もう、この手洗えない……!
馨ちゃんにこのミーハーがと蔑む瞳で罵ってもらっても構わない。
ミーハー結構。ミーハー万歳。
だってだって怪盗キッドだよ!日本中の女性が虜になってんじゃないかってほどの有名人!ええええもちろん私もファンですよ!!
そんな怪盗キッドが、私の目の前に……!?
しかも、手にチュウ……!!
──はっ。
あまりの出来事に手を見つめて放心してしまっていた。
気付くと、あれだけ沢山いた警官が居なくなっている。ビルのほうが騒がしいので、皆そちらに向かっていったのだろうか。多分だけど、キッドとの攻防戦の最中だと思う。
そんな中。考え事をしていたのだろうか、まさか私と同じように放心していた訳ではないだろう。その場に同じように佇んでいた気障な彼と目が合った。
昨日は気付かなかったけど、この格好にこの美貌──新聞に出てた、ロンドン帰りの名探偵ってこの人なんじゃ??昨日のあれはさすがロンドンってわけか…!
あれだよね、たしか「なぜこんなことを」が決め台詞なんだよね。
うわーこの探偵さんにそんな事言われたら自供しちゃいそうだ。
ゆっくりと近づいてくる彼に、尻込みそうになる。結果的に現場を荒らしちゃったことになるのかな。そんな後ろめたい気持ちになっているからかはわからないけど。
「貴女は、昨日の」
「あ、は、はい!昨日はありがとうございました」
ぺこりと頭を下げながら、同じ事を彼の振りをしたキッドにも言われたことを思い出す。
──なんでキッドは私と彼が昨日会ったことを知っていたんだろう。
今の言葉を聞くと、探偵さんも昨日私と会ったことは覚えているんだろう。昨日の彼は、多分だけどキッドじゃなく本物であろうこの彼だと思う。
だからこそ、わからなくなった。
気障な彼は探偵さんだし、キッドの、敵?になるのかな。何か新聞で対決とかそんな見出しもあった気もするし。だから、調べてたとか、かな?
キッドが昨日の事を知っているのはだってそういう風にしか考えられないよ。
「いえいえ。何も大したことはしておりませんから。あれから大丈夫でしたか?」
「はい、辺りの物を壊さずに無事色々見て回りました」
「フフフッ……貴女に怪我がないか聞いたつもりだったのですが、まさか周辺の物の無事を教えて貰えるなんて思いませんでしたよ、チャーミングなお嬢さん」
昨日のような気障な態度で、優しく微笑まれた。チャーミングなお嬢さんってこの人ホント同い年!?と思う。
あ、でも黒羽君とクラスメイトってのはキッドが言ってた事だし、もしかしたら違うのかな。あれ、ダメだ頭こんがらがってきた。
「それで、あの日はどうしてあちらに?」
「知り合いに誘われて、ケーキを食べに言ったんです」
キッドの手にチュー事件もあって何だか頭が回らないのでこれ以上会話を続けたくないんだけどな、と思いながらも、流れるように質問をされると素直に答えてしまう。
世間話をするように、只の会話の流れの一旦の筈の言葉だとは思うのに。その瞳は何かを探っているようで。真実を照らし出す深いコーヒーブラウンの瞳がそこにあった。
その瞳には、吸い込まれるような蒼さは、やっぱりなくて。
「そうですか。貴女のような可愛らしい方だ、誰と、なんて野暮な事はお聞きしない方がいいかな?」
ウインクでもするかのように言われたその言葉も、何かを探ろうとしているのかな。なんて穿った考え方をしてしまうのは、彼が探偵の格好をしているからだろうか。
私の反応を、うかがって、いる?
あははと笑って誤魔化しながら、なんだか居辛くて少し尻込む。
気障な対応で、甘い声で可愛いなんて言われてるのに、どうにもその瞳に後ずさりたくなる。
気持ち、一歩後ろに下がってしまった。
「にしても、こんな遅くに女性が一人とは関心しませんね。今日はどうしてこちらに?」
「ええっと、ちょっと野暮用で」
「そうですか。──先日の格好から推察するに、貴女は江古田東高校の生徒ですよね?だとすると、普通なら自宅はここから遠いはずですよね。高校生が夜分に一人で自宅からも遠いこんな場所にくるなんて、野暮用にしては、大きな理由がありそうですが」
きらりと光った気がするその目に、やっぱり何か探られてるとしか思えないんですが。
あれ私なんかしたかな?なんかこの人やり辛いよ!
正直に話してもいいけど、特に見知った人でもなし。いえいえそこまで大した理由じゃないですよーとまあ、笑って誤魔化すしかないな。
「もう閉館している時間に、こんな所まで女性が一人で来ているのは、おかしいでしょう?──今日の予告は、マスコミの目に触れることはありませんでした。なので、知っているのは警官のみ。そんな中、一人でこの現場にいる貴女に対してある可能性は、三つ」
細長い三本の指が私の目の前に来た。
えと、これはホントに何かおかしくないかな。
疑われて、る?続く言葉に、息を呑む。
「一つ。キッドも何も関係なく、何か用事があってここに来た。二つ。警察の関係者で、今日のことを知ってキッドを見に来た。三つ──キッドの、関係者」
いやいやこの人ホント、何言ってんの!?驚くほど真剣な目してますけど!!
「一番です!!キッドがここに来るなんて、知りませんでしたよ!!知ってびっくりしてちょっと見てみたいなとは確かに思いましたけど、それ以上に優先する用事があったんです!!」
思わず憤りながらまくしたてると、先ほどの探るような雰囲気が一転して、再び柔らかいものになった。
ふふっと笑う顔に、は?となる。
「やっぱり、野暮用にしては大きな用事だったんですね。それで、その用事は終わったんですか?」
ゆ う ど う じ ん も ん ! !
なんか探偵って嫌いになりそう。
思いながら、はいもう終わったんで帰ります、と返したところで手を掴まれた。
なんで!
「貴女のような可愛らしい方をこんな暗い夜道に一人で帰らせるわけにはいきませんよ。送ります」
「いえ、大丈夫ですから!」
「大丈夫じゃありませんよ。今、車を呼びますから」
有無を言わせない態度に、離れない手に困った所で、ビルの方向が騒がしさを増した。キッドが、盗み出したっぽい。
それに反応して、迎えを呼ぶためか携帯を取り出した気障な紳士で──ちょっと図々しい、探偵さんがそちらに意識が動いた。捕まれていた手が、緩む。
チャンスだ。
「ほんと、大丈夫ですから!!じゃ!!」
「あ、ちょ……!」
私の中ではこれ異常ないくらい俊敏な動きで、脱兎のごとくその場を離れた。
追って来なくてホント良かった!!
──で。ここ、どこ。
慌てて走り去った所まではまあ、良い。
気障な探偵さんには怪しまれたかもしれないけど、どちらにしろ脳内迷宮時にまともに会話は出来なかっただろう。
キッドがなぜ彼と私のやり取りを知っていたかわからないし。
変なこと言ってキッドに迷惑になったら嫌だな、と一ファンとして思うのは仕方ないでしょう。うん。
黒羽君と同級生かどうかも気にはなったけど、なんだか彼には黒羽君の事を言うのは憚られたのだ。余計な事をいうと余計な詮索される気がするし。
探偵ってあれを地でいろんな人にやってるんだろうか。せっかくかっこいい人なのにちょっとめんどくさいよな。
とまぁ、思わず失礼な事を思ってしまったり。
まぁそこまではだから、良しとして。
走ってる途中で犬に吠えられて驚いてちょっとよろけちゃって、よろけた先でバランス崩して溝にはまったのもまぁ、私にしてはある意味日常だからもうそれも良しとするよ。
暗かったのもあって勢い良くはまったから痛かったけどね…。
そう。その汚れた足をどっかで洗わないとってふらふらと脇道に反れたのが間違いだった。
大通りからどこまで中に入ってしまったのか。街灯の少ない閑静な住宅街のある道は、今の私には未知なる世界のように不安を煽っている。
どうして溝に嵌ったんだ私。どうしてよく知らない場所でふらふら勝手に脇道にそれたんだ私。
ここはどこー!?
うろうろすること何分たったんだろう。
迷子になると、少しの時間が凄く長く感じる。不安を打ち消すために歌でも歌いたいくらいだ。変質者に思われたくないからしないけど。
人に聞こうにも、閑静な住宅街だけあって、夜だひ人通り少ない。
溝にはまって汚れた片足の手前、夜半に門構えがしっかりしている住宅群にたのもー!と門を開ける勇気も出ない。
──とにかく、コンビニ探そう。
頼りなく歩き出すと、遠くでパトカーのサイレンの音が聞こえるのに気付いた。沢山鳴り響くサイレンに、ドキリとする。そのドキドキにはテレビで見ているのと違う、不安があって。
キッドを愉快犯という人も居るけど、人を傷つけたりするわけでもないし。
犯罪なんだけど、何か理由があってやっているんじゃないかなんて思ってしまうのはファンの欲目だろうか。
ブラウン管越しの時はどこかフィクションのように感じていて。
キッドなら大丈夫だと勝手に安心しきってまるでショータイムのようなふわふわした感覚で、キャーキャーと心の中で(実際に声に出してもいたかもしれないけど)叫んで。
ただただキッドがテレビに出てくるのを期待し、楽しんでいた。
さっきはただただキッドが目の前に居る事に驚いて興奮していたけれど。実際にあれだけの警察がいる中で、キッドは逃げ切れるのだろうか。
あの時見つかったのだって、私のせいかもしれない。
私みたいなのが、現場にひょろりと入って行っちゃったから。
警察のおじさんに追いかけられていたのを、見過ごせなかったのかも。
紳士で気障な怪盗だもん。女の子を見過ごせないなんてありえそう。
──大丈夫だったのかな。
あの神出鬼没、天下無敵の怪盗キッドだし、大丈夫だと思いたい。
キッドを思い出すと、自然手の甲に視線がいってしまう。心配な気持ちがあるはずなのに、自然と熱くなる頬に現金な奴だと自分でも思う。
浮かぶ疑問は、沢山あるけど。
多分、手にちゅーの時だろうか。
首元にかけられたネックレスをギュッと握る。
黒羽君のこと、昨日の事。
さっきも思ったけれど、何でキッドは知ってたんだろう。
私、黒羽君の名前までは言ってないよね?
まさか、黒羽君の同級生って言うのは探偵さんじゃなくて、キッドのことなのかな。
だから黒羽君の面影を感じたのだろうか。
──なんでこのネックレスが私の物だと、わかったんだろう。
あんなに警官がいっぱいいる中で、私を助けてくれるかのように現れてくれたのは、なぜ?
紳士な怪盗だから?それとも…
「まさか──いやいやいやそんなはずない。とにかく今は迷子脱却を考えなきゃ」
そう、かぶりを振った時だった。
「夜道は気をつけて、と言ったはずだったんですがね」
聞こえた声にばっと後ろを振り向くと。
「キ、キキキキ…!!」
「お猿さんの真似ですか?また会いましたね可愛いお嬢さん」
街路樹の陰から出てきた大きな白い鳥──怪盗キッドが、そこにいた。
「キ、キッドー!?」
本日二度目の逢瀬に、もう私、卒倒しそうです。
site top