#105_K




「Would you like something to drink?」

「No, I'm fine, thank you」



にっこりと、CAの綺麗なお姉さんに会釈を交わし、頬杖をついて窓を眺める。

黒羽快斗のまま搭乗するわけにもいかねぇから、適当に髪の色と瞳の色を変えた自身の姿が、窓越しに映っていた。



──今頃、バレちまってんだろうなぁ。

今回の計画の中から、ピンクアイオニー強奪に関する全てのデータを、浅黄さんの研究室から跡形もなく盗んできた。


もちろん。失敗するつもりはねぇが。
万が一のリスクは、少ないに越したことはねぇ。


まだ、あのキナくせぇ組織だって、俺の動向を追っている状態なんだから。
最近は俺が盗んでからそれを手に入れる腹積もりなのか、以前ほど邪魔はしてこなくなったが。

《怪盗キッド》との繋がりを匂わせるようなもんは、残しておくわけにはいかねぇ。



何も言わずに、データを盗んできたから、今頃浅黄さん辺りが慌てふためいていそうだが。

杏の前では、なるべく普通にしていてくれているだろうか。
妙な心配は、増やしたくはねぇんだよ、な。



──杏。

キッドの姿で、キッドとして。杏を抱いた。
白いスーツの袖にしがみついて、快楽に耐えるその姿を、目に焼き付けて。

涙に濡れた瞳が、愛おしくて。

そこらじゅうに、俺のもんだと、刻みつけた。


…その日のうちに、消えてしまうのは勿論わかっていたのだけれど。
そしてそれを、杏がどう思うのかも、わかっているつもりなのに。


びくりと身体を揺らしながら、濡れた瞳でこちらを求めるその瞳。
白い肌が桃色に染まって行く中で、身体中に散る俺のもんだという紅い証。

止められなかった。
杏の全てに、俺を刻んでおきたくて。


マジックショーは、一夜限りの夢物語のようなものだ。

ただ。
その心に、キラキラとして残る魔法だと、俺は思ってる。


だから。
あっという間に、消えてしまう証だとしても。

杏の身体に。その心に。残るように。
どうしても、《怪盗キッド》を刻んでいきたかった。


本当、勝手な奴だよな。と自嘲を零す。



ちゃんと、決めてこいと、哀ちゃんは言っていたけれど。
決めるつもりで、俺の決意を込めて、ピアスを渡したんだけどよ。


俺なりの決意の証のつもりで渡したピアスを、杏は人の制止も聞かずに、付けてと強請ってくるし。
杏の身体じゃ普通に穴開けるの違って、絶えず開けた穴の部分に肉が戻ろうとして、めちゃめちゃ痛えだろうってのに。


──キッドさんと、お揃いだね


そんな殺し文句と一緒に、痛ぇはずなのに、嬉しそうに微笑む杏に。


こっちの心臓が握り潰された。


そうして、いとしさばかりが募りに募ったまま、杏を抱いて。




──っ、ぁん…!っ…ま、って…から…!いっ、て…ら、しゃ…!



快楽に沈ませている中でも、そんなことを、必死に言い募ってる姿が堪らなくなって。
気をやるように、眠りに落ちた杏をきつく抱きしめた。


──っんと、毎度毎度、こういう時に杏に敵った試しがねぇよな。

行かないで。って、言いたくて仕方がなかっただろうに。
あんなに、頬を濡らしていたくせに。


待ってて。なんて、偉そうに告げた俺に、ちゃんと応えてくれっから。


俺の弱ぇ部分、鷲掴みにされてるみてぇに、感情が揺さぶられんだ。




心配なんて、かけさせたくねぇんだけど。

これだけは、俺がやんなきゃいけねぇ事なんだ。俺の手で、盗みださなきゃなんねぇんだ。

親父がどうとか、責任とか、そんなん二の次で。

杏の笑顔が、俺の隣にずっとあって欲しいから。



だから。絶対、無事に成し遂げるから。

──俺がそばにいてやれないときに、泣かないで。





「…なんて。ほんと、独占欲丸出しの勝手な野郎だな」


独りごちた言葉は、空に浮く鉄の塊の中、雲の上に溶けた。







───────

────

──







一旦アメリカに渡り、そこからまた、別人のパスポートを作り、ドバイへと向かって、着いた先。

空港を出て変装を解き、キャップを目深に被りながら、ドバイの中心部を歩く。

日本と違ってやっぱあちぃなー。
刺すような日差しに、見上げた先には世界一の高層ビルが。

とりあえず、あそこに集合っちゅーことだったからな。

にしても、特徴的な高層ビルや、アラブっぽい建物が混在してておもしれぇな。さすが観光名所なだけあって、色んな国の人が闊歩してる。

カンドゥーラ、だっけか。結構民族衣装の男の人も普通に歩いてんな。異国情緒溢れてんなぁ。

杏なら、すごいすごい!って興奮間違いなしな光景だ。

高校生の身分じゃこんなとこまで連れてけそうもねぇけど。
あいつが普通の身体になって、卒業したら、こういうとこにも一緒に行きてぇよな。

絶対あいつドバイグルメとか調べて、食べ歩きしよ!ってきらきらお目目で言うんだろな。


…その為にも、がっつり頑張んねぇとな。









いやー。眼前で見ると、本当たっけぇな。この上から飛び立ったらどこまでも飛べそう。

ブルジュなんちゃらと呼ばれる世界一高い建造物に着いて。
入り口のカウンターで、千影さんから持たされていたチケットを渡す。そのままなんやらVIPと書かれたシールを服に貼られ、エレベーターへと案内された。

すごく高速で階を駆け上っていくエレベーターで、154階に降り立って。エレベーターが開いてすぐにコンシェルジュにウエルカムドリンクを手渡され、ラウンジへと案内される。

スカイラウンジになっている、一面ガラス張りの空間には、観光客が思い思いに楽しんでいた。


おおー。すっげぇ眺め。周りの高層ビルだってたっけえのに、それが小さく見えるってすげえな。

…つうか。いや、本当これ、好きな子と見たい眺めっしょ。
杏絶対大興奮じゃねえか。

嫌がらせ?何が悲しゅうて母親とこんな場所で待ち合わせ…って。
それらしき人影が見えやしねぇ。軽く変装してたとしても、背格好までは変えてないはずだ。


「──ここ、なんだよな?」


そう、きょろり、と周りを見渡した、その時だ。



[あら!思った以上に可愛い坊やじゃない!]



そんな甲高い、艶めいた英語が耳に届いたと思ったら、顔面にむにりとした感触が覆い尽くした。