?キッドって?


「違います。え、もしかして、怪盗キッドが来るんですか!?」


こんな時にも関わらず思わず胸が高鳴った。

いやだって、キッド格好いいんだもん。ミーハーだって言われたって気にしない。

おじさんに詰め寄ると、うわぁと嫌な顔をされた。勝手にひっつかまえて、勝手にキッドのこと言って、そんな顔したら失礼だと思う。

「お嬢さん、ひっ捕まえておいて申し訳ないが、遊びじゃないもんでね」

ぽい、と離され、用が無いなら帰った帰った、としっしっと人を犬か何かのように扱われ、カチンと来る。

「用なら中にあります。この中、入らせて頂きますから」

ずんずんと進むと「あ、こら待ちなさい!」と私を捕まえていたおじさんが叫ぶ。


知るか!と駆け出そうとした所で、さっきのおじさんが追いかけてきたのがわかった。


げ、なんで追いかけて来るの!


後ろを気にしながらも走り出す。
おじさんは意外にも素早くて、どんどんと距離が縮まって。

やばい、と腕を掴まれそうになった所で、目の前に人が居る事に気がついた。


うわ!ぶつかる……!


思ったところで、ふわり、と浮遊感。

え、と思ったときには両脇を支えながら抱き上げられていた。


「中森警部、一体何を遊んでいるのですか?」
「白馬君っ! いや、一般人が中に入ろうとしていたからとっ捕まえようと。そのお嬢さんは、どうやらキッドのファンとか言うし、キッドではないと思うが、ミーハーで現場を荒らされては困るんでな」


聞き覚えのある声に、視線を下に下げると。
昨日、転ぶ寸前に私を助けてくれた、外国かぶれの気障な人だった。

昨日と違うのは、帽子を被ってコートを羽織る姿が、どこか彼の名探偵のようで。


警官の人と知り合いなんだな。と落ち着いて客観視すると、今その人に抱えあげられているという事実が物凄く恥ずかしいものだと気付く。

「あ、あの……下ろしてもらって良いですか?」


子供のように高い高いで抱き上げられているなんて。

恥ずかしさに顔を俯けると、下から顔を覗かれる。
恥ずかしくて視線を合わせられない。

うう。なんてこったい。この人に二重に迷惑をかけるとは。


「ああ。貴女は昨日の」
「は、はい。昨日の今日でご迷惑かけてすみません…」

ふわり、とこれまた丁寧に下ろされて、「大丈夫でしたか?」と確認される。

「わしは何もしとらんぞ」と先ほど中森警部と呼ばれていた、私を追いかけていたおじさんが後ろで叫んでいるが。
気障な人はその叫び声を無視して、私の方を気遣っていた。

「あ、はい。大丈夫です」
「どうしてこんな所へ?」
「えと、あの、ネックレスを無くしてしまって」


先ほどの恥ずかしさで、まだ彼を見上げることが出来ない。二度目の迷惑となると、申し訳なさでいっぱいだ。


ちらりと彼を見遣ると、何か考え込んでいるようだ。私何か変なこといったかな?そう、疑問に思ったのが伝わったのか、思考を中断させた彼が、こちらを向いた。


「ネックレス、ですか。──もしかしてこれの事でしょうか?」


しゃらり、と音を立て。

目の前には、リボンのモチーフが付いたシルバーのネックレスが。


がばり、と思わずその腕を取ると、少し驚いたのか、ぴく、と彼の体が動いた気がしたけれど。
私はそれどころではなかった。


「これです!これ!うそ!!!」

「良かった。──今日、この辺りを見張っているときに見つけて、拾っていたんですよ。貴女のものだったんですね」

「大切なものなんです!!見つからなかったらどうしようって…!!ありがとうございます!!」

嬉しさあまってがばりと見上げると、優しく微笑む瞳と目が合う。

やっぱり美形だな、と思うと同時に。


引き込まれるような蒼い瞳が、そこにあって。



「──え。くろば、くん?」

びく、と未だ掴んだままであった彼の腕が一瞬震えた。
本当にそれは一瞬で、表情にも何も変化はなかったので、気になるほどでもなかったけれど。

きょとん、としている彼に、自分の言った言葉がおかしいことに気付く。

明らかに別人に何で黒羽君なんて言っちゃったの私!
この人の瞳の色だって、コーヒーブラウンじゃないか!どうして蒼く見えたんだ自分!

なんと言えばいいのかわからず、忘れてほしいなーとか考えていると、彼の方から言葉を切り出してくれた。


「くろば……?もしかして、黒羽、快斗君のことでしょうな?彼なら、僕のクラスメイトですよ?」

「え、そうなんですか!?」

てか、この人同い年だったのか!年上だと思ってた。

「こんな可愛いお嬢さんが、黒羽君のお知り合いでしたとは。彼も隅に置けないものですね。」
「いや、そんな。私たちそんなんじゃありませんよ」

クラスメイトの人に、何か誤解されたら黒羽君が可哀想なので、悲しい事実をしっかりと伝えておく。
目の前の人が、目を見開いたかのように見えたので、なんでかなーとか思いながら、首をふっておいた。


「──まあ、いいでしょう。さぁ。ここは今から警戒態勢に入るから、可愛らしいお嬢さんがこんなところにいては危ないですよ?キッドに連れ去られてしまうかもしれない」
「そんなこと。でも警察のお仕事の邪魔をしてしまってすみませんでした」

ぺこり、と中森警部と呼ばれた人のほうに向かって謝る。
いやいや。こちらこそすまなかったな、と頭をかかれ。仕事熱心なだけで、悪い人ではないんだなと思う。

視線を彼に戻すと、再びぺこりと頭を下げた。


「本当に、ありがとうございました!!これ、すごく大切なものなので助かりました!!」
「──なら良かった」

ふ、と笑う表情と、その瞳が。やっぱり黒羽君を思い出す。

クラスメイトだからなの、かな。



「──キッド!!」


その時、遠くから声が聞こえた。




「な……え……?」

外国かぶれの気障な人が、二人……?

「貴様、キッドか!!」

叫ぶ中森警部に、更に頭は混乱する。

見上げると、先ほどまで穏やかに笑っていた彼が、不敵に微笑んだ。


ば、とコートを翻すと、そこには。


白い怪盗がいて。



「うぎゅぁー!!!」


あまりのことに、思わず叫ぶ。
変な声出ちゃった。

え、キッド?キッドなの?

え、じゃあもしかしてさっき喋ってた彼も、全部、キッドなの!?
思わずその白いスーツを掴む。

「お嬢さんそのまま離すな!」


そんな中森警部の叫び声は、混乱している私の頭には届かない。
シルクハットに隠れて、表情が見えないけれど、キッドはどこか苦笑している様に感じた。


「レディに捕まえられるより、レディの心を盗む方が、私の本分ですよ」


ちゅ、と掴んでいた方の手に、リップ音。

手の甲にキスをされたのだと気付いた私は、脳みそがバターになって溶けるんじゃないかと思うくらいえらいことになっていた。


「ぎゃー!!!」

ば、と手を離した私の顔は、真っ赤になっているに違いない。


キッドに、キッドにちゅーされた!!
手だけども!!

ばくばくとなる心臓。


ぐるぐると回る頭の中ではクエスチョンマークが浮かんでくる。

なんでキッドがここに?
なんで私のネックレスもってたの?
なんで黒羽君のことや彼とのことを知ってるの?


なにより。手にちゅーって、ちゅーって……!!



「では、私はこれで。レディ、夜の一人歩きは危ないですよ?」


目の前の怪盗は、不敵に笑う口元のまま、ぽん、と姿を消した。



「追えー!!きっと現場に向かっているはずだ!!」

そんな中森警部の声と。

「彼はわざわざ犯行の前に、何しに現れたんだ……?」

そんな気障な人の声。



キッドの隠れた表情から、月明かりに照らされて一瞬だけ見えた瞳は、蒼く光っていて。


いつのまにかネックレスが私の首元に着いているし。


ドキドキする心臓と展開の速さに、もう何も考えられなかった。






 - TOP - 

site top